第五十三話*《四日目》紫マッシュルーム
キースのナイスサポートで、災厄キノコの通った場所を浄化して回り、ついでにスリップダメージを受けているプレイヤーも浄化した。
ちなみに今のところ、デバフ解除のスキルは『浄化』以外ないらしい。
まぁ、別に隠しておくものではないのかもだけど、色々と……ね。
またシール貼られたり(実績)、村の中やフィールドで取り囲まれて罵声を浴びせられたり(予想)……なんてことを考えたらうんざりするので、運営発表を待とう。
『しかし』
『?』
『……いや、なんでもない』
一通り、浄化が終わったみたいなので私も戦闘に参加しようとしたのに、なぜかキースに抱えられて、ドゥオがいるところにまで連れ戻された。
『ちょっと、キースさんっ!』
『言いたいことは分かる。が、おまえ、絶対にもみくちゃにされるぞ』
『なんでっ!』
『それは、オレがかついで連れ回したからだっ!』
『あれは意図的だったのかっ! 酷すぎる!』
そうやってぎゃいぎゃい言い合っていたのだけど、視界の端の災厄キノコの動きがあやしいのですよ。
『キースさん、キノコ』
『さすがに起き上がるか』
まぁ、そうですよねぇ。
あ、そうそう。
洗浄の泡ですが、浄化をしたらこちらもシャボン玉になって消えていきました。平常時であれば、その美しい光景に見蕩れていただろうけど、キースが強制的に連れ回してくれたせいで、ゆっくり見られませんでした!
……今度、どこかで試してみよう。
【災厄キノコから離れろ】
えーっと、次でなん形態目?
分かんないけど、災厄キノコは立ち上がるとまたもや胴体から腕が現れ、その数が倍の八本に。キノコなのにタコ足とは、これいかに?
しかも腕が八本になっただけではなく、そのうちの二本でカサの部分をポフン、と軽く叩くとブワッと胞子が飛んだ。
『うぎゃ、あれ、視覚的にやだ!』
見てるだけでも咳き込みそうなくらいの胞子があたりに漂い始めた。
それだけでもどうなのよ状態なのに、さらにその胞子が地面に落ちると、なんと! グリーンマッシュルームが大繁殖し始めたのだ。
これ、運営、討伐させる気がないでしょっ?
【グリーンマッシュルームを討伐する班と災厄キノコ攻撃班となんとなくでいいから分かれてくれ! その中でも遠距離攻撃が出来るヤツは災厄キノコを重点的にいってくれ】
うっわ、アバウト指示、来たぁぁ!
……まぁ、即席の即席だから、個別のパーティ構成は分からないから仕方がないのかもだけど。
『こっちにもグリーンマッシュルーム、来ますよね?』
『来ますよね、ではなく、もう来てる』
胞子はまだ舞っていて、私たちの近くにも落ちて、グリーンマッシュルームになった。
『キース』
『おう、行けっ!』
『御意』
ドゥオとキースの気心知れたやりとりに、少しジェラシー。
それにしても、ドゥオまで御意なんて。しばらく洗浄屋で御意が流行りそうな予感。
ドゥオも華麗に泡を飛び越え、グリーンマッシュルームを一撃で沈めていく。
ポニーテールの黒髪がドゥオの動きに合わせて優美に舞う。その姿は美しく、思わず目で追ってしまう。
『……オレも狩るか』
『大将はでんっと構えていてなんぼですよ!』
『おい、いつからオレが大将になった?』
『指揮権を譲ったときから!』
……あれ、となると?
『おまえはさしずめ参謀か?』
『いやいや、それは無理かと』
『やらかしの神に取り憑かれてるから無理か』
うぅ、キースがひどいよ!
『しかしこれ、討伐させる気があるのか?』
『やはりキースさんもそう思いますよね?』
『見解が一致したことをどう思えばいいんだ』
『さっきからキースさん、私の扱いがひどいです!』
『そうか?』
無自覚とは。
災厄キノコのHPはだいぶ削れてきていて、半分ほどになっていた。先ほどマリーが倒した後の攻撃でかなりダメージを稼いだようだ。
ただ、こういったボスは得てしてHPが半分を切ると、強化されることがあるので要注意だ。
それにしても、このタイミングでのグリーンマッシュルームの出現。そして、災厄キノコはこのグリーンマッシュルームの集合体であると考えると……。
『キースさん、あの、出てきたグリーンマッシュルームを倒したらマズいかも』
『なんでだ?』
『いや、災厄キノコってなにから発生したんですっけ?』
『……マズい!』
【グリーンマッシュルームを倒すのは待てっ!】
キースは焦った声で制止をかけたのだけど、遅かったようだ。
地面には無数のグリーンマッシュルーム。災厄キノコが発生したときと同じように、その死体は消えていない。
そして案の定、地面に倒れたグリーンマッシュルームから、今度は禍々しい紫色の煙が吹き出した。
ありゃあ、やっちまったか。
『リィナ、今のうちに癒しの雨で体力の回復を』
『らじゃ☆』
実はまだ、霧雨のような細い雨が降っていたのだけど、癒しの雨を詠唱すると、雨足が強くなった。そのせいなのか、浄化でMPを消費していたところを、追い打ちをかけるようにごっそりとMPが減った。
『重ね掛けできるのか』
『……このスキル、どうやらディレイがないみたいなんですけど、その分、重ねがけるとMPがこのようにごっそりと』
『ディレイなし……。重ね掛けも可能だが、そのときは必要MPが増える。考えて運用しないと詰むな』
ディレイというのは、魔法やスキルを使った後に再び使用できるようになるまでの待機時間、といえばいいだろうか。再利用時間、クールタイムとも言われている。
このあたりの設定次第で継続戦闘のしやすさなどが決まってくる。
やはり、スキルは実際に使ってみないと使い勝手などは説明だけでは分からないものね。
洗濯屋のスキルはどれも説明不足どころの騒ぎではないから、ぶっつけ本番になってしまう。
そして、禍々しい紫色の煙が終息すると……。
《まっしゅぅ!》
全体が紫色の巨大マッシュルームが現れた。
なんというか、食欲が減退する見た目である。
『マッシュルームが大きくなったら、かわいげがなくなるのですね』
『マッシュルーム、かわいいか?』
『マッシュルームカットという髪型があるくらいですから、世間的にはかわいいのでは?』
それにしても、あの紫マッシュルームは災厄キノコ並みの体力お化けなのか、それとも他になにか役割があるのか。
紫マッシュルームと災厄キノコを見ていたのだけど、紫マッシュルームがぴょんぴょんと飛ぶと、地面が揺れる。重量もけっこうあるようだ。
それが地響きをさせながらどこに向かったのかというと、なんと、災厄キノコのもとだった。
まさかまた合体して形態変化でもするの?
もしそうなるのなら止めなければと思うのだけど、なにも案は思い浮かばず。
もしなにか思いついても、またもや『やらかし』と言われて却下される可能性も高いけどね!
それでもなにかと悩んでいるうちに、紫マッシュルームは災厄キノコのそばまで移動してしまった。
災厄キノコは腕を振るのを止め、紫マッシュルームをジッと見た。
なにが起こるのだろうかと見ていることしかできない自分が歯がゆい。
災厄キノコと紫マッシュルームが見つめ合うこと数秒。
災厄キノコはなにを思ったのか、腕を上下に振ると、
『紫マッシュルームの上に乗ったっ?』
いやもう、意味がまったく分からないのですが!
しかも。
災厄キノコの重さに耐えられなかったのか、紫マッシュルームはぐちゃりと潰れた。見るも無惨なマッシュルームの開き?が出来てしまった。
『な、なんなの、あれ』
『潰れたというか、潰したのか?』
潰してどうするつもりなのだろうと見ていると、災厄キノコのHPがみるみる回復しているのですが!
『これはマズいな』
せっかく半分まで削ったのに、七割まで戻ってしまっていた。
『半分までHPが減ると、胞子を出す。放置して災厄キノコに攻撃を集中するのも危険だが、グリーンマッシュルームを倒すと紫マッシュルームになって体力を回復させる……か』
これ、詰んだ?




