第五十八話*《四日目》キースの悪巧み
今日は午前の部が長引いたため、昼の部と夜の部とはならなくて、午後の部となりそうだ。
クイさんが台所に来たのは、夕飯の準備のためだったようだ。
私たちは話し合いを解散して、クイさんがご飯を作る手伝いをすることにした。
そうしたのは午前の部で私のレベリングで狩りに出掛けたので、キースがやりたいと言った料理が出来なかったからだ。
「お兄さま、包丁が使えますの?」
「ふっ、使えるさ」
「わたくしもやりたいです!」
マリーもクイさんから料理を教わるとなったのだけど。
「マリーちゃん、料理スキルは?」
「今、取りました!」
キースは私が指摘するまで忘れていたけど、マリーはしっかり者なのね。
しかもだ。
「ほ、本当に今まで一度も包丁を持ったことがないの?」
「ありませんわ。家庭科の調理実習はありましたけど、わたくしがなにかしようとしたら周りが全力で阻止してましたから」
そう言って、マリーは少し淋しそうに視線を下げた。
なんか分からないけど、こちらもキースと同じ扱いを受けていたらしい。
なので初めてらしいのだけど、なんでそんなクイさんみたいに超絶な速度で包丁をさばいているのですか?
「さすがマリー。すぐに模写できるとはな」
「模写……?」
「マリーは人がやっていることを真似するのがもともと上手いんだ」
そ、そういうことですか?
「オレにはできない芸当だ」
キースは料理をする気がないのか、なんだかすっかり定位置となったらしい私の後ろにいて、腰に腕を回されている。
「キースさんは料理は?」
「リィナがいないときにクイさんに教わる」
「さ、サヨウデゴザイマスカ」
「見ているだけでも勉強になるからな」
まぁ、確かにそうなんですけどね?
べ、別に私に引っ付いてなくても見学は可能ですよね?
「こうしておかないと、リィナがふとどこかに行ってしまいそうで」
背後からキースが囁くように言ってるのだけど、さすがにそれはしないと思うのですよ。
たとえしても、キースには私の居場所は筒抜けだし。
「……明日から仕事か」
すっかり忘れていたのだけど、そうだ、明日から仕事だ!
フィニメモが楽しすぎて、ここで暮らしているかのように錯覚していたけど、そうなのよねぇ。
「こうしてリィナとくっついていられるのも、あと数時間か……」
「え、キースさん、明日からログインしないのですか?」
「そういう意味ではなくてだな」
「どういう意味なのですか?」
キースの言葉はたまに分からないことがある。
「……まぁ、いい」
「?」
キースがいいというのなら、いいのだろう。
気になるけど。
……はっ!
こ、これはキースの罠っ?
「明日だが」
「? う、うん?」
「二十時ごろにはログインできるか?」
「できるはず」
「ま、オレもなにごともなければその時間にはインできるはずだ。出来ないようならマリーに伝言する」
「分かった」
「わたくしは明日も朝からインしていますわ」
「ぉ、ぉぅ」
マリーは廃人気質、と。
「マリー、おまえ、学校は?」
「明日は午後からですのよ」
マリーは学生なのか。
「あれ? 意外に歳が離れてる?」
思わず疑問が口から出てしまった。
「六歳差だな」
「ほ、ほぅ?」
……あれ? ということは?
楓真が私のひとつ下でしょ? キースとは高校で知り合ったと言っていたから……?
「楓真のふたつ上だ」
聞いてもないのに答えが!
「ということは?」
私のひとつ上?
「……え?」
「なんだ?」
「……いやいや、あり得ないわ」
「なんだ?」
こんな社会人失格っぽい人が私よりひとつとはいえ、年上とは!
「絶対、失礼なことを考えてる」
「ぅ?」
「リィナは分かりやすくていいな」
でも、見た目も今と変わらないのなら、きっと周りの女子がカバーしてくれてるんだろうな。イケメン、まじ羨ましす。
……災厄キノコの指揮を見ていれば、キースが有能であるのは違いなさそうだ。
ただ、本人いわくだが、怠けたいらしいから面倒なところは周りにいる女性にそれとなく振っているのだろう。そういう妙な要領のよさはありそうだ。
いや、本人の要領が悪くとも、周りがなにかと手を出すんだろうな。
「……そうか、なるほど」
キースはなにごとかを思いついたようだ。
「ちょっとログアウトしてくる」
「?」
キースの悪巧み(?)をこのとき知っていたとしても、私は止められなかったと思う。
するりと腕がほどかれて、キースは足取り軽く去っていった。
さて、ようやく自由になったのですが、手伝おうと思ったら、すでに終わっていた。ぐぬぬ。
「夕飯までにはまだ時間があるから、リィナはマリーたちに建物の中を案内しておいで」
「そうね」
昨日はログアウトするだけだったから、ろくに案内をしていないし、午前中に顔合わせはしていたけど、そういえば洗浄屋の人たちに紹介がまだだったかも。
「くれぐれもドアを開けるときは気をつけるんだよ」
「はーい」
ということで、マリーたちに洗浄屋の人たちの紹介と建物の中の案内をすることに。
二階はそれぞれの部屋だから省略することにして、主に一階だ。
洗浄屋の店舗にバックヤードの洗い場と仕上げの部屋、それから応接室。
洗い場にはオルとラウがいたので、三人を紹介した。ラウは特段の反応はなかったのだけど、オルは獣人三人組、特にマリーに興味を抱いたようだ。
「もふもふ-!」
オル、おまえもか!
「ふふっ」
マリーもまんざらではなさそう?
「ラウちゃんももふもふしてもいいのよ?」
『あたちはもふもふは苦手なのでち!』
あら、そうなんだ。
「そういえば、ラウ」
『なんでちか?』
「今、三人にここの建物の中を案内したんだけど、台所以外は変わりないのよね。なんで台所だけ広くなっているの?」
今日の朝に気がついていたんだけど、いきなり作戦会議と言っていいのか分からないけど始まってしまったし、そのあとはなんだかバタバタで聞けなかった。だから今、聞いてみたのだけど。
『不思議もなにもないでち』
「そ、そうなの?」
『建物は必要に応じて成長するものでち!』
「そ、そういうものなの?」
ま、まぁ、ここはゲーム内だ。そういうこともあるのだろう。
オルとマリーは洗い場で遊び始めたため、私はぼんやりとその様子を見ていた。
『ところでリィナリティよ』
「ん?」
『藍髪の男はどこにいったでち?』
「なんかよくわかんないけど、ログアウトしてる」
『ふむ』
そういえば、この洗浄屋にいるNPCはラウ以外はキースとフーマに助けられたのよね。
『あの男が戻ったら、あたちから話があると伝えてくれないでちか?』
「話?」
『うむ』
ラウから話ってなんだろね?
『それにしてもでち』
「うん?」
『リィナリティからどうしてあの男の匂いがするのでちか?』
「さっきまで密着されてたから」
『いわゆるまぁきんぐ、というやつでちか?』
「獣人ならあるかもだけど、キースさんの種族はエルフだから」
『リィナリティは知らないのでちか?』
「なにを?」
『エルフの男は伴侶を決めると独占するでちよ』
「ぉ、ぉぅ?」
フィニメモ内の純粋なエルフならそうなのかもだけど、キースも私もゲーム内ではエルフだけど、それはあくまでも見てくれだけだ。
さすがにそこを含んでまでロールプレイはしていない……と思いたい。
いや、その前にだ。
「えっ、ラウ? 今、伴侶って言ったよね?」
『言ったでちよ』
「いやいや、会ってそんなに経ってないのに、それはないわ」
『会った瞬間に恋に落ちることもあるでちよ』
ラウの見てくれでそんな言葉を言われると、なんだかほのぼのな気持ちになる。
『あたちはリィナリティに会った瞬間に、ビビッと来たでちよ』
「そ、そうなんだ」
いやでもそれ、伴侶的なものとは違うよね?
『リィナリティ』
「はい?」
『あたちはこの村から今は出られないけど、リィナリティが次の村に到達したら出られるようになるでち』
「うん?」
『浄化は大切でちよ』
伴侶の話からなんで浄化の話になってるの? 話が飛びすぎて分からないのですが。
「あの、ラウ?」
『時が来れば分かるでち』
なんかはぐらかされた?
そうこうしていると、キースが戻ってきた。
「ここにいたのか」
『来たでちか、藍髪男』
「キースだ」
『キースでちか。話があるでち』
ラウはなぜだかキースを部屋の端に誘った。
どうやら聞かれたくない話らしい。
気になる。
『ほれ』
ラウはいつも私にするようにキースに腕を伸ばして抱っこをせがんでいた。
「なんだ?」
『抱っこして向こうに連れていくでち』
「ここでいいだろう」
『ダメでち!』
キースは面倒くさそうにラウを抱っこすると、部屋の端へといった。
密談とは、気になる!




