第二百二十九話*トニトの元へ
心春さんは現実のトニトにすぐに連絡をしてくれたようだ。
半日ほどで心春さん……というより、運営宛てに連絡が来て、会って話をしたいから来て欲しいと、場所と日時が指定された。
指定場所はどこかの住所。建物名など書かれていないし、馴染みのないところなんだけど、どこ?
「この住所って?」
「……あぁ、ここはたぶん、トニトが監禁されている場所だな」
「か……かんきん……?」
あまりにも不穏な言葉に脳みそがフリーズした。
カンキンって、お金を替える換金ではない……よね?
「あまりにもログインをして来ないから、別口で調べてもらった。どうやらトニトは別荘らしきところに閉じ込められているようだ」
「別荘」
なんとなくだけど、トニトもお金持ちのお坊ちゃまっぽいと思っていたのだけど、別荘か。
「ということで、今からその別荘に向かう」
「…………はいぃ?」
◇
藍野の車で高速などを通って三時間ほどかけて、指定された住所近くへとやってきた。
道中は麻人さんとたわいのないおしゃべりをしたり、お菓子を食べ、お茶を飲みなんてしていたのだけど、途中で眠くなって、気がついたら麻人さんに膝枕をしてもらって寝ていた。
ぼんやりと目が覚めてその状態だったので、しばらくフリーズしてしまった。
寝た覚えはあるのだけど、座った状態だった記憶が。
肩に寄りかかって寝ていたのならまだしも、どうして膝枕?
「あのぉ、麻人さん?」
「あぁ、起きたか。病み上がりなのに、さすがに強行軍だったな」
「病み上がりとはいっても、だいぶ体力は戻ってますし、ずっとこもっているのもあまりよくないですよ」
「そうだな」
麻人さんの膝枕から逃れるために身体を起こそうとしたのに、頭をつかまれて阻まれた。
そしてなにが楽しいのか、私の頭をずっとなでなでしている。
私はその、何気に気持ちがいいのでいいのですけどね?
「莉那の髪の毛、思っている以上にサラサラで手触りが良くて気持ちがいいな」
なんでそんなにうっとりとしているのですか……?
「莉那はほんと、手触りがいい。いつまでも触っていたくなる」
「……………………」
頭なでなでだけでは飽き足らず、頬を撫で、首筋を撫で……って!
「麻人さんっ!」
「いいじゃないか、減るもんじゃないし」
「減りますっ! 体力と気力が減ります!」
「……仕方がない、頭なでなでだけにしておく」
できたらそれも止めて欲しいのだけど、全部ダメ、はさすがにかわいそう……?
騙されてるというか、絆されているというか。麻人さんに対しては甘くなるのよね。
でも、今の状況で全部ダメは逆効果になる。
頭なでなでくらいなら……。
んっ、んんっ。
さて、それはともかく。
「トニトさんはなんでこんなところにいるのですか?」
「詳しくは本人の口から聞くのがいいのではないかと思うんだが、まぁ、誘拐だな」
「……ゆ、ユーカイっ?」
えっ? トニト家が持っている別荘ではないのっ?
「えっ? えっ?」
私の理解がおよばなくて戸惑っていると、麻人さんは楽しそうに笑った。
「とはいえ、外部からの連絡にすぐに返答されるくらいだから、緩いものだな」
「いやいや、麻人さん、ツッコむところが違いますって」
トニトが本当に誘拐されているのなら、連絡が取れるのはおかしなことだ。
その前に『誘拐』って……。
「ちなみにだが、トニトがいる別荘はトニトの親族の持ち物ではないようだな」
「えっ? てことは、本気の誘拐ってことですか?」
「莉那? 本気ではない誘拐とは?」
「私はてっきり、家族に怒られて別荘に送られているとばかり思っていました」
「その場合は誘拐とは言わないだろう?」
「そうかも……」
「それに、前にも話したが、トニトは赤の結社に所属していない」
「あー……」
なんかそんな胡散臭い、都市伝説で語られるような秘密結社っぽい名前に聞き覚えがある。
「赤の結社への所属条件は、藍野の敷地に入れることが条件だ」
「藍野なのに赤の結社とは、これいかに」
つい思ったことが口を突いて出たのだけど、麻人さんはなぜか私の頭を大きな手のひらで掴んだかと思ったら、麻人さんらしくなくかなり乱暴に髪の毛をかき混ぜてきた。
「ひゃあ! 麻人さんっ!」
私は慌てて麻人さんの手から逃れるように頭に手を伸ばして阻止しようとしたら、逆に手首を掴まれた。
「なかなか鋭いな」
「なっ、なんですかっ!」
「藍に混ぜてムラサキにするために赤の結社らしいぞ」
「……? ど、どういう、意味ですか?」
「紫は高貴な色なんだそうだ」
「はぁ」
歴史でそんな話を聞いたような気がしないでもないけど?
「あとはまあ、想像に任せる」
というと、麻人さんはなぜかご機嫌に私の肩に額を擦りつけてきた。むむむ。
「赤の結社は、代替わりがあった後に発足したらしい」
「あのぉ。前にも代替わりの話が出たけど、それってなんですか?」
言葉のとおりのような気がするけど、確認のために聞いてみた。
「藍野の客……、主に上総のご神託を継続して必要とする者はスポット客と違って、厳格な審査を必要とする」
「上総の安全のためですか?」
「それが一番の理由だが、藍野を下手に利用されないためもある」
藍野を利用する、とは?
そんなこと、可能なの?
「藍野の人たちが簡単に利用されるとは思えないのですけど」
「直接的にはそうだな」
ということは?
「間接的?」
「あぁ」
「…………? 基本、間接的に使われてますよね?」
麻人さんは少しだけ考えて、うなずいた。
「それは想定内だし、そうなるだろう。そのために上総がいて、受け入れている」
「?」
麻人さんがなにを言いたいのか分からなくて首を傾げたら、なぜか麻人さん側に引き寄せられ、ギュッと抱きしめられた。
「あさっ、とっ、さっ」
「はー、かわいい。かわいすぎる」
麻人さんが馬鹿力でぎゅうぎゅうと抱きしめるから、苦しくて意識が遠のく……。
あ……なんだかトッテモ綺麗なお花畑が……。
「ぷはっ、ゲホッ、ゴホッ」
「すっ、すまないっ、莉那」
「あ……愛が、重すぎ……る」
あまりのことにそのまま気が遠のいてしまった。
◇
ふと意識が浮上するのを感じて、ぼんやりと目を開けると真上に麻人さんの顔があった。
「っ!」
「莉那、気がついたか?」
なにがあったのかを一瞬で思い出して、すん……として返事を返した。
「あ……はい」
「すまない、あまりにもかわいくて、つい」
「絞め殺されるかと思いました」
「莉那がかわいすぎるのが悪い」
「私が悪いとか、なんだか釈然としないのですけど」
激しく納得がいかないけれど、麻人さんが予想以上にシュンとしていたので、許すことにした。
我ながら甘すぎるけど、これはもう今さらというか。
「麻人さんが思っているよりか弱いので、お手柔らかによろしくです」
「……分かった」
本当に分かってくれたかしら。
意外に麻人さん、そういうところは鳥頭なのよね。
「そろそろ着くそうだ」
「遠かったですね」
「まったくな」
なにをしに来たのかすっかり忘れていたのだけど、その言葉で目的を思い出した。
「トニトを救出しよう」
「あ、はい」




