第三十五話*私の父
洗浄屋に戻ると、ちょうどお昼のようで、お店はお昼休憩にしたところだったようだ。
……というかですね、私たち、野菜狩りに三時間近く費やしたってことですか?
「なかなか戻ってこないから、またなにかに巻き込まれたんじゃないかと心配してたんだよ。リィナがいたからね」
「クイさんっ! 最後の一言が余計です!」
「おや、事実を言ったまでなんだけど?」
ううう、クイさんまでそんなことを言うなんて。
クイさんに狩ってきた野菜を渡して、私とキースは一度、ログアウトしてくることになった。
ゲーム内の食事で済むのならいいのだけど、そういうわけにはいかないわけで。
お昼からの予定は、お店との兼ね合いがあるけど、クイさんに料理を教わることになった。
◇
ログアウトして、大きく伸びをする。
時計を見ると、十三時になろうとしていた。
……おかしい。洗浄屋に戻ってきたのは十二時過ぎだったと思うのだけど、なんですでに十三時?
さては時間泥棒がいるなっ!
はい、すみません。
単に私が洗浄屋でグダグダしていただけでした。
ちなみに、キースはさっさとログアウトしたみたいで、いつの間にかいなくなっていた。
きっとヤツは仕事が早い男なのだろう……たぶん。
とりあえず、午前中の動画を楓真に送ってしまおう。
いくら容量を気にしなくてよくても、いや、だからなのか、動画ファイルが恐ろしい容量になっているため、いくら高速回線でもそれなりの時間がかかってしまうのだ。午後のフィニメモを始めるまでには送り終わっていて欲しい。
さて、送りつけたので、お昼を食べよう。
今、日本が十三時ということは、イギリスはマイナス八時間。ということは、土曜日の朝五時。さすがに楓真は寝ているだろう。
もしかしたら土曜日だからと夜更かし……というには遅い……? 早い? いや、遅いでいいのか。
要は、もしかしたら起きている可能性があるかもだ。
お昼を食べている時間であれば電話に出られる。なんならたまには動画でもいいかも。
そんなことを思いながら階下に降りて、キッチンへと向かう。
いつもなら私の足音を聞いて母が顔を出すのだけど、今日はいないようだ。
そういえば朝から近所の人たちとどこかに行くと言っていた。
となると……。
「莉那、ようやく降りてきたか」
「あのね、おとーさん。あなたも料理ができるのでしょうっ?」
「そうだけど。せっかくだからかわいい娘の手料理が」
とそこで、父の頭に軽くチョップを入れておいた。
「いたっ! ひどいよ、莉那ちゃん!」
「ひどくありませんっ! 母の美味しいご飯がいいに決まってるでしょう!」
「そぉだけどぉ」
そう言って、父はなぜか身体をくねらせた。
わが父ながら、なんなのこの人。
「楓真くんもボクに構ってくれないしぃ」
「……楓真はいろいろと忙しいからね」
「母さんもボクを置いて出掛けるし……」
「愛想尽かされないようにね」
「莉那ちゃんまでひどいよ! 昔はあんなに……。待てよ? 莉那ちゃんは昔からこうだったね」
「そりゃあそうなるわよね。自分の言動を顧みてください」
とはいえ、こんな父だけど社会に出ればそれなりの地位にいるらしい。
まったく、これっぽっちも信じられないけど。
「私もこれでも忙しい身なので、インスタントしか作らないからね?」
いや、温めるだけだから作るとは言えないか。
「それでも莉那ちゃんが用意してくれたものなら、ボクは喜んで食べるよ!」
ほんと、こんな感じなのだけど、娘の私が言うのもなんだけど、見た目だけは残念ながらいいのですよ。
母も美人の部類に入るので、楓真のように見た目の良い子が産まれる確率は高い。
それなのに娘の私は大変残念なことに、見た目を引き継がなかったらしい。
その代わり、あまり考えたくないけど、中身は誠に、遺憾ながら! 父に似てしまった。
でも! 私はこんなくねくねしたりはしないからねっ!
それにしても、父は表ではビシッとしてるのだろうか。
そこでふと、なぜだかキースを思い出してしまった。
そうか、キースに抱いた妙な既視感はこの父だったのか!
キースのことはゲーム内しか知らないけど、いいとこの坊ちゃんで見た目も良く(推測)、楓真と同じ高校だったというのだから、たぶん頭もいい。
だけど、なのか、だから、なのか。
野菜相手に切れてたし、NPC相手に本気で戦ってたり、残念感がすごい。
でも、呆れる気持ちはあるけど、嫌いにはなれない。残念な人が身内にいるせいで、妙な耐性があるのかも。
いろいろと面倒だったので、冷凍庫にあった市販のスパゲッティをレンジで温め、母が作り置きしてくれている切り干し大根を小皿に出して、父の前にドンッと置いた。
「莉那ちゃんがボクのために……! な、なんて尊いんだっ!」
そう言いながらスマホで写真を撮り始めたんだけど、まさか誰かに見せたりしないよね?
「つかぬことをおうかがいしますが」
「なんだい、愛しの莉那ちゃん」
なんだろう、この人、会話を続ける気があるのだろうか。なんかもう、お腹いっぱいでいいですって言いたくなる。
「そんなインスタントを写真に撮ってどうするつもりなの?」
「うん、アオくんに見せようと思って」
「その方はどちらさま?」
「莉那も会ったことがあると思うんだけどなぁ」
「会ったことがあると言われても、いつ、どこで?」
最近では父も家にいることが多いけど、昔は忙しくて日付が変わってから帰ってくるのもザラだった。
たまに休みだと、いつまでも布団の上でゴロゴロしてるか母とゲームをしているかだ。
それでも幼いころは家族で出掛けることもあったけど、成長するにつれて、学校の行事があったりでなかなか家族みんなで出掛ける機会はなかった。
「そうだねぇ、いつだったかな。……でも、何度か会ってるのは確かだよ」
「うーん?」
「あ、そうだ! 莉那ちゃんは今、彼氏いるの?」
「唐突に、なに、その人の心を抉る質問」
「おや、まだいないのかい? 楓真と違って慎重だね!」
慎重以前にいい人がいないのですよ。
私もいけないのだろうけど、どうしても楓真と比べてしまうのよね……。楓真がすべて悪い!
「アオくんのところの次男くんがなかなか腰を据えてくれなくてなんて言ってたんだけど、莉那ちゃんを紹介してもいいかな?」
「いやぁ、今はまだいいかな」
フィニメモを始めたばかりだから遊びたいのよね。
それもあるけど、そもそもアオくんってだれっ?
「次男くんもゲームばかりしてるって嘆いてたけど、莉那ちゃんもゲーム好きだし、いいんじゃないかな?」
「…………」
「年も莉那ちゃんのひとつ上って話だよ?」
父、やたらごり押しですね。
それよりも私のひとつ上なのなら、別に遅くはないよね?
「アオくんに打診しておくね」
「いや、ちょ、ちょっと! お父さまっ?」
私の返事を聞くことなく、父はいつの間にか食べ終わったようで、自分が使ったものを持って去ってしまった。
いや、だからさ。
彼氏もまだなのに、明らかに結婚前提の話を持ってこないでよ。
いくらゲームが好きと言っても、ジャンルが違うとそれだけで最悪な場合、ケンカになることを父が知らないわけはないと思うんだけど。
仮に私が承諾しても、楓真は確実に反対すると思うのよね。
陸松家のヒエラルキーは、母が頂点でその下に楓真、楓真の下に私、父は最下層になっている。
父が稼ぎ頭のはずなのに一番下なのは、家庭での言動がすべてとしか言いようがない。
ちなみに、かろうじて最下層を免れている私だけど、実のところ、父とどんぐりの背比べであったりする。油断すると危険。
なんだろう、今の出来事は私にとって下克上状態なのですが。
ふと時計を見ると、思っているより時間が経っていたので、慌ててスパゲッティを飲み込むように食べた。
消化に悪いから、よい子はきちんと噛んで食べるように!
いかんいかん。
リアルでも実況でもしてる気分でいたわ。




