第二十八話*《二日目》お茶の淹れ方を教わる
私が今、キースに対して提示できることといえば、一つしかない。
「キースさんがよければ、ここを宿代わりにしてもらっても」
いいよね? と目線でクイさんに確認するまでもなく。
「部屋ならまだ空いてるよ」
この建物の所有者は私らしいのだけど、管理しているのはクイさんだ。クイさんの許可が下りたので、ホッとした。
「いつになるか分からないけど、フーマもこられるようになったら、フーマ用の部屋も」
「それは最初から確保してあるよ」
「ありがとう、クイさん! 大好きっ!」
そう言ってクイさんに抱きつけば、ぽんぽんと背中を撫でてくれた。ほんと、クイさんってば、頼れるおかみさんだよね!
「頼りになります!」
「あんたたちのおかげだからね」
そんな私たちを見て、キースが口を開いた。
「それはありがたい。当面の対価として受け取ろう」
そんなこんなで、洗浄屋はますます賑やかになった。
◇
クイさんからお茶の淹れ方を教わり、私はすぐに合格となった。
これは生産系のクエストで、クイさんからは買い入れているお茶屋さんの情報をもらうことができた。これがこのクエストの報酬のようだ。
一方のキースといえば、かなり苦戦しているようだ。
難しいことはなにもないのだけど、慣れないからなのか、それとも不器用なのか。
ポットに茶葉を入れるのになぜか苦戦しているし、ようやく入れたと思えば、今度はお湯を注ぐのにも苦戦している。
相当な不器用さん?
意外な部分なのかもしれないし、奮闘している姿は見た目と違ってなんとなくほっこりするので、見守ることにした。
「……なんだ?」
「キースさんが無事にお茶を淹れられるか見届けようかと」
「…………」
無言を返された。
どこかに行けといった感じではないから、このまま見ている。
オルとラウまでやってきたのだけど、冷やかし?
「にぃちゃん、頑張れ!」
『あまり力まずやるでち!』
なんと、応援に来てくれたようだ。
かわいくて、ほっこりする。
それはキースも同じようで、二人を見て笑顔を見せた。
ずっと無表情に近かったので、それだけで結構な破壊力がある。
なるほど、いい男の無表情からの笑顔は危険、と。
きっと楓真はここだけ切り取って、いわゆる「ほのぼの回」として配信しそうだ。それに、キースのファンはかなりいるみたいだし、再生回数を稼ぐにはいいかもしれない。
「なるほど、これが『ほのぼの回』というヤツか」
私の呟きを拾ったらしいキースは、かなり微妙な表情を返してきた。
今までの楓真との検証動画や攻略動画を知っている身からすると、ギャップ萌えではないのだろうか。
そんなこんなであるけど、キースは気を取り直して、お茶に向き合った。
なんだろう、お茶を淹れるだけなのに、そんな戦いに挑むような表情をしなくても。
静かに見守っていたクイさんは、かなり苦笑していた。
「そんなに険しい表情をしていたら、お茶がますます渋くなるよ」
「……そうなのか?」
「心穏やかに、飲んでもらう人のことを思い浮かべながら淹れるのがコツだよ」
「心穏やかに……飲んでもらう人のことを……」
クイさんのアドバイスをキースは何度か咀嚼するように呟き、それからなぜか私に視線を向けた。
訝しい表情を向けると、キースはスッと視線を逸らした。
「?」
もしかして、さっき、ほのぼの回と言ったのが気に入らなかった?
ラウとクイさんのアドバイスを受けて、変に肩に力が入っていたのが抜けたような気がする。
慣れないからか、まだ少しぎこちないけど、何度かやっているうちに分かってきたのか、先ほどよりポットに茶葉を入れるのがスムーズになったようだ。
お湯も少しだけ温度を下げてから入れていたし、なかなかいいのでは?
お湯を入れてしばらく待ち、それから茶器にお茶を注ぐ。
「ほれ」
淹れたばかりのお茶を、なぜか私に渡してきた。
「……私?」
「そうだ、飲め」
なんかものすごく高圧的なのだけど、それゆえに断れず、私はおずおずと受け取った。
さっきまでどれだけ苦いお茶を淹れていたのか分からないけど、渡されたのは見る限りではヘンな濁りもなく、クイさんが淹れたのと遜色なさそうだ。
立ち上る湯気からほのかに香る匂いも悪くない。
ゆっくりと茶器を傾けて、少しだけ口に含む。
「……砂糖でも入れた?」
「いや、入れてない」
「なんだかとても甘く感じるのだけど」
このお茶ってこんなに甘かった?
私の言葉に、クイさんはしたり顔でこちらを見た。
「うんうん、いいね。あんたもこれで合格だよ」
クイさんはそう言って、キースの肩をバシッと叩いていた。
良く分からないけど、キースも合格のようだ。
「リィナはともかく、あんたは」
「キースだ」
「キースは基礎の基礎から始めないと、料理をするのは早い感じだね」
料理もクイさんが教えてくれるようで、ホッとした。
「そうだ。明日、キースも一緒に畑に野菜を狩りに行こうか」
やはりバイオレンスな野菜のようだ。
そういえば、畑に行こうとして行けなかったことを思い出した。
「キースは料理の腕はともかく、レベルは高いようだからこのあたりのモンスターには引けを取らないだろう?」
「あぁ、そうだな」
キースは料理の腕はともかく、というクイさんの言葉はスルーしたようだ。私だったらツッコミを入れている。
「ところで、まだ時間は大丈夫なのかい?」
クイさんの言葉に、時間を確認する。
二十時過ぎだった。
「大丈夫」
「それなら、今日もたくさんの冒険者が誕生したことを祝って、花火を打ち上げるから、見に行ってくればいい」
「花火?」
「なんだい、知らなかったのかい?」
「初めて聞いた」
「それなら、キースと行ってくればいい」
え、キースと?
行くのはいいけど、なんというか。
「あ、えーっと?」
思わずキースを見ると、うなずかれた。
キースはいいらしい。
「あのぉ……」
私が躊躇しているのを見て、ラウは察してくれたようだ。
『リィナリティ、心配するでないでち。あたちが二人を周りから見えないようにするでち』
あまり隠れてこそこそするのも好きではないのだけど、またあの時のように知らないヒトに囲まれたらと思うと、素直に「はい」と言えない。
その杞憂をラウは取ってくれるようだ。
「それなら……行ってもいいよ」
それに外は夜だし、あまり気にするのも自意識過剰と言われかねない。
なのだけど、身近にモテモテな弟がいると、厭でも女性の陰険さや陰湿で恐ろしいということを知ることになり、慎重にもなる。
まぁ、この手のものは慎重になりすぎても問題ない。むしろ無防備だと後で困るのは自分だ。
それにいくらフーマの知り合いでも、リアルで会うことはないだろうという気持ちが大きかった。
さらには哀しいことにこの年まで彼氏がいないため、ゲーム内で練習が出来ていいのではという軽い気持ちがあった。
どうせ練習ならば、リアルでは関わることはないであろう弟以外のいい男と花火を見に行くのも悪くない、とも思ったのだ。
服は初期のピラピラのローブだけど、ゲーム内だ、問題ない。
「あぁ、そうだ。出掛ける前に。リィナ、この洗浄屋なんだが」
「はい」
「プレイヤーから見えないようにすることは出来るか?」
「……なんで?」
「見えるとオレ的に不都合が生じる」
「え? ここに来るときは」
「大丈夫だ。フードを被って、スキルで周りを欺いてから来た」
そ、それはどうもありがとう?
毎回それだと、大変であるのは想像に難くない。
だけど、そんなこと出来るの? と思いつつステータス・ウインドウを開いてみた。
ステータス・ウインドウは自分のステータスを確認することができるけど、それ以外にも設定画面がある。
たとえば色が他の人と見え方が違う人向けの設定であったり、明るさや、音量など。
あとはパーティに誘われるときの設定、自分がパーティリーダーになったときのドロップの分配方法など。
ここに痛覚設定があるはずなのに、なぜかないのだ。これは私だけなのか、はたまた他の人もなのか。
それはともかく。
一回目の死亡の後に痛覚設定を探したのだけど、その時に気になったアイコンがあったのだけど、その時は痛覚設定とは関係ないとスルーしたものがあるのだ。
そのアイコンは子どもが家といったらこんなのを描くよね、といった典型的な一軒家。
たぶんここに洗浄屋の建物に関する設定がありそうだ。
開いてみると、案の定、そうだった。
中身はキースがいうように、一般プレイヤーからこの建物を見えるか見えないかといったものから、一般プレイヤーが入れる、入れないなどの選択肢が並んでいる。
……うーん。
この先、ゲーム内でフレンドが増えるのを前提で……。
私のフレンドには見えるようにして、それ以外のプレイヤーには見えないようにして、と。
そうすると、一般プレイヤーは自動で建物内に入れないになった。
で、フレンドは……。
入れる、許可制、入れないと選択肢があった。
とりあえず、念には念をで、許可制にしよう。
すると、その下に私のフレンドの名前が表示された。
現在のフレンドはキースだけだ。
ここに入るのを許可する、しないとあった。これで許可しないにしたらものすごい意地悪よね。
そんなことはしません! きちんと許可するにした。
よし、これで出掛ける準備は整った!




