第五十五話*《四日目》キノコのタマゴ
気がついたら、目の前にキースの顔があった。
「っ!」
「気がついたか」
って、あれ?
私、なにしてたんだっけ?
「えーっと?」
視線だけで周りを見たのだけど、草原のようだ。
ということは……?
「…………」
「オレが分かるか?」
「キースさん?」
「当たりだ」
そう言って、あからさまに安堵した表情を浮かべて、頭を撫でてくれた。
「ところで、私」
一生懸命になにをしていたのか思い出す。
そうだ、災厄キノコと戦っていて……?
なにかが頭に当たった、までは覚えている。そして、それはとんでもなく痛かった。
思い出すと、途端になにかが当たったところが痛く感じるのだから、人間の身体って不思議だ。
痛む場所を擦ろうとしたのだけど、思ったように身体が動かない。というより、なんでこんなにがんじがらめになっているの?
「お兄さま、そんなにギュウギュウに抱きついていたらお姉さまが動けませんのよ?」
「リィナ、痛いところはないか?」
キースはマリーの言葉を華麗にスルーして、私に聞いてきた。
「頭が痛いです」
「それは災厄キノコの目玉が当たった場所か?」
「……目玉?」
「これ」
そう言って、ドゥオは両手でようやく抱えられるくらいの球体を見せてくれた。
「リィナのおかげで被害はほぼなかったのだが、災厄キノコが最後の足掻きといわんばかりに目玉をリィナに飛ばして来たようなんだ」
「……それが私の頭に見事に命中した、と?」
「そうだ」
なんとも最後の最期に……。
「災厄キノコは無事に討伐できた。ドロップ品もいくつか出て、その場でオークションをして参加者全員に分配は済ませた」
私が気を失っていた間にすべてが終わっていたようだ。
「あれ? その目玉は?」
「これはリィナにと」
「……いやそれ、要らない」
なんでこんな用途不明なものを私に残してくれているの。
「とりあえず、受け取れ。インベントリに入れておけば邪魔にはならないだろ?」
ドゥオはなかば私に押し付けるように渡してきたので、仕方がなく受け取り、インベントリへ。
「しかし、やっぱり最後にやらかしてくれたな」
「いやでもあれ、ああするしかなかったですよね?」
乾燥させてなかったら、どれだけの被害が出ていたのやら。
「そういえば、気絶って初めてなんですけど、これ、どういう扱いなの?」
「気絶は気絶……だな。死亡扱いではない」
死亡は動けないだけで意識はあるのに、気絶は意識がないって、なんだろうね、これ。
「気絶してると意識がないっぽいのだけど、ログアウト判定にはならないんですね」
「……そうだな。気絶状態になったことがないから知らなかったが」
え、気絶状態ってレアな状態異常なの?
「弓で遠距離だからな」
「な、なるほど?」
でも、近くにいなくても投げられたら気絶になるのか。
それにしても、最期に投げてきたって、そんなにヘイトが溜まっていたのかしら?
「……それでこれ。って、はぁっ?」
「どうした?」
「ねぇ、これ、災厄キノコの目玉×二なのよね?」
「そうだが」
「インベントリを改めて確認したのだけど、『キノコのタマゴ』譲渡不可ってなってる」
「……やらかしか」
「いやいや、やらかしって。なんでもやらかしって言えば済むと思ってるでしょっ!」
それにしても、キノコって……。
「タマゴから生まれるんだっけ?」
「いや、胞子で増える」
「ですよねー」
なんで明らかにやらかしなものが私のところに来るのよ。
「運営の作為と悪意を感じる」
「まぁ、システムが保護するくらいの対象だからな、仕方がない」
「うぅ……」
それはともかく、だ。
「あの、お昼を過ぎてますよね?」
「そうだな。一度、洗浄屋に戻ってログアウトして、飯食って休憩してから……夕方くらいか?」
災厄キノコの討伐に時間が掛かったのもあるけど、私が気絶をしていたせいで思っていたより時間が経っていたようだ。
帰ろうという話になったのだけど、なぜかキースは私を離してくれない。
「あの? 帰るんだよね?」
「そうだが?」
なに当たり前なことを聞いてくる? という顔で私を見ないでくれますか?
「立てないのですけど?」
改めて自分がどうなっているのかを客観的に見るためにスクリーンショットモードにしてみたのだけど、これ、キースがやらかしてた!
スクリーンショットモードに写っているのは、キースがなにかの木に寄りかかって座っていて、その上に私が横抱きにされていた。
これ、激しく! 激しく恥ずかしいのですがっ!
というかだ、なんでだれもこの状況にツッコミを入れないのっ?
それとも、散々突っ込んで、キースがスルーしたから諦めたの?
「……ハラスメントブロック案件?」
「するのを推奨しますけど、お兄さまはそんなのでは諦めないと思いますわよ?」
「キースさん、距離感がおかしいと思いますが」
「おかしくない」
キースにとってはおかしくないのかもだけど、私からすると明らかにおかしいです!
「マリーが言うとおりだ。諦めが肝心だ」
諦めが肝心って……。
「大事を取って、洗浄屋まで抱えていくからな」
「私、なんともないですよ?」
「オレがしたいからする」
ねぇ、こんなことして村の中を歩いたら、いやでも目立つよね?
「目立つこと、嫌なんじゃなかった?」
「リィナが心配だからな」
そんなに心配されるようなことだったの?
まぁ、心配をかけたみたいだから、今回は譲歩しよう。
恥ずか死しそうですが、目を閉じて耐えることにした。
◇
洗浄屋までの行程は恥ずかしいのでそこは省略!
洗浄屋に着いたらようやく降ろしてもらえたので、私は脱兎のごとくキースから離れ、ログアウトした。
楓真に動画を送り、階下に行くとキッチンは綺麗に片付けられていたけど、母は冷蔵庫に私の昼ご飯を入れてくれていた。
ラップにメモが貼ってあり、父と出掛けてくるということと夕飯は食べてくる旨が書かれてあった。
父はあまり外に出たがらないので、母が連れ出したのだろう。
両親仲がいいのはいいことだけど、年齢=彼氏いない歴の私からすると、大変に羨ましい。
だからといって適当に彼氏を作るのはこの歳になるとかなり躊躇してしまう。
このままだと私はきっと、一生喪女なのだろう。
楓真に期待だ。
冷蔵庫からお昼ご飯を取り出して、レンジで温める。
ちなみに、今は日本時間で十四時過ぎ。イギリスは朝六時か。
楓真は起きてるのだろうか。
と思っていたら、楓真からビデオ通話。
「あいあい」
『莉那、キースと引っ付きすぎ!』
第一声がこれである。
「好きで引っ付いてるわけではないし」
『……こうなるのが分かってたから、キースに会わせないようにしてたんだけどな』
「?」
『あいつの一族、特殊だって言っただろう?』
「うん」
『一度、懐にいれると、猫かわいがりと揶揄されるくらい大切にするみたいなんだ。特に伴侶と決めた相手に対しては溺愛と言ってもいいほどだし、こっちが辟易するくらい熱っ苦しい』
「ふぅん? でも、ゲームでしか会ったことないよね?」
『キースは知らないけど、莉那はそうかもな』
なんかものすごく引っかかる言い方をしてくるんだけど。
『キースにもちょっと言っておく。無理だと思うけど。……とりあえず、キース以外の男は俺は認めないからな!』
え、なんの話?
『それよりも』
「ん?」
『昼にしては遅くないか?』
あれ、そういえばなんで楓真は私が今、フィニメモをやってないと判断したの?
「さっき動画を送ったけど」
『今、見てる。……って、なんだこのお化けキノコ!』
「それね、なんか出てきたの」
『ぐぬぬ……』
動画を受け取ったから今なら私と繋がると判断したのか。
『さらにキースの密着度が増してる!』
「それね……。ゲーム内で女性プレイヤーに罵られないかすごく心配なんだけど」
『莉那は辛いかもだけど、そんなアホは相手にするな。そういう奴らはそのうち自滅するから』
「実感こもってるわね」
『そりゃあ、あいつとの付き合いが長いからね。キースの妹……マリーもそういえば、会うとずっと引っ付いてたな』
「親愛表現が体当たり的な一族ってこと?」
『そう思っておいて問題ない』
つまりはそういうものらしい。
なんか良く分からないけどね。
「今日は午前の部が長かったから、夕方くらいからまた合流予定だよ」
『分かった、今からキースに掛けてみる」
そう言って、楓真は通話を切った。
しかし、親愛表現とはいえ、端から見なくてもアウトなんですけど。
楓真は言ってくれるとは言っていたけど、期待できないわ。
ゲーム内だけだ、リアルでされているわけではないから諦めよう、うん。




