第二十七話*《二日目》ナチュラル巻き込み
あいかわらずのやらかしリィナリティですが、みなさまはお元気にお過ごしのことと思います。
キースの前だというのに、知らない内にやらかしてた事実を知り、取り乱してしまった。
すぐに取り繕ったけど、すでに遅いような気がする。
「なるほど、これが例のやらかしなのか」
な、なんでこの人、そんなに冷静なのですかっ?
楓真だったら頭を抱えてのたうち回ってるわよ?
「噂には聞いていたけど、ナチュラルにやらかすのか」
ナチュラルとか言うな!
それでは私が天然ボケみたいではないか!
違うと思いたい!
「それで、オレがここに来ることを所有者のあなたは許してくれるかい?」
「……フーマの知り合いだし、彼らもいいと言ってるから」
「それはありがたい。それでは、よろしくお願いする」
そう言って、キースは優雅に頭を下げた。
それを見て、こいつ、リアルは実はかなり育ちがいいのでは? という疑念を抱いた。
楓真がキースと会ったのは高校だと言っていたので、これを見るまではキースは一般家庭で生まれ育ったと思っていたのだけど、どうにも違うのではないか、と思ったのだ。
ゲーム内だからあえて気取っているという可能性もあるけど、ぎこちなさがまったくないところを見ると、普段からやっている自然体にしか見えなかったのだ。
まぁ、キースの出自やリアルは置いといて、だ。
「クイさんと言ったか。これはあなたが淹れたお茶なんだよな?」
キースの質問に、クイさんは少し強張った表情でうなずいていた。
「腕を見込んでお願いがある」
「……お願い?」
「迷惑でなければ、オレにお茶の淹れ方を教えて欲しい」
おぉ! 自らNPCに教えを請うなんて、そんな発想、なかった!
「そ、それなら私も!」
「おや、あんたもかい」
だってクイさんが淹れてくれるお茶、本当に美味しいのだ。私もその秘訣を知りたい!
「大したことはしてないんだがね。こんなことでいいのなら、ここを片付けた後に教えてもいいよ」
それならと、私はキースとともに片付けを手伝うことにした。
片付けならば普段からしているから問題ない。
キースはというと……。
「…………。あの、キースさん」
「なんだ」
「座ってていいですよ」
使ったお皿を流しに持っていこうとしている、というのは分かったのだけど、どうして一枚しか手にしてないのですか。そんなことしていたらいつまでも終わらない。
「そういうわけには」
「いいですから座っていてください!」
キースが持っていたお皿を半ば奪うように取り、それとテーブルに乗っているお皿を何枚か重ねて流しへ。
キースは最初は面食らったような表情をしていたけど、落ち着いてきたのか、私のやることをジッと見ているのだ。見られていると激しく居心地が悪い。
だからと言って見るなとも言いがたく、視線をシャットアウトしてテーブルの皿を片付けた。
流しに入れられた食器に癒しの雨と洗浄の泡を使うと、泡がもこもこと皿の汚れを浮かして、あっという間に綺麗になった。
オルとラウにスパルタ教育をされた甲斐もあり、問題なくスキルを使えた。
「今のはなんだ?」
いつの間にかキースは流しの横にいて、私のスキルを見て聞いてきた。
「なにって、スキル?」
「……それもやらかしの一端か」
「やらかしって……」
あれ? これってまだ楓真も知らないスキルだったりした?
「やはりナチュラルやらかしか」
「…………」
「なんというか、危なっかしいな」
素知らぬ顔をして、再度、癒しの雨を食器に掛けて、それから乾燥。
「……天然すぎる」
いやいや、天然ボケではないですからね?
とそこへ、クイさんがやってきた。
「もう終わったのかい? 助かったよ!」
「スキルのおかげで」
「それはよかったけど、気をつけて使うんだよ」
クイさんまでそんなことを……。
「この人なら言いふらすことはないだろうけど、相手を見て、慎重に」
「まったく、そうだな」
どうして二人してそんなことを言うのよ、心外だ!
「フーマが心配するのが良く分かるな」
「そうだ! なんだったらあんた、うちのこの子の面倒を見てくれないかい」
「えっ、ちょ、ちょっとクイさんっ!」
「それはフーマから頼まれている」
「あたしからもお願いするよ」
「……──承諾した」
なんだか良く分からないけど、クエストでも発生した模様。しかも思いっきりユニーク・クエストってヤツっぽい。
通常のクエストは、条件さえ合えばだれにでも発生するものなのだけど、ユニーク・クエストとは、唯一のクエストとなる。発生条件は複数あるけど、意図して発生させようとするととんでもない難易度になるらしい。それがあっさりと。
「……なるほど、これが天然巻き込みか」
「なにがなるほどなのよ!」
「あんたが危なっかしいからだよ」
そう言って、クイさんはまたもやすっとぼけた。
◇
気を取り直して。
私とキースはクイさんからお茶の淹れ方を教えてもらっていた。
先ほどのお皿の件で薄々分かっていたのだけど、キースはどうやらいいとこのお坊ちゃまのようで、家事は一切したことがないし、見たこともないようだ。
学校で掃除の時間や家庭科もあったはずだけど……。
「掃除の時間などなかったし、家庭科はオレがやるより前に同じ班の女子が率先してやっていたのでやることがなかった」
「…………」
今の発言でキースのリアルでの立ち位置がよくわかった。
リアルでも見た目がよく、さらには金持ちの生まれだと断言する! そして学生時代に限らず、現在進行形で周りの、とくに女子がほっとかない存在感なのだろう。
ちょっとした仕草でも高貴さというのだろうか、そんなものが滲み出ている。
VRは素の自分が何気ないところから出ているようでなかなかに怖い。
それにしても、楓真はなんの縁があって知り合い、さらにはいまだにつるんでいるというのだから謎だ。
「それでよくお茶の淹れ方を教えて欲しいなんて言えたわね」
「ゲームならリアルのしがらみなどなく色々出来ると思っていたんだがな、それもままならず」
「……はぁ」
「プレイヤーに教えを請おうものなら、我が我がと押し寄せてきてな」
「……リアルでもゲーム内でもイケメン発言、乙」
「フーマと同じことを言うんだな」
「それはねぇ」
そりゃあ、楓真の姉ですからね。同じ環境で育ったのだから、同じような感想を持つだろう。
「オレは本当になにも知らない。だけど彼女ならば、馬鹿にすることなく教えてくれると思ったんだ」
「そりゃあクイさんは根気よく教えてくれると思うけど」
でも、NPCと侮るなかれ。
結構、辛辣だし、なによりもスパルタだ。
「フーマがゲームを進められない今、この時間を使って、生産系をやってみようかと思ったんだがな。……なかなか思惑どおりにいかなくて、困っていたんだ」
「ま、あたしでいいのなら、お茶の淹れ方から料理まで教えるよ」
「それは本当か?」
「あぁ、彼女がいいと言えば、だけど」
そう言って、クイさんは私に視線を向けてきた。
とそこで、クイさんの発言に違和感を覚えた。
さっきもだったけど、キースがいるからなのか、名前を呼ばれない。ずっと彼女と言われている。
もしかしなくても、気を使ってくれてるの?
「あのぉ、クイさん」
「なんだい?」
「名前を呼ばないのは、その」
「あんたはまだ、彼に名乗ってないだろう? あたしたちの口から告げるのは違うだろう?」
なるほど、そのあたりはきちんと配慮がされてるのね。
「自己紹介がまだでした。私はリィナリティ。フーマのリアル姉です。名前は長いから、リィナでいいです、よろしくお願いします」
「オレは……知っていると思うが、キースだ。こちらこそ、よろしく頼む」
そう言ってキースは手を差し伸べてきた。これってあれ? いわゆる握手?
戸惑いつつ、私はその手を握り返した。
「リィナの手、小さいな」
「ちっ、小さくないから! キースさんが大きいのよ!」
思ったよりもキースの手は熱いし、大きいしで、びっくりだ。
「あと、フレンド登録をしてもいいか?」
「は、い?」
なんかグイグイくるのですが! この人、いつもこういう感じなの?
「しなくてもオレは不便はないんだ。だが、なんか一方的な状況でな」
「……? 意味が分からないのですけど」
「クイさんからのクエストを受けたら、リィナの居場所がマップに表示されるようになったんだ」
な、なんとっ! さすがユニーク・クエストとでも言うべき?
「フレンド登録をしていても、相手がゲーム内にいるかいないかしか分からないんだが、それでもしていないよりはマシだろう?」
そうですけど。
「あー、あと、このクエストな。いわゆるユニーク・クエストってヤツだ」
それはなんとなく分かっていたけど、クエスト対象である私に公言するんだ。
「期限はゲームサービス終了まで。内容は対象を護ること。プレイヤーはクエスト受領者、対象者ともに、直接、間接によらず妨害した場合はペナルティを科すとある。最悪、BANになることもあるようだ」
受け取り方によっては、なんとも重たい内容だと思う。
「報酬は……未定、か」
そう言うと、キースは腕を組んで口をつぐんだ。
報酬が未定って、でもこれ、サービス終了したら、報酬をもらっても無意味じゃないの?
「あの……」
私が決めて良いのか分からないけど、キースにひとつ、提案した。




