第五十話*《四日目》DeathNe☆
フィニメモはいくらリアルっぽくてもしょせんはゲームだ。
だけど目の前で起こっていることは本物のようにしか見えない。
しかも今、痛覚設定がおかしくなっていて、ダメージを受けたら激しく痛いのだ。
前線に立っているマリーはなんて勇敢なのだろう。しかもタンクということは、他の人に変わって痛みを享受する立場だ。とてもではないけれど、私には真似できない。
『マリー、無理するなよ』
キースも同じように思っているのか、マリーにそう声を掛けている。
『問題ありませんわ、お兄さま。さっきの攻撃、避けましたから』
『おまっ、避けタンクかよっ!』
『えぇ、そうですが、なにか?』
タンクと言われて最初に想像するのは、大きな盾で攻撃を受けている姿だろう。
だが、マリーの場合は華麗に避けるタンクということらしい。
『わたくし、体力に自信はありませんが、避けるのだけは自信がございましてよ?』
『……それ、自慢するところなのか?』
『えぇ』
あ、キースが目頭を押さえてため息を吐いてる!
「伊勢と甲斐のやらかしか」
よく分かんないけど、
「ドンマイ☆」
リィナは語尾に星を付けることを覚えた!
しかし、やりすぎるとこの上なくウザいので、注意っ!
『今、激しく殺意を覚えたぞ』
『おほほほほ』
あら、いやだわ、キースさんったら。
『……キノコが攻撃を始めた、か』
まぁ、あのままプレイヤーのいい的のままでいるとは思えないから、当たり前の行動だと思うのだけど。
『形も変わったから、あれは第二形態ということか』
『そうね』
通常のモンスターではあまりないけど、ボスなどになると、受けたダメージ──いわゆる被ダメ──の累積によって、形や攻撃方法が変化することが往々にしてある。
そして、形態変化が進むごとに強くなっていく傾向が強い。
【災厄キノコの形態が変わったぞ。腕を振るモーションが見えたら、できるだけ距離を取れ】
私たちはマリーたち三人を除き、まだ戦闘には加わっていない。
キースはそもそもレベル差があるから武器は出していても、戦闘には加わるつもりはなさそうだ。もしもの時に備えているっぽい。ドゥオと私はキースの指示によって待機している状態。
だれかが戦闘の全体の状態を見て、正確に読み解き、その都度、的確な指示を出せる人がいたほうがいいから、キースは適役だろう。
『しかし』
『?』
『あのキノコの名前が気になって仕方がないんだが』
『災厄、ね』
村からほど近い狩り場で、条件を満たさないと出てこないボス。それの名前が災厄キノコ。
簡単には倒させてくれないような気がしないでもない。
しかも、名前のせいで討伐に失敗したときのペナルティが恐ろしいことになりそうな予感。
『どうもさっきから嫌な予感がしてるんだが』
『キースさんのその勘、当たりますよ』
『おまっ! そういうこと言って、布石するの止めろっ!』
『やだなぁ、キースさんが先に言ったんじゃない』
『おまえの場合はやらかしの神がついてるから、冗談ではすまない!』
『やらかし魔からさらにパワーアップしてませんかっ?』
『災厄キノコを出した時点で進化したっ!』
私たちがパーティチャットでぎゃいのぎゃいのと言っている間でも、討伐は進行している。
基本は遠距離攻撃で、近距離の人は腕攻撃を警戒しながらヒットアンドウェイを繰り返している。
そんな人たちを見ていて、同じような動きが出来るかと聞かれたら、即答できる。──出来ない、と!
まず、あんな巨体にもかかわらず、外す自信がある!
外れたから当てようと必死になって、周りが見えずに殴られて死亡、の未来がはっきりと見える。
『リィナ、悪いことは言わない。おまえは見ているだけでいいからな!』
『いやぁ、そういうわけにはいかないんじゃないですかねぇ』
災厄キノコの頭上に体力ゲージが表示されていることに今になって気がついたのだけど、今、二割くらい削れていた。
これだけの人が攻撃しているのに、まだ二割って。
それもなんだけど、二割削られたところで災厄キノコの動きが変わったような気がするのだ。
先ほどまでは攻撃を受けたらしばらくしたら腕を振り回していたのに、それがなくなってジッとしているのだ。
『第三形態になりそうですね』
『一割削るごとに攻撃パターンが変わるとは、かなり厄介だな』
キースと同じ見解だったのでうなずくと、私に視線を向けてきた。
『リィナ』
『はいな?』
『おまえのスキルの範囲はどれくらいだ?』
……………………?
さっきは見てるだけでいいなんて言ってたのに、と思わなくもない。
それはともかく、キースの質問だ。
『あのぉ』
『はっきり言え。なにを言われても驚かない』
『分かりませんっ!』
『予想どおりだった……』
『だって、まともな狩りに出たの、今日が初めてですよっ? しかもこれまで、戦闘中にスキルを使うような場面はなかったですしっ!』
『スキル説明に書いてないのか?』
『ないですっ!』
キースに言われて気がついたのだけど、通常のスキルであれば有効範囲や射程距離などが書かれているはずなのに、洗濯屋のスキルには書かれていない。
これは手抜きなのか、はたまた別の理由があるからなのか。
私としては手抜きに一票を入れたいところであるが、書かれていないのではなく、なんらかの理由で書けないのではないか疑惑もある。
『そもそもがその職自体がやらかしだからな』
そうは言うけど、私のせいではないと言いたいっ!
『ものは試しだ、だいぶ前線のヤツらも疲弊してるだろうから、有効そうなスキルを使え』
キースさん、かなり大雑把な指示Deathねっ!
……ありゃ、これでは死んでしまう。
『有効なスキル……ね』
『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』はどう考えても今、使うスキルではない。
となると、後から覚えた三つのどれか。
デバフがいいのか、回復がいいのか。はたまた戦闘で使うとどのような効果になるのか分からない『乾燥』を使うか。
『では、キースさん。どちらか選んでください。デバフと回復、どっちを使いましょう?』
『……なにが来ても驚かないでおこうと思っていたが、なんで規格外な二択を振ってくるっ!』
『私、まだ五つしか……あ、六つだ! では、追加でデバフ解除』
『例のエクストラ・スキルかっ!』
『そですよ』
でも、浄化はあまり範囲は広くないのだと思うのですよ。だから『癒しの雨』か『洗浄の泡』のどちらかかなぁ、と。
ただ、『癒しの雨』のヘイト上昇値がどれだけか分からないのと、有効範囲が不明なので、いきなり使うのはかなり怖い。
こんなことになるのなら、試しておけばよかった。
『デバフか回復にしたいが、そうやって聞いてくるということは、なにか使用者にデメリットがあるんだな?』
『さすがキースさん、鋭いです』
『Ne☆ は、なしだからな!』
あちゃ、読まれてたか。
というか、キースの口から『Ne☆』を聞くとは思わなかった。
『フーマ、今のは是非! 動画で使って!』
『……おまえな』
私は両手でハサミの形にして、チョキチョキさせておいた。
これで楓真は理解してくれるだろう。
『で、だ』
『デバフのデメリットは分からないですけど、回復は使うとめっちゃヘイトを稼ぐらしいですっ!』
『そんなの、まだ余裕のある今、許可出来るかっ!』
『ですよねぇ。私がスキルを使ったせいで形勢逆転なんてされたら、目も当てられません。本当にやらかしの神がいるとしか思えなくなります』
『分かってるのなら、デバフ一択だろうがっ!』
『洗浄の泡』は戦闘中に使用すると滑って攻撃がミスるとあるのだけど、『敵が』とは書かれていないのよね。
『キースさん、デバフの説明なんですけどね』
『なんだ』
『戦闘で使用すると、滑って攻撃ミスが多発するスキル。デバフ。としか書かれてないのですよ』
『それ、明らかに敵味方関係なさそうだな』
『Deathよねぇ』
『おい、なんか発音が不穏だぞ』
『あれ、バレました? Deathですっ!』
『殺すなっ!』
そうなると、だ。
『ヘイト稼ぎますが、許してNe☆』
『マリー、この馬鹿者のフォローを頼むっ!』
『御意っ!』
マリーちゃん、だからなんで御意? しかもキース、なにげにひどくない?




