第二百二十五話*《四十一日目》「ひとりやふたり、ヤッていても不思議はないDeathよね」
緊張気味に台所に行こうとしたところ、ラウに呼び止められた。
『リィナリティよ』
「はいにゃ?」
『気配はあるのに見えなかった間、なにをしていたのだ?』
「んにゃ?」
見えなかった?
むむ?
影の世界にいた間、フィニメモにログインしている状態だったということ?
うーん、分からん。
その気配だけしていた間になにをしていたと言われても。
「影の世界とやらで『鑑定』と『浄化』をやらされまくってましたけど?」
『……それで分かった』
「この説明だけで?」
『あぁ、問題ない。台所に行くのだろう? ……気にせず行くがいい』
若干の間が気になったけれど、気にしたらきっと負けだ。言われたとおりに気にせずに行こう、うん。
台所の入口に正面から向かうのが怖くて、ギリギリまで壁際を歩いて、斜めに入口へ。
「リィナ?」
「な、なにっ?」
「隠れているつもりかもだが、全部見えてるぞ」
「……………………」
な、なんてこと……!
恥ずかしいだけの人じゃないの!
「リィナ、お帰り」
「ク、クイさんっ……!」
クイさん、ウーヌスはにこにこ、ドゥオ、トレースはニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「相変わらずのリィナであたしたちは安心したよ」
「ぅ……」
にこにこ顔だけど、内心は違ったようだ……!
感動の再会にクイさんに抱きつこうと思っていたのに、出鼻をくじかれた感じだ。
ま、まぁ、私がいけないんですけどね!
「すぐには狩りには行かないだろう?」
「あー……、うん、そうね」
「それなら、お茶でも飲みながら情報交換といこうか」
キースとともに台所に足を踏み入れた。
とそこへ。
上からなにかがドサリと落ちてきて、頭に乗った。
「ぅにゃぁっ!」
「ようやく来たっ!」
私の頭の上で髪を乱して暴れているこの声っ! とぉっても聞き覚えがあるぅ!
慌てて頭に手をやれば、ふにっと柔らかな感覚。
もっと強く掴もうと思ったら、スッといなくなった。
あれ? 気のせいだった?
「虫は?」
「違うっ! 妖精だって何度言えば」
「……なるほど、虫、だな。羽虫」
キースはオルとラウを片手で抱っこして、影の世界で会った緑の妖精の緑色の透明な羽をつまんで私の頭の上から取り除いてくれた。重たくはないんだけど、頭に乗っていたことに違和感があったから、ホッとした。
「なっ、なによっ! こんなにも可憐な美少女をつかまえて、虫だとか羽虫だとか! あなたたち、ちゃんとアタシのこと見えている? 美意識がおかしいんじゃないの?」
「美少女!」
「美意識!」
「どう見ても幼児体型!」
「丸太!」
「それなら、美幼女?」
「美しいかは……。まぁ、このまん丸でぷくぷくのほっぺたとか、むちむちな手足とか」
「おもち-!」
みんな、言いたい放題であるけれど、私もすべてに賛同したい。
「ぐ、ぐぬぬぬ……! 屈辱っ! あんたたち、まとめてミンチにしてやるわっ!」
「ミンチに」
「ミンチ」
「メンチカツ?」
なんかもう、ぐだぐだである。
「はいはい、分かったから。んで? あなたの名前はなんでした?」
「ウィリディスよ、ウィリディス!」
「ういっす?」
「ウィリディス!」
「長いから、ウィルでいいわよね」
「いいわけないでしょう!」
「では、ディスにするか?」
「それもやーっ!」
「もー、わがままね。ウィルがやなら、ウィーにするわよ」
「……ディスより、ウィルより、ウィーがいい」
「では、緑の羽虫はウィーって呼んであげてね」
「緑の羽虫……!」
私はウィーの首根っこを掴んでテーブルに近寄り、ポトッと落とした。ウィーはベチャリとテーブルの上に突っ伏した。
「ちょっと! 影の世界でも思っていたけれど、アタシの扱い、荒すぎでしょ!」
「その羽は飾りなの? 羽を動かして、浮力で回避しなさいよ」
「そ、そんな無理なことを!」
「……要するに、鈍くさいんだな」
「ぅ」
キースの一言に、ウィーはテーブルの板にのの字を書き始めた。
あーあ、いじけちゃった。
「静かなうちに情報交換をしよう」
「ぅ、ういっす」
少し察していたけど、キースって無駄を嫌うというか、合理的っていうの?
限られた時間を無駄に過ごすのはもったいないからいいんだけど。
「オレたちがいない間、なにか変わったことはあったか?」
クイさんは手際よく私たちにお茶を淹れてくれた。
もちろん、いじけているウィーにもお茶とお菓子を出してくれている。
クイさんは相変わらず優しい。
「そんなざっくりとした聞かれ方をされても」
「では、上位プレイヤーでおかしな動きをしていた者はいないか、と聞かれて、答えられるのか?」
ウーヌスとキースは相変わらず仲が悪い、と。
「分かりますが、あなたには教えません」
「ウーヌス、そういっている場合ではないだろう」
「うむ」
「ウーヌスが話さないのなら、あたしから話すよ」
そう言ってクイさんは席に座ると、私とキースの顔をジッと見てきた。
「あたしたちはプレイヤーではないから、おおまかなことしか分からないのだけどね。ふたりがいない間、高レベルプレイヤーの間で大きな争いが起こったようだよ」
「争い?」
「ベルム血盟があちこちで暴れていただろう? あたしたちNPCの間でもそれは話題になっていたし、問題になっているよ」
「ベルム血盟かぁ」
すっかり忘れていたけれど、そんな出来事もあったような気がする。
「クイさん、その内容、もうすこし具体的に知っていることはないか?」
「うーん、そうだねぇ。狩り場を巡って、高レベルプレイヤーがゲーム内だけではなく、ゲームの外でも言い争いをしているというのは聞いたね」
えーっと、それってゲームの外でも争うようなことでした?
「ああ、その話ならオレも聞いている。……外に持ち出すのはどうかと思っている」
「そこは分からないけど、行き過ぎて関係のないNPCも巻き込まれているみたいだね」
「ったく、なにをやってるんだか」
うーんと?
「ゲーム内で白熱しすぎて、ゲーム外でもやり合っていて? さらにゲーム内でプレイヤーだけに飽き足らず、NPCまで巻き込んでいるってこと?」
「みたいだな」
「あれ? 私、考えを口にしてた?」
「してたな」
ぉぅ、なんてことでしょう! 頭で考えていると思っていたことがだだ漏れとか! すごく……恥ずかしい、Death。
「そのことが解決しないと、安心して狩りにもいけないな」
キースの言葉に、思わずため息を返した。
「疲れたか?」
「いや、……まあ、そうDeathね」
「殺すな」
「あはは」
相変わらず律儀なようだ。
「オレたちがいない間に解決していればいいと思ったが、そう都合良くいかないな」
「ねーねー、ウィー。そういうのって影の世界から『浄化』出来ないの?」
もし知られずにあいつらを「始末」出来るのなら、影の世界からヤッちゃうんだけど。
「リィナリティが不穏なことを考えてるみたいだけど、出来るのはあくまでも『浄化』であって、裏から拘束したり、PK出来たり、ましてやBANしたりなんてこと、出来ませんからね」
「『浄化』して、考えを綺麗に出来ないの?」
「そんなこと、出来るわけないでしょう!」
「出来ないのぉ?」
うーん、出来ないのか。
それはとっても残念。
「仕方がない。現実でトニトを呼び出すしかないな」
「えええーっ! 本気で言ってるのっ?」
「オレはいつでも本気だが?」
「ソ、ソウDeath、Ne☆」
う、うん。
Ne☆ で逃げよう!
「リィナも同席だ」
「ゃ。私、病み上がりですし!」
「オレひとりだと、なにをするか分からないぞ?」
「さすがに殺したり……」
「リィナ。オレをだれだと思っている?」
そう言って、キースは私の顔をジッと見てきた。
うん、相変わらず麗しいというか、人間離れした綺麗なお顔をされているというか。
「気に入らないヤツがいて、そいつを殺したことがあると言ったら?」
「まぁ、ひとりやふたり、ヤッちまっていても不思議はないかと言いますか」
「……冗談だ」
「キースさぁん、冗談に聞こえないですよ!」
さすがに殺したりなんて人道から反したことはしてないと思うけど、そんなことを冗談で言うとは思わないし!
「冗談で言うような内容ではないですよ!」
「そうだな、悪かった。だが、リィナもひどいな。ひとりやふたり、ヤッてるとか」
「殺したとか言うからですよ!」
まったくもう!
「今日の明日ではない日程で呼び出すから、リィナも立ち会ってほしい」
「……分かりました」
なんというか、面倒だけど仕方がない。
またもや大きなため息が出た。




