第五十二話*《四日目》首はダメなのです!
災厄キノコはどうなったのかというと、マリーの盾サーフィン体当たりでバランスを崩して、倒れていた。
『お、倒れてる?』
『……今回は不問にする』
『ははぁ! ありがたきお言葉』
な、なんだろう、ここだけ時代が違いません?
……ま、まぁ、それはよしとして、だ。
【倒れているうちに出来るだけダメージを稼げ! ただし、災厄キノコの挙動に注意しながらだからな!】
あちこちで、ラジャ! やら、りょ、kなどなど、同意の返事が聞こえてきた。
そして一斉に殴りにかかった。
かなりの巨体なので、立っているときは足だけの攻撃になってしまう。遠距離勢もいたけれど、致命傷を負わせるほどのダメージは稼げてない。
さて、私も近寄ってちみちみと短剣で表面を削るかと思って一歩を踏み出したところで、思い出した。
うん、まだ泡に囲まれていたんだった!
『さすがリィナ、やらかしてる』
『いやこれ、違うからね?』
『自業自得、因果応報、自縄自縛、身から出た錆、ブーメラン』
ドゥオがたたみかけるように自業自得の類語を言ってくる。さ、さすがはNPC?
『癒しの雨で流せば問題ないっ!』
キリッと返せば、生暖かい視線がみんなから向けられているのだけど。
『なぁ、リィナ』
『はいな!』
『泡、雨で流れると思うか?』
『やってみなければ分からないので、みんなには実験台に! 癒しの雨っ!』
『あ、待てこらっ!』
『はい、止めるの遅いですぅ!』
『マリーのフリーダムさも大概だったが、それにリィナのやらかしとフリーダムが追加されるのか……』
社会人になったから、頑張って抑えているけど、基本は好奇心のおもむくままにあちこち行くのが好きなのですよ!
でも、ゲームの中でまで抑えるなんて、ナンセンスだと思うのです!
洗浄の泡を消すために上から癒しの雨を掛けてみたのだけど、キースの予想どおり、泡が復活したばかりか、周りが見えなくなるほど泡だらけに!
『いやぁ、やっちまいましたなぁ』
『……期待を裏切らないな』
しかし、おかしいなぁ。
洗濯物や食器に使ったときは泡がサーッと流れ……。
『あっ! そういうことかっ!』
『なんだ?』
『この泡、流れないから雨に濡れて増えたんですねっ!』
『セーフゾーンとフィールドで挙動が違うという可能性もあるぞ』
『なるぅ~?』
『泡で見えないな』
癒しの雨のせいで、泡が次から次に生まれていて、とんでもないことになっていた。
セーフゾーンとフィールドで挙動が違うというのも一理あるけど、どうにも違うような気がするのよね。
泡の動きを観察していると、妙な動きをしているのだ。
『泡が消えない……ということは、このフィールド、汚れてるのかしら?』
『災厄キノコがカサを擦りつけた跡、か?』
『それかっ!』
泡はフィールドが汚れていると判断した。
だから泡を流そうとしても、逆に汚れを落とそうとした泡が増えた、と。
『……ということは』
ここは浄化の出番?
『先に言っておくっ! 早まるな!』
あれ、先手を打たれた?
まぁ、そう言われてもやるときはやるんですけどNe☆
目の前にあった泡は、気がついたらぷちぷちと音を立てて潰れていき、そして色とりどりのシャボン玉になって飛んでいく。
『あ、これ』
ラウを救出したときに見た風景と一緒だ。
……ということは?
ラウも洗浄の泡が使えるの?
いや、それは後で考えよう。
『よしっ! 今がチャンスっ!』
泡の輪から抜けようとしたところ。
『待て。おまえ、またやらかすから、オレも連れて行け』
と首根っこをつかまれた。
『うにゃあああ!』
首っ! 首は弱いのですよっ!
思わず猫みたいな声を上げてしまうほどに!
『リィナを大人しくさせるには、手を繋ぎながら首に触ればいい、と』
うぅ、瞬時に私の弱点を見つけるとは。
『さ、さてはおぬし、なかなかやるなっ?』
『まぁな』
この、自信……っ!
『とっ、とりあえず、Deathね』
『死んでるぞ』
『く、首っ!』
『あぁ……』
キースはようやく離してくれたのだけど、首、死ぬっ!
首を擦りながら睨んだのだけど、なっ、なんでそんな、見たことないくらい目元が柔らか……なんといえばいいのか。
えと、あれだ! 愛犬や愛猫を見るような慈しみの笑み?
……なるほど、私は愛玩動物並みの存在、と。
大変に複雑な心境です。
『ほれ、行くぞ』
そう言って手を差し出してきたのだけど、これ、デフォルトなの?
手を取るか否かを迷う時間も与えられず、キースは私の二の腕をつかんで力強く引き寄せ……小脇に、抱えられたっ?
『私、荷物ではないですからっ!』
『これくらいがちょうどいい』
これくらいって、どれくらいっ?
というか、その発言の真意はっ?
『行くぞ!』
今まで見たことがない真面目な顔をして、キースは私を抱えて走り出した。
私たちがいた周りには泡はまだ残っていたけど、軽々と飛び越え、着地の衝撃を感じさせない軽い足取りで走って行く。
キースとマリー、どういう運動神経をしてるのですか?
この兄妹、怖いっ!
いや、それよりもだ。
キースは単体でも目立つし、注目の的なのに、そんな人に抱えられてる私って、めちゃくちゃに目立ってるっ?
『あのっ』
『舌噛むぞ』
キースは前をまっすぐ見据えたまま端的にそれだけ伝えてきた。
キースの表情を盗み見ると、強張っているように見える。緊張している、のとは違う、固い表情だ。いつもみたいに軽口が叩けなくなる。
「……マズいな」
「?」
もしかして、今の表情ってなにかに気がついたから?
「リィナ」
口を開くと舌をかみそうなので視線だけ向けた。
「なんかダメージを喰らってないか?」
キースの問いに、自分のHPを確認してみる。
まだダメージを受けてないので、マックスを保っている。
だけど、パーティメンバーのHPを見てみると、キースのゲージが若干だけど減っているように見える。誤差と言えば誤差の範囲。
「泡はフィールドが汚れていると判断した。そして泡の動きは災厄キノコが移動した場所にある。……ということは、だ」
これらの情報を合わせてキースが下した判断は。
【災厄キノコが通った場所を踏むな! スリップダメージが入るぞ!】
『スリップダメージ……?』
『毒や出血などのデバフを喰らったら効果が切れるまで継続的に一定のダメージを食らうだろう? そのことだ』
『あぁ、DOT、いわゆるドットですね。って、いたっ! 舌噛んだっ!』
キースはまだ走っているので、そのせいで舌を噛んだ! うぅ、痛いです。
『リィナ、デバフ解除できるか?』
『ふふふ、私をなんだ……いてっ!』
二回目。
学習しない鳥頭。
『少し速度を落とすから、片っ端から解除していってくれ』
『り』
これなら噛まない!
キースは走りから早歩きに変えたけど、私を抱えたままだ。
あいつら、なにしてるの? みたいな視線が。
うぅ、周りの視線がむちゃくちゃ痛いのですが!
『スキルを秘匿しておきたいのなら、パーティチャットでいいぞ』
いつまでも隠してはおけないけど、なんか色々と面倒なのでキースのお言葉に甘えて、と。
『浄化!』
大変簡単な詠唱なのですが、スキルの範囲は分からないし、そもそもが見えないのだ。本当にきっちりスキルは発動しているの?
『ほぉ。癒しの雨に比べたら、かなり範囲が狭いんだな』
『えっ、キースさん、見えてるのっ?』
『見えているが?』
『キースさんまでやらかし?』
『……これ、見えないのか?』
『ラウいわく、「心眼」を覚えないと見えないって聞いてますけど』
『「心眼」……。あぁ、パッシブにあるな』
なんと! こんな身近に心眼をゲットしている人がいるなんて。
『実はこれ、スキル発動者でも「心眼」がなければ見えないのですよ』
『ほう?』
『なので、見えているというキースさん、サポートよろっ!』
『軽いな!』
『よろしくお願いいたします、にします?』
『……いや、いい。仕事をしてる気分になる』
『ですよねぇ。なので、よろっ☆』




