第五十六話*【楓真視点】やはり莉那はやらかしの女神(断言)
キースが莉那を気に入るのは分かっていた。
というより、他のどこの馬の骨か分からない変な男に莉那が盗られるくらいならば、キースが何千倍もマシだっただけだ。
莉那の就職先をキースと同じにさせたのもその一環だったし、フィニメモをさせたのは不可抗力的なものはあったけど、キースの反応を知るためというのもあった。
それにしても、キース、莉那のことがよほど気に入ったらしい。
キースにビデオ通話をすると、陽茉莉と一緒にご飯を食べているところだった。
「飯のところ、すまん」
『いや、問題ない。もう食べ終わった』
『え、この声、楓真さまっ?』
すげーな、陽茉莉。これだけで俺だと判別するなんて。
『楓真さま、お兄さまったらひどいんですのよ?』
「キースのそれは分かっているとは思うけど、ツンデレだからな」
言わなくても陽茉莉も分かってると思うが。
『口が悪いのはデフォルトですし、ツンデレなのは知ってますわ』
『おいっ!』
『わたくしもお姉さまに抱きつきたいのに、お兄さまが独り占めするのがひどいですわ!』
陽茉莉、おまえもか!
『でもわたくし、お姉さまが好きなものが分かりましてよ?』
『なにっ!』
おい、キース。莉那の好きなものも分からないのか。
『お姉さまはかわいいものとモフモフが好きですわ』
『……やはりキャラリセット』
「キース、止めとけ。今以上に追われるし、それに俺との思い出までリセットするな」
画面の向こうでぐぬぬぬと眉間にしわを寄せて唸っているキースから、陽茉莉へと変わった。
「やぁ、陽茉莉。今日も麗しいね」
陽茉莉が麗しいのは確かだが、普通はそんなこと、スルッと口からは出ないはずなんだが、これをなすのが陸松家男子への呪いみたいなものだ。悲しいかな、親父の血が憎い。
『ふふっ、楓真さまは寝起きなのかしら?』
「あぁ、寝起きというより寝てない?」
『えっ?』
「動画の編集をしていたら、こんな時間に。寝ようと思ったら、莉那から動画が送られてきたから電話したら、夕方合流と聞いて、掛けてみた」
『そうだったのですね』
「あ、陽茉莉。約束守れなくて、ごめん」
『いえ、覚えていてくださっただけ、嬉しいですわ。日本に帰ってきたら、一緒に遊びましょう?』
「分かった」
莉那に伝言を託していたけれど、直接言えて、よかった。
陽茉莉はキースの妹、というのを差し引いても、嫌われたくないからな。
『楓真さまには悪いですけど、お姉さまと知り合うことができたので、不問にいたしますわ』
実は根に持っていた!
「……一年を半年に短縮するから、許してほしい」
『ふふっ、冗談ですわ』
キースより陽茉莉はまだ分かってくれる。
キースはなんというか、俺に対してはワガママすぎる。
それだけ気を許してくれているのは分かるけど、甘えすぎだと思う。
『早く楓真さまとも遊びたいですわ』
「それは俺もだ」
『ふふっ、嬉しいですわ』
「?」
『お兄さまったら、わたくしが突撃していなければ、一人でお姉さまを独占していたのですよ? ひどいと思いません?』
『今やライバルは陽茉莉とNPCだ』
「NPCもライバルって……」
莉那、おまえはいったい、どんなプレイをしてるんだ?
その後、少しだけ雑談をして、一度、頭をリセットするために寝ることにした。
莉那から送られてきた最新動画はこの眠い状態で見たら、クリティカルヒットを受けそうだ。
莉那にビデオ通話をする前に畑回はアップした。
あまりにも面白い場面が多かったから、一回ではまとめきれなかったため、複数回になったんだよな。一度にまとめてアップしようと思ったため、編集に時間が掛かってしまった。
他の人はどうかは知らないが、俺は動画を作るときは一本が五分から十分くらいにまとめるようにしている。
それくらいにしないと、作ってる俺が飽きるというのもあるが、ダラダラするのが嫌なのもある。
だから一本にしようとしたのだが、情報量が多すぎて無理だった。
ようやく作ったのに、さらに上回るやらかしをやっているようだ。
とにかく、寝るぞ!
□
起きたら夕方を過ぎていた。
腹が減っていたので飯を作り、食べた。
食べながら送られてきた動画を飛ばしながら見たんだが、やらかしがパワーアップしていた。
なんでこんな初期狩り場でボスを出すんだよ!
訳が分からないぞ!
「しかもキース、莉那を抱えて走り回ってるし……」
そんなにアピールしなくてもいいだろう……。
「それもだが」
洗濯屋、マジでこれ、ヤバくないか?
バランスブレイカーというか、クラッシャーというか。
さらに莉那がこの職をゲットしたってことは……。
「運営、やっちまった案件」
としか思えない。
それを隠すつもりなのか、それとも保護のつもりなのか、システム登録者としかパーティを組めなくするとは、隠蔽しようとしているとしか思えない。
まぁ、βテストでもさまざまなヘマをやらかした運営だ、仕方がない。
とはいえ、その運営の思惑さえもぶっ壊していく莉那のやらかし具合はさすがとしか言えない。
「運営をも巻き込む、ナチュラル巻き込み、か」
これで少しでも運営が是正してくれるのなら、大歓迎なんだが。
さて、と。
さすがにこのボスキノコ、目撃者が多いからスルーするのは難しいか。
軽く検索をしてみたが、すでにアップされているのもある。
仕方がない、出現させたのが莉那というのは伏せて、出すしかないな。
もう一度、軽く重要そうなところを見直してみた。
それにしても、莉那はよくあのキースをその気にさせて指揮を取らせたな。
もしこの場にいたら、俺がその役目をしていただろうから、妥当と言えば妥当ではあるのだが。
キースもやる気になればできるのに、面倒がって全部を俺に押し付けるからな。
しかし、キースのヤツ、初めてやってるはずなのに、そつがなさ過ぎる。
まぁ、あいつの観察眼には毎度のことながら驚かされているからな。周りを見て、どうすれば最良かの見極めはすごい。莉那もそのあたりは分かっていて、任せたんだろうな。
しかし、こいつらには緊張感というのがないのか?
なんで指揮しながらぎゃいぎゃい言ってるんだ。
これを見ていたら、その場にいることが出来ない自分に悲しくなってくる。
……早く、一刻でも早く、日本に戻りたい。
そんな思いが募る。
────…………。
……気を取り直して、と。
さて、どことどこを使うかな。
これはどうにか一本にまとめよう。
しかし莉那も動画として使ってほしいところがあると、アピールしてくるようになったな。
確かにキースの「Ne☆」はその見た目とのギャップが相まってなかなかいい。
後はキノコを転がすためにキースがスキルを使うところか。
莉那のカメラワークはなかなかよくて、だからこそ、使えそうなところが多くて選定に困る。
流し見しつつ、使えそうなところをメモして、と。
動画をチェックしながらご飯を食べたので、思ったより時間が掛かった。食器類の片付けは後でまとめてするとして、だ。
メモしたところを切り出し、編集していく。
テロップをつけたりしていると、段々と作業に没頭してきた。
ゲームが好きなのか、動画の編集が好きなのかと一時期は悩んだことがあったけど、今ならはっきりと言える。
俺はどちらも好きだ、と。
ゲームが好きで、楽しいことを広めたくて動画の編集をして投稿し始めた。
自分ではゲームを作るなんてことは出来ないけど、それを楽しむことは出来る。共通の好きの人にも、まだその好きになれるかもしれないものを知らない人にも面白さを伝えたい。
まだまだ発展途上だけど、楽しくて仕方がない。
……まぁ、それはともかく。
陽茉莉はゲーム内でもフリーダムだった。
そのブレなさにきっと、心惹かれているのだろうな。
あの黒い髪を前にして、護ってもらうのも悪くない。
早く、早く帰りたい。
覚悟して来たのに、こんなにも、狂おしいほど帰りたいと思う日が来るとは。




