第二百二十七話*この状況下で無理難題過ぎないですか
来る日も来る日も、トニトからの連絡を待ってログインする日々。
さすがに洗浄屋でグダグダするだけなのは時間の無駄なので、店を手伝ったり、村の中で出来る生産をしてみたり、NPCに話を聞きに行ったり、ついでに立ち寄ったところで『鑑定』と『浄化』をしたり。
ちなみに、ウィーのスパルタ特訓のおかげで『心眼』は獲得していた。
その『心眼』の精度を上げるのも命題ではあるのだけど、さらに上もあるとかで、『影の世界』がある程度は綺麗になったので今度は表の世界を、ということでついでにやっている。
あまりにも当たり前のようにさらりと「さらに上がある」と言われたのにスルーしそうになったけど、いやいや、ツッコまなければ。
『まぁ、レベルを上げるのも大切だが、スキルを磨くのも大切だからな』
『それは分かります』
キースよ、ツッコむとこ違うから!
『キースさん、それより大切なことを聞かないといけなくないですか?』
『あぁ、聞こうと思っていた。……ウィー、『心眼』の上のスキルとはなんだ?』
ウィーはアイの背中の上でのんびりと伸びをしてから答えた。
『それを見つけるのはあなたたちの楽しみでしょう?』
『……そうだな。それならば、中途半端に情報を出すな』
『あはは、ごめんねぇ』
知っていたけど、こいつは軽すぎる。
『あぁ、羽がついてる分、口も軽いのね』
『ちょっと、リィナリティ?』
『なにか? 異論は受付けないっ!』
『リィナリティさん、ひどいですよ! わたしを受付けないなんて!』
『いやいや、イントネーションが違うでしょう? それに、イロンがいなくなったら私、洗濯屋廃業じゃない?』
焦ってフォローをしたら、イロンが頬のあたりに近寄ってきて、スリスリしてきた。
『リィナリティさん、そういう割にはわたしの扱い、雑ですよね?』
『雑ではないわよ! だって、大切すぎたらインベントリに入れて、出さないわよ! 壊れたりしたら怖いじゃないの』
『わたしはそう簡単に壊れたり……。あ』
ウィーがコツンとイロンの端を軽く叩くというか、ツッコミを入れただけだったのに、なぜか縁が欠けてポロリと落ちた。
『っ!』
『あうあうあう、痛いいい!』
『モノに痛覚があるわけないだろう』
キースのツッコミに同じことを思ったのだけど、遅れてイロンが感じていると思われる痛みが私にも襲ってきた。
『キース、さん……っ』
『リィナ、どうした?』
ズキズキするというほどではないのだけど、じんわりとした痛みが頭の片隅にある。頭に手を当てたら、少しだけど痛みが治まっているような気がする。
『うぅ、痛い……』
一方のイロンはかなり痛いのか、ずっと痛いと言っている。
『リィナ?』
『……はい』
『頭に手を当てているけど、どうした?』
『んー、イロンの痛みがこちらにも影響しているみたいで、痛いです』
じんわりと痛くて顔をしかめていると、キースの手が頭に伸びてきて抱き寄せられた。
『ぅにゃっ?』
『ひとりで背負わない』
『ひとりでって言いますけど、そもそも痛みなどの感覚は人と共有できるモノでは……』
『オレなら出来る』
『ぉ、ぉぅ』
この人、なに言ってるの。
とは思うのだけど、いとも簡単にやりかねない。
『痛みは共有しなくても、出来なくてもいいです。むしろ、私はしたくないです』
『オレはリィナの痛みも知りたい』
『あのぉ、お取り込みのところ……。ったたた』
私とキースが言い合いをしていると、珍しくイロンが割って入ってきた。
『お取り込みのところ申し訳ないのですが……いたた』
『ごめん、イロン。インベントリに入っておく?』
『それは嫌です! いたた』
かなり痛そうなイロンだけど、どうすればいいのだろう。
『インベントリに入るのは嫌だけど痛い? それなら、徹底的に壊してやろうか?』
キースの不穏な言葉と表情に、それは口だけではなく本気だと分かった。
『ちょっと、なに言ってるのですか、キースさんっ!』
『いつも、いつもっ! キサマはリィナの横にいて、さらには戦闘中はずっと握ってもらっていてっ!』
この人はなにを言い出したのだろうか。
『キースさん、嫉妬ですかぁ? ……いたたた』
イロンも痛いと言いながらキースを煽っているしっ!
『もうっ! そんな場合ではないでしょうっ!』
宙に浮いているイロンを掴んで胸元に引き寄せる。
そうするとキースの腕の力が強くなった。
『イロン、本気で壊すぞ』
『もうっ! 止めてください』
『なぜ、オレ以外を大切にする?』
『キースさん、誤解しているようなのではっきり言っておきますけど』
少しだけキースから身体を離し、睨みつけながら口を開いた。
『キースさんを含めて、みんな大切です。でも、その中で特別なのはキースさんだけですからね!』
これだけはっきり言っておけば、キースも納得するだろう、うん。
『……分かった』
ようやく理解してくれた?
怪しいけど、その言葉を信じるとしよう。
『それで、イロン』
『……ぁ、はい。いたた』
イロンは私とキースが言い合いをしていたというのに、抱っこしてあげたことで安心をしたのか、寝ていた?
『どうすれば直せるの?』
『それですが。どのみち、わたしをグレードアップするための材料を探しに行かなくてはならなかったのです』
『グレードアップ?』
『はい。リィナリティさんもレベルが上がってきたし、スキルのレベルも上がってきたので、今のままだとどのみち、わたしの身体は持ちません』
『えっ?』
『なので、材料集めと同時に、わたしの身体を強化してくれる鍛冶師を探しに行きましょう』
材料集めと鍛冶師探し?
『あの、材料集めはともかく、鍛冶師探し……?』
疑問に思っていると、目の前に文字が浮かび上がってきた。
【転職クエスト】火のしを強化しよう・その一
その一。
ということは、何個か続くということか。
『分かった。探しに行きましょう』
すると、クエスト受諾と目の前に現れた。
……あれ? これって。
『洗濯屋ってやっぱり転職できるのね?』
『できるに決まってるでしょ……おぉぉぉ~! って、なーぁにーぃすーぅるーぅのーぉよぉぉぉ』
ウィーが私の言葉に返事をしてくれたのだけど、なぜかキースはウィーの首根っこをつかんでブラブラと振り始めたため、揺れに合わせて声も揺れている。
『どうして大切なことをリィナに教えていない?』
『聞かれていないことにどう答えるのよ』
『聞かないとなにも情報をくれないのか?』
『そうよ。そもそもあなた、そんな受け身がいいの?』
『いや』
『それなら、情報は自ら取りに行くべきだと思うわ』
ウィーの言うことは珍しくもっともだったので、なにも言い返せない。
『やるべきことが見つかったから、トニトと連絡が取れるまでただ待つのも時間がもったいないから、材料探しをしましょう?』
また言い合いになるのもやだったので話を逸らし気味に話題を振ったのだけど、キースが『そうだな』と同意してくれた。
ふぅ、よかった。
『それで、と』
やることは決まったけれど、その材料というのはなにで、どこに行けば手に入るのだろうか。
『イロン、材料はなにか分かる?』
『チタンですぅ。……いたたた』
『チタン?』
はて? 聞いたことはあるけど、なんだっけ?
首を傾げたままキースを見ると、苦笑された。
『チタンが分からないって顔をしているな』
『そうDeath!』
『殺すな』
『失礼』
ほんと、律儀だわ。
『チタンは金属だ。かなり軽く、ほぼ錆びない金属と言われていて、あちこちで使われている』
『ほう』
『埋蔵量はそこそこあるようなんだが、使えるようにするために、いわゆる精錬が必要なんだがそれがかなり難しいらしく、それゆえに希少価値が高く、高価な金属である』
さ、さすがキースと言うべきなのかしら。よく知ってるわよね。
『……しかし、このファンタジーな世界で現実なモノが出てくるとは。ダマスカスだとか、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、はたまたヒヒイロカネとか』
『キースさん、ダマスカスはリアルにあるでしょう』
『……そうだが。だがあれも実のところ、作り方は失われた技術だと聞いたぞ』
『そうかもDeathが』
『イロン、殺すな』
『えへっ』
イロンもDeathをたまに使っていたけど、磨きがかかってきたわね。
『そんなロマンはもしかしたら高レベルになったら出会えるかもDeathから、楽しみにしていてください』
『だからイロン、殺すな』
『いやぁ、つい』




