第五十一話*《四日目》洗濯屋、でびゅー☆
『癒しの雨』を使うとき、武器やアイロンは必要ない。
なんだけど、普段は全然気にならないけど、戦闘で使うにはただ突っ立っているだけだとなんだか間抜けだ。
魔法少女的に小さな杖というかステッキでも用意しようかしら。でも、魔法少女と名乗るには歳が……。
そんなことを考えていると、キースの指示を受けたマリーが走って戻ってきた。
『いつでも御意なのですっ!』
マリーはどうやら『御意』が気に入ったようだ。
【今から範囲回復を使うが、災厄キノコがこっちに来るかもしれないので、フォローを頼む!】
キースはアナウンスしてくれたけど、なにこれ、私の洗濯屋でびゅーってヤツですか?
【いっきまぁーっす!】
『癒しの雨っ!』
私がスキルを詠唱すると、ボスフィールド全体に雨が降り始めだ。
えっ、癒しの雨ってこんなに広範囲なのですかっ?
『デタラメな範囲だな。そりゃあ、ヘイト値上がって当然だな』
『いやぁ、雨ですからねぇ』
いきなり降りはじめた雨にプレイヤーは先ほどのキースのアナウンスと合わせて混乱していたけど、体力が徐々に回復していることに気がつき、今度はどよめいた。
「え、なんだこれ?」
「雨なのに体力回復?」
「とりあえず、これで勝つるっ!」
そんな声が聞こえてきたけど、あれ、負けそうな感じだったの?
いやまぁ、それもなんだけど、災厄キノコの視線が明らかにこっちを向いているのですがっ!
『キースさん、キースさん』
『なんだ?』
『災厄キノコと目が合いましたYo!』
『Ne☆ の次はYo! かよっ!』
『あのキノコ、動けるのでしょうか?』
『今のところは動いてな……な、なんだあれ?』
災厄キノコは地面から生えていたようなのだけど、腕を上下にブルンと振って、勢いよく飛んだ──これだけでも反則技だと思う──と思ったら、なんとカサの部分を下にして、地面に……。
『立ったっ?』
『元から立っていただろうがっ』
言われてみればそうなのだけど、なんであれ、逆立ちしたの?
『下向きだと足がないから動けないが』
『カサで回転して……』
なんと! 災厄キノコはカサを下にすると、腕を振り回してその回転の力で動き始めた!
要するにコマの要領で移動を始めたのだ。
【第三形態になった! 回転に巻き込まれないようにしろ!】
これ、予定どおりの形態変化なのか、私のせいなのか、判断が難しいところだ。
いや、それよりも。
『どう見ても、こっちに来てますがっ!』
『そりゃあ、大量のヘイトを稼いだろうからな』
『なに今さら冷静ぶってるのっ!』
『これだけやらかしが続くと、悟りに到れるな』
『悟りの境地に行っても行かなくてもいいですからっ! どうみてもターゲットは私! 早く逃げてっ!』
『リィナを置いて逃げるわけにもいかない』
置いて逃げられてもやだけど、残られるのも被害拡大で困る。
どうすれば……。
『あっ!』
『待てっ! おまえのそれはっ!』
『洗浄の泡っ!』
滑らせて方向転換させればよくね? ということで私たちの周りをぐるりと泡で満たした。
『ふっふっふっ、来れるものなら来やがれっ!』
腰に手を当ててドヤァとやったのだけど、あれ? なんでみんな、あきれ顔?
『明らかに被害拡大の布石』
『……止めたのに』
え、なんで?
『スリップさせて、転倒を狙ったんだけど』
『はぁ、分かった、分かった』
えー? ナイスアイデアじゃないの?
【災厄キノコの転倒に注意~!】
キースのアナウンスが明らかに投げやり!
下手に逃げ回るより、ここで迎え撃つのが正しくないの?
周りを見ると、タンクらしき人たちがヘイトを取ろうとしているけど、災厄キノコが速すぎて追いつかない。
『仕方がないな』
キースは背負っていた藍色の弓を手に取った。矢をつがえるのかと思ったら、右手にはなにもない。
『キースさん』
『なんだ?』
『矢は?』
『スキルを使うから、矢は要らない』
『?』
弓なのに矢が要らない、とは?
スキルを使うからと言うけど、スキルで矢を作って攻撃するの?
頭の中は疑問符だらけだったけど、それはすぐに判明した。
災厄キノコのターゲットは明らかに私。カサを下にして身体を回転させながらすごい勢いで迫ってきた。
あの巨体の回転に巻き込まれたら、五・六回分は死ねるのではないか。
しかも痛みが軽減されていない今、トラウマ級の痛みを体験してしまうってことでしょう?
『ぅぅぅ、キノコ、怖い』
当分、キノコが食べられそうにない。
『一か八かだが、上手くいったらご褒美をくれるか?』
『ぅ?』
『もらうからなっ!』
なんか良く分かんないけど、キースが頑張ってくれて痛みから回避できるのなら、ご褒美のひとつやふたつ。
『お兄さま、浅ましいですわ』
『うるせぇ! オレの死活問題だっ!』
死活問題とは、それは由々しき事態?
『キース、浅ましい』
『ドゥオ、覚えていろよっ!』
『覚えていたらNe☆』
ヤバイ、Ne☆がドゥオにまで波及している!
いやでもこれ、もともとは運営のせいだし。
『問題ないっ!』
あ、思わず声が。
『問題ないのか』
キースはニヤリと笑うと、弓を構えた。
見目麗しいエルフなうえ、優美な藍色の弓にも雨が当たり、さらには空から降り注ぐ太陽の光が差し込む。光加減が絶妙で、後光が射しているように見えた。
私の周りにはキース、ドゥオ、マリーしかいないのに、その他のだれかの感嘆の息が聞こえたような気がした。
『《バースト・アロー》!』
キースは弓を中空に向け、弦をキリキリと引きながらスキルを詠唱。藍色の弓に緑色の光が急激に集まり、それは複数の矢を模り、弦から指を離すとともに飛び立った。
その一連の所作は美しく、検証動画や攻略動画でこれだけ見せられていれば、キースがこんなにも残念な人だと分からないのも無理はない。
私としては残念なキースのほうが気負わずに接することができるから、このままでいい。本人も残念だという自覚はあるみたいだけど、直そうとはしていないからずっとこのままなのだろう。
ただ、父のようになるとさすがに困る。
キースの放った矢は見本のような放物線を描き、災厄キノコが進もうとしていた手前に落ち、派手な音を立てて爆発した。
災厄キノコがそれで怯んでくれればよかったのだけど、移動速度は鈍らない。
『ちっ』
『キースさん、舌打ち怖いです!』
『わたくしがヘイトを取りますわ』
マリーがずいっと前にいった、まではよかった。
『あ、マリーちゃん』
泡は消えてしまっていたけど、地面にはまだ泡だったものが残っている。
案の定、マリーの身体は思いっきり傾いだ。
『あらぁ』
マリーの思ったよりのんきな声に気が抜ける。
『負けませんわよ!』
いやそこ、勝敗なの?
マリーの身体は傾いでいたが、どういう運動神経をしているのか、手に持っていた盾をなぜか少し前の地面に投げ、勢いのままに……。
『乗ったぁ?』
『……マリー、おまえもやらかしかっ!』
『うふふ、盾サーフィン、楽しいのですわよ?』
いや、あれはやらかしではなく、やっちまったヤツだ。
しかもマリーの口ぶりからして、これが初めてではなさそうだ。
マリーは盾に乗り、その勢いのままに災厄キノコに体当たりをした。
『マリーちゃんっ!』
回転している巨体に体当たりをしたのだから、マリーの身体は吹っ飛んだ。
だけどマリーの笑い声がパーティチャットに激しく響き渡っているのだけど。
『伊勢、甲斐』
『……………………』
『……………………』
『なにか言い残すことはないか?』
『ちょ、ちょっと?』
『なにもござらぬ。我らのせいでござる』
『いやいやいや、今、そういうことをやっている場合ではなくてですねっ!』
『我ら、責任を取ってここでせっぷ』
『わーっ! 待って待って! タイムっ!』
いや、それよりマリーよ、マリー!
慌ててマリーを探すと、器用に乗っていた盾の端に手を掛けて足元から取り、ズザザーっと音を立てて地面に華麗に着陸していて、両手を高くあげていた。
す、すごいんだけど、ほんと、どんな運動神経をしているのっ?
周りは今の状況を忘れて、拍手をしてるし。
『ほ、ほら! マリーちゃんは無事だったし!』
『おてんばが過ぎる!』
ま、まぁ、だ、大丈夫じゃないかな……。




