第四十二話*《三日目》偽りでもいい。確かに感じたぬくもり
結局のところ、私は今までどおりにプレイすればいいのでしょうか?
キースとの話を思い返しても、今のままでいい的なことを言われただけのような気がする。
あとは……?
うーん?
分からない!
「うん、私は私のままでよい、と!」
そう結論づけて、応接室から出て、台所へ。
中に入ろうと思ったけど、深刻な話をしてる?
気配をできるだけ消して、そっと中をうかがう。
ウーヌスがなにかしゃべってる。
「── もしあそこで助けられてなかったら、消えていたかもしれないのです」
「……消える?」
消える? なんの話? どういうこと?
息を止めて、ウーヌスの言葉を聞く。
NPCは用がなくなると消えてしまうの?
え、もし、この世界が彼らを不要と判断したら……──消されてしまうの?
ここがゲーム内だと分かっていても、頬を冷たく濡らす涙がこぼれた。慌てて目を擦ったけど、それは後からあふれてくる。
こんなところまで再現しなくてもいいのに。
そんな恨めしいことを思っていたら、キースに見つかったばかりか、抱き寄せられて、泣けばいいなんて甘やかしてくるものだから、腕を拒否することができなかった。
ゲームの中では、人は容易に自分にうそを吐くことができる。
ましてや、他人にはそれが嘘か本当かは、分からない。
だけど、キースから与えられたぬくもりや優しさはうそではない。
いや、それがたとえうそだったとしても、感じたぬくもりと優しさはゲーム内だけだったとしても、私が確かに感じたのだ。
それがゼロとイチの作られたものだったとしても、その時、私は確かにぬくもりと安堵を感じた。
これが現実だったら、私はキースのことを好きになっていたと思う。
フーマとつるんでいるということは、私もリアルで会おうと思えば可能だ。
現実の生身のキースに会って、それを確かめたいと思うと同時に……。臆病な私は、そんな大それたことは出来ない。
それに、向こうが私と同じように思ってくれているとは限らない。
──ウーヌスたちNPCたちは用済みと判断されたらこの世界から「消されて」しまうということを知って、感傷的になっていた。
心が氷の海に突き落とされたかのように、急激に冷えた。
だからキースに抱き寄せられて、ぬくもりに、優しい腕の中に、拒否ができなかった。
◇
フィニメモからログアウトしてきた。
時計を見ると、時刻は十九時?
イギリスは十一時か。
夕飯を食べる前に楓真に動画を送って。
階下に行くと、母は帰ってきていた。夕飯の準備をしている横で、父が母にじゃれて邪魔をしていた。
父よ、母のことが好きすぎるのは分かるけど、それ、嫌われるからね?
母も心得ているようで、上手に父を避けながら準備をしている。母は嫌であれば怒るので、まだ許容範囲内らしい。
母の手伝いをと思ったけれど、この状況に割って入るほどの命知らずではないので、黙って待つことにした。
見ていて心なしか胸焼けを感じる様子を視界の端でとらえてぼんやりしていると、テーブルに置いたスマホが震えた。画面を見ると、珍しくビデオ通話で掛けてきた楓真だった。
「はいはい」
スライドさせて通話を開始すると、ジト目の楓真が映った。
『莉那、おまえは俺を殺す気かっ!』
第一声がこれである。
「なんかマズかった?」
『マズいどころの話ではないだろうがッ!』
やっぱりやらかしが多かったのかしら?
『箇条書きにしただけでもアレなのに、実際に見たらヤバくて出せないものばかりじゃないかっ!』
あれ、そうなのか。
「なぁに? 楓真から?」
「うん」
「なんだって? 楓真くんっ!」
母、父の順での反応だけど、父は母から離れると私のところまで来て、私の背後からスマホにかじりつかんばかりの勢いで覗き込んだ。
「やっほぉ! 楓真くん、元気してるぅ?」
『親父……。相変わらずだな』
「もー、楓真くんったら、クールなんだからぁ!」
……………………。
これの血を半分も受け継いでると思うと、なんか悲しいのですが。
楓真も同じ考えのようで、うんざりした顔をしていた。
『おい、親父。あんたのせいでそこの莉那はとんでもないやらかしの連続だぞ』
「ちょ、ちょっと楓真っ! それ、私も嫌なんですけどっ!」
「え、莉那ちゃん……。もしかして、ボクのこと、嫌いなの?」
「こんな軽い父だとかなり嫌ですけど」
「がーん」
いまだに口で「がーん」なんて言う人がいるんだ。
それが自分の父というのが大変に残念なのですけど。
父はあからさまに肩を落とし、とぼとぼという擬音が聞こえそうな足取りで母の元へ行き、抱きつこうとして拒否されていた。
「世の中、ボクに冷たすぎだよっ!」
「言動を顧みるといいよ」
父が静かになったところで、スマホの画面に視線を移すと、楓真がなんともいえない顔でこちらを見ていた。
『相変わらずなんだ』
「まぁ、ね」
楓真が一人暮らしを始めたのは、このうざったい父の相手をするのが嫌になったのが大きいのだろう。
「そうそう、今日の昼の部も送ったから!」
『さっき受け取った』
「早いね」
『チラッと見たけど、花火のときから思ってたけど、キース、ちょっと手が早すぎない?』
「あー……」
父の、母への過剰なスキンシップを知っているのであまり違和感がなかったんだけど、改めて考えてみたら。
『莉那はどうしてハラスメントブロックしないんだ』
「あれ、これってしなきゃダメだったの? あ、それとも、やきもち?」
『なっ? だれに対してだっ?』
「キースさんと楓真、もしかしなくても相思相愛?」
『違うから! それは断固として違うとっ!』
「違うの? でも、キースさん、なんか愛の告白めいたことを言ってたよ?」
『はあああ?』
違うのは知ってるけど、話をそらしたくてそう言うと、楓真は『またかける』と言って、ビデオ通話を切った。
あ、この後、フィニメモにログインするんだった。
キースに怒られるかなあ。
まぁ、いいか!
母の美味しいご飯を食べて、湯船に浸かって、ゆっくりしていたら二十一時前になったので、ログインすることにした。
そういえば昨日、夜にログインしたとき、少し肌寒く感じたのよね。薄手の布団を掛けておこう。
◇
薄闇の中、だいぶ見慣れた天井にホッとして、ベッドから起きて台所へ。
キースは来てるだろうと思ったら、まだのようだった。
クイさんがお茶を淹れてくれたので、座ってのんびり飲んでいたら上からバタバタと慌てて降りてくる音がした。
「すまない、少し遅れた」
遅れたもなにも、だいたい二十一時くらいという話だったし、どこかに行く予定があったわけではない。だから大丈夫という意味で首を振った。
「あと、諸事情があって、リィナ、村の外まで付き合ってくれないか?」
「? 別にいいですけど」
クイさんたちはキースと出掛けることに特に異はないようで、なにも言わなかった。
「そうだ、クイさん」
「なんだい?」
「ここの建物の中、まだプレイヤー用に使える空き部屋はあるか?」
「あるけど?」
クイさんはそう言って私に視線を向けてきた。言外に入れてもいいのかと尋ねているようだった。
「キースさんのお知り合い、ですか?」
「……実は、オレの妹もプレイを始めたようなんだが……」
「なにか問題が?」
「なにぶん、世間知らずで」
「心配なんですね?」
「それもだが、いささか……いや、かなり奔放すぎて、リィナとまとめて監視がしたい」
「本音はそこかっ!」
まさかまたやらかし属性の人?
「なんでこうもオレの周りはやらかすのばかりが」
「類友、類友」
「オレはやらかして」
「ますよね?」
キースはしばし黙って、それから私の顔を見た。
その目は明らかに……脅してるっ?
「してないよな?」
「……賛同しかねます」
「おいっ!」
「それより、妹さんをお待たせしてるのでは?」
「……そうだった。今、護送されているらしいから、村の外で合流予定だ」
「ご、護送?」
えと、なんか良く分からないのですが、やっぱりキースはいいとこのお坊っちゃんのようです!




