第三十七話*《三日目》ようやく作り方を教わる
クイさんに塩もみの仕方を教わって、キースは自分が輪切りにしたキュウリに処理を施していた。
料理のはずなのに施すなんて使っているのは、どうみても料理の下ごしらえをしているように見えなかったからだ。
なんでだろう、化学実験でもしてるように見えるのは。
そんな状況ではあったけど、無事に塩もみが終わり、キュウリの塩を洗い流して水気を絞って別皿に取っていた。
「塩もみをすると嵩がかなり減るんだな」
「キュウリの水分量は九十七%もあるらしいよ」
「塩をするとそれが外に出るということか」
「みたいね」
そんなこんなでようやく私が知りたかったジャガイモとトマトのレシピを教えてもらえることになった。
「では、リィナはジャガイモの皮を剥けるかい?」
「あんまり自信はないけど、どうにか」
「……ちょっと不安だけど、お願いするよ」
たまに母の手伝いをすることがあるので一通りのことは出来る。けど、皮を剥くのはあまりやらないので自信はない。
クイさんはジャガイモを竹籠に入れていて、流しの横に置いてくれていた。
中を覗くとサングラスが取れて、見た目は私がよく知っているジャガイモだった。
収穫……もとい狩りに行っていなければ、アクティブに動いてたなんて信じられなかっただろうな。
今も籠に入っているのを見ると、これが動いてたとはとうてい思えないけど。
ジャガイモを何個か籠から取り出し、付いている土を「癒しの雨」を使って洗い流す。すると心なしかジャガイモがキラキラと輝いたような気がしたけど、すぐに消えたので見間違えかもしれない。
包丁を持って皮を剥いていくのだけど、この包丁、無駄に切れ味が良すぎて怖いのですがっ!
「ク、クイさん」
「なんだい」
「この包丁」
「よく切れるだろう?」
「切れすぎて怖い」
「リィナ、逆だよ。切れにくい包丁ほど怖いものはないよ」
「そうなの?」
「切れないからと力を入れすぎると予想外に切れてしまうことがあるからね」
そうなのかもしれないけど、ジャガイモの表面を撫でるだけで皮が剥けるなんて、なんだろう、皮むき器みたい?
『リィナよ、よそ見をしていると手を切るぞ』
……ん?
『オレだよ、オレオレ』
その昔、流行ったと言われるオレオレ詐欺っ?
いや、それより、さっきから声が聞こえるのだけど、まさか……ね?
『こっちこっち!』
……明らかに包丁あたりから声が……。
『オレオレっ』
「……………………」
『オレ……あ』
なぜか中腰になって流しの高さと同じくらいになっているキースと目が合った。
「キースさん?」
「なんだ」
なんでいつもよりキリッとした声で返してくるの?
「包丁にアテレコしなくていいですからっ!」
「あ、バレた?」
バレた、じゃないっ!
というかだ、この人、そういうお茶目(?)なこと、するんだ。
「お願いですからうちの父みたいなことをしないでくれますか」
「リィナの父親、こんなことするのか?」
「しますよ、素面で」
なんで私の周りの男性って残念な人しかいないのだろう。
類は友を呼ぶとは言うけど、私、こんな残念なことはしませんから!
「それで、なんでそんな格好でいるの?」
「リィナが皮を剥いてるのをじっくり見ようかと思って」
「それなら私よりクイさんを見るのが……」
ふとクイさんを見ると、目にもとまらぬ早技でジャガイモの皮を剥いていた。なんであんなに速いの?
「クイさんは速すぎて見ても意味がなかった」
「なるほど?」
「料理を極めるとあんたたちも出来るようになるよ」
いやー、それはさすがにないと思う。
「そういえば、キースさん」
「なんだ?」
「料理スキル、取ってます?」
「……あ」
まさか取ってない……?
なんておっちょこちょい!
「ついでに採取と鑑定」
「それは取ってて現状でマックスまでいっている」
さ、さすが斜め廃プレイヤー。
「なるほど、料理スキルを取っていないからだったのか」
だけどキースの場合はそれだけではないと思うのよね。
いくらスキルで補助があるとはいえ、やはりベースはリアルにある。リアルで知らないものは習得が難しい場合もあると思うのだ。
ゲーム全般、人間が操作するのだからプレイヤースキルに依存している。それはVRだろうがゲーム機やパソコンでも変わらない。
だけど、だ。
今回のような料理に限らず生産系は、ゲーム機やパソコンだとスキルを実行するだけで結果が出る。中にはタイミング良く特定の操作──たとえば表示に合わせてボタンを押すなど──をしなければいけないこともあるが、それはボタンさえ押せればいいだけだ。
VRだとそうはいかないだろう。……まぁ、ここはゲームシステムによるかもだが、フィニメモではリアルと変わらない行動をしなければ結果が出ない。
なので、いくら補助があっても結果がみんな一緒になるとは限らないのだ。
また、プレイヤースキルによる差がより顕著なのは戦闘時ではないだろうか。
私はまだ戦闘を経験していないし、なによりも純粋な戦闘系スキルは今のところひとつもない。
なので、私が戦うとなると、リアルでの能力があからさまに出る。
ちなみに私は運動は並である。
序盤はノンアクティブ、ノンリンクなのでそこまで苦戦はしないかもだが、レベルが上がってくるとモンスターも強くなるし、動きも複雑になってくると思われる。
そもそもが洗濯屋はあからさまに戦闘職ではなく補助職なので、戦闘のスキル補助はないと思っておいたほうがよさそうだ。
まぁ、その分、バフが補助だと言えなくもないけど、防御力強化のアイロン技なるものがあるらしいということ以外は分かってない。
それにこれは結局、ベースが強くなければ焼け石に水でしかないと思う。
という憂いはともかくだ。
私は自分の担当分のジャガイモの皮を剥いた。
ジャガイモの皮を剥いた後は、一口大に切り、水にさらす。
トマトは一口大に切ってボウルに入れておく。
これで材料はそろったようだ。
「さて、このグラタン皿に」
「グラタン皿っ? え、クイさんっ! グラタンも作れるのっ?」
「あ、あぁ、作れるよ」
あのクイさんが動揺しているのは珍しい。
「では、次はグラタンの作り方をっ!」
「分かったよ」
私の強い押しに、クイさんは苦笑していた。
「リィナはそんなにグラタンが好きなのか?」
「好き……かな? でも家で食べることができなくて」
「ふむ」
なぜか母はグラタンを作らない。
友だちに好きな食べ物は母親の作ったグラタンだと言っていた子がいて、すごく憧れていたのだ。
だから食べてみたいと母に言ったのだけど、頑なに拒否されてしまった。
そんなに拒否をされてしまうと、ますます食べてみたくなるもので。
それなので前に一度だけわがままを言って作ってもらった。
初めて食べたグラタンは、とても美味しくて、幸せの味だった。
だからまた作って欲しかったのだけど、またわがままを言う気にもならず。
自分で作ればいいのだろうけど、母が嫌うものをわざわざ作るのも……と思って、現在にいたっている。
しかし、あそこまで嫌うなんて、母はグラタンに親を殺されたのかしら?
というのはともかく。
ここで作れるのなら、周りに遠慮することなく作れるってことよね?
がぜん、やる気になってきた!
「まず、グラタン皿に薄く油を塗って」
「はい」
「次に、ジャガイモを隙間なく埋めて」
「はいな」
「その上にトマトをまた隙間なく乗せる」
「はいー」
「塩と胡椒で味を調えて、で、最後にこのチーズをかける」
チーズはすでにあるのね。
ということは、牛乳も生クリームもある、と。
クイさんからチーズを受け取り、最後に上にかけた。
「じゃあ、次はキースだよ」
「オレ?」
「今の、見てただろう? これくらいなら、できるだろう?」
「そうだな」
キースもクイさんに指示をしてもらって、同じものをもうひと皿、作った。
「ここもにぎやかになったから、これくらいの量がいるだろう?」
「そうねぇ」
歓迎会のとき、洗浄屋の人たちはクイさんの料理が美味しいのもあって、驚くほどよく食べていた。私もつられてよく食べたけどね。
あの時より人が増えているのだから、料理の品数を増やすか、一品の量を増やすかしないと足りない。となると、量を増やすのがお手軽で手っ取り早い。
それからコンロの下にあるオーブンへ。
扉を開けるとき、ドキドキしたけど、変なところには繋がっていないようだ。
先ほどのお皿をこの中に入れて、と。
「中火で十五分くらいかねぇ」
オーブンの扉の上に、火加減と時間を指定するパネルがついていた。ボタンを押してセットして、と。
「焼けるころにはちょうど食べるのにいい時間だね」
時計を見ると、すでに夕方だった。キュウリ騒動で思ったよりも時間を取られていたようだ。
「キュウリは塩揉みをしたけど、この先、どうするかね」
「クイさん、マヨネーズはある?」
「あるよ」
おお、マヨネーズはあるのか!
「では、キュウリの塩揉みはマヨネーズで和えましょう!」




