第二百二十六話*《四十二日目》「上総に勝った……!」
昨日は久しぶりにフィニメモにログインして、洗浄屋の二階でぐだぐだしているうちに時間が経っていた。
しかも一応は病み上がりであるため、早めの時間に終わらせた。
夕飯にするにはまだ早い時間だったため、お風呂へ。
もちろん、ひとりで入らせてくれるはずもなく、である。
ま、まぁ、さすがになにもされませんでしたけどね!
夕飯を食べて、もろもろのことをしていたらあれだけ寝ていたのにもかかわらず、やはり疲れていたのか、あっという間に寝ていた。
夢を見ていたかもしれないけれど、覚えていない。
気がついたら朝になっていて、ベッドの隣を見ると麻人さんはいなかった。
時計を見ると朝の七時。
早く目が覚めたのか、上総に呼ばれたのか。
……私が寝ていた間、あいつは毎日、麻人さんを呼びつけていたのだろうか。
あり得る。
そしてそれに素直に応じる麻人さん。
なんか、すっごく、すぅーっごっく! 腹が立つのですけどっ!
「許すまじ」
ベッドの上で上総への怒りを燃やしていたら、なぜかワゴンを押しながら麻人さんが入室してきた。
「……麻人さん?」
「ん。起きたか、おはよう」
「おはよう……ござい、ま……すぅ?」
食事は基本、一階の食堂で摂っている。それなのにワゴン?
「最近、食事はここでしている」
「……いつから?」
「莉那が起きなくなってから」
起きなくなってから?
「……オレは楓真に会うまで、孤独だった。だけど楓真に会い、それから莉那を知った。それまではひとりでも平気だったのに……。人の温もりを知ってから、特に莉那の温もりを知ってからは、ひとりになるのがとても怖い」
「……………………」
「莉那から目を離したらふっと消えてしまいそうで、怖くて離れられなかった」
この人、こんなにも弱い人だった?
「母が亡くなったとき、淋しかったけれど、ホッとした。だからオレは人を愛せないのではないかと思っていた」
でも、と麻人さんは続ける。
「莉那がいなくなったらと思ったら、目の前が真っ暗になって、怖かった。失いたくないと、心から思った」
麻人さんの言葉に、うーむと思わずうなってしまった。
私も同じようなことを思っている。
けれど。
「麻人さん」
「ん」
「私はそう簡単には死にませんよ」
「……ん」
麻人さんのそばに寄って、ギュッと抱きついた。
「麻人さんだって、簡単には死なないと思ってます。でも、不安になるその気持ちもとてもよく分かります。だからお互い、約束しましょう」
「約束?」
「どちらかが先に死んでも、後追いしないって」
「…………」
「麻人さん?」
「無理だ」
「はい?」
「莉那がいない世界なんて」
はーっと思わずため息が。
「出逢うまで別々でいたわけではないですか」
「そうなんだが。だけど、莉那を知ってしまったから、知らなかった頃には戻れない」
「むぅ」
さて、どう説得したものか。
「麻人さん、いいですか」
「なんだ」
「約束してください。もしも私が先に死んでも、後追いしないって」
「莉那との約束なら」
「約束ですよ、守ってくださいね。そうでなければ」
「なければ?」
うーん、どうしよう?
「口を利きません」
「…………」
あれ? 死んでしまったら話すことなんて出来ないよね?
なのに私はなんでよりによってそれを選択したのか……!
「……分かった」
「ぇ?」
「約束する。莉那が先に亡くなったら、後追いしないって」
「後追いはしないけど、先に死ぬもなしですよ?」
「……分かった」
言わなかったらするつもりだったな、こいつっ!
「もうっ!」
麻人さんのこめかみの両方を拳でグリグリとしてやった。
「莉那、痛い」
「当たり前ですよ、痛いことをしているのですからっ!」
しばらくグリグリして手を離すと、抱きしめられた。
「莉那、ありがとう」
「麻人さん、マゾ?」
「いや、そうじゃない。オレのことを心配してくれて、ありがとう」
「そんなの、当たり前です!」
この人は今まで、どんな風に生きてきたのか。
私にとっては当たり前のことに対して、感謝の気持ちを表すなんて。
「莉那には当たり前でも、オレには当たり前ではないこともある」
「エスパーですか、麻人さん」
「そこはなんとなく分かるというか」
「そういうのは分かるのに、なんで肝心なことは分かってもらえないのか」
「莉那、心の声がだだ漏れだ」
「えぇ、わざとDeathっ!」
「殺すな」
「ふふふっ」
麻人さんは小さく息を吐くと、改めて口を開いた。
「莉那に対してだけ、遠慮をしないでワガママが言える」
「甘やかしてないですよ?」
「オレにとっては莉那は十二分に甘やかしてくれている」
うーん?
甘やかしてるのかしら?
「……上総のところに行くことは許してませんよ」
「心配するな、行ってない」
「え? 本当ですか?」
「莉那を置いて、行くわけないだろう」
麻人さんの言葉に、思わずガッツポーズ。
「上総に勝った……っ!」
◇
そんなこんなでご機嫌でフィニメモにログインですよーっ!
もちろん、日課のリハビリを済ませてからです。
麻人さんも一緒にしてくれるからまだいいけど、なぜだかとっても厳しいリハビリだったのです。
確かに体力をつけたいとは言ったけど、それにしても病み上がりに対して厳しすぎではなかろうか。
むぅ、納得はいってないけど、まあいいか。
「フィニメモにログインしたのはいいけど、狩りに行けませんよね」
「フィールドの狩りは難しいな」
「ログインした意味」
「トニトからの連絡を待っている」
トニトって、だれ?
しばらく悩んで、思い出した。
「ベルム血盟の、……盟主?」
「そうだ。ヤツに現状を詳しく聞こうかと思って連絡を取ったんだが、どうもログインもしてないようなんだ」
「それ、いつからですか?」
「いつからログインをしてないのかは知らないが、昨日、久しぶりにログインしたときにメールしておいた」
「返事がないからログインしていないと?」
「いや。トニトとはフレンド登録している」
トニトとは仲は良さそうだとは思っていたけど、フレンド登録をしていたのか。意外だった。
「フレンド同士だと、最終ログイン日時が分かる」
「へーっ、それは知りませんでした」
試しにマリーを見てみると、かなり前の日時が最終ログインだった。
ついでにフーマを見ると、こちらは思っていたより直近の日付が最終ログインとなっていた。
「む?」
マリーの目をかいくぐってログインしている?
「フーマはこっそりログインしているの?」
「みたいだな。たまにメールが来ている」
「メール……」
「現実だとログが残るからゲーム内からしかメールが送れないとか」
「マリーちゃん……」
「マリーはオレたち三人の中で誰よりも藍野だよ。独占欲が飛び抜けてる。落ち着くまで待つしかないな」
「落ち着くことってあるのですか?」
「…………さあ?」
「……………………」
そ、それにしても! 私にはメールなしって、楓真も冷たい。
「あぁ、動画、ありがとうと伝えてほしいと言われていた」
「私にもメールしてくればいいだけなのに、なんで伝言」
「マリーとオレは産まれてからずっと一緒だが、リィナとは最近知り合ったばかりだから、怒り具合が違うからみたいだな」
藍野って面倒くさい……。
そう思いながらキースをチラリと見たら、苦笑された。
「リィナは思っていることが顔に出やすいな」
「そんなことないです! キースさん相手だから、油断しているだけです!」
「ふぅん?」
疑い深い視線に、プイッと視線を逸らした。




