第二百二十四話*《四十一日目》結局は日常に戻る
目が覚めたら、麻人さんの顔が最初に視界に入った。しかもびっくりするほどのどアップだ。思わず顔が強ばってしまった。
そのまま麻人さんと視線が合うこと数秒。
麻人さんは目を見開いて私をジッと見てきた。
「……り、莉那っ?」
「ひゃいっ!」
寝起きに声を出したからか、かなり声が掠れていた。
喉がとても渇いている。私は一体、どれだけ寝ていたのだろうか。
そんなことを思っていると、麻人さんがいきなり抱きついてきたので驚いた。
「あの、麻人さん?」
「ようやく、起きた」
「…………?」
「フィニメモ内で寝落ちしてからずっと意識を取り戻さなかったから……」
意識を取り戻さなかった?
単純に疲れ切って熟睡していただけだと思うんだけど?
……ん?
ログアウトした記憶がない、かも?
「麻人さん、今、いつですか?」
「火曜日の夜だ」
「夜……」
ダンジョンのボスに挑んだのは火曜日の夜だったから……?
────…………?
あれ? そんなに時間は経ってない? 思ったより寝ていないってこと?
それにしてはすっきりしてるのだけど?
「あの、麻人さん」
「うん、なんだ?」
麻人さんは私を抱きしめて、温もりなどを堪能しているようだ。
よくわからないけれど、心配をかけたようだから、しばらく好きにさせておこう。
「あまりにも起きないから、楓真に連絡したんだが」
「はい」
「たまにあるから寝かせておけばそのうち起きるとは言われたんだが……。さすがに一週間起きなかったから、入院させるかどうか悩んでいたところだ」
「……………………へ? いっしゅうかん」
「そうだ、一週間だ」
いやいや、さすがに、ねぇ?
「栄養や水分は点滴で補っていた」
そう言って、麻人さんは視線を私の後ろへ向けた。
そこを見ると、確かに点滴が置かれていた。
「あの……大変ご心配を……」
「……まぁ、一番の原因はオレだからな。楓真と陽茉莉から怒られた」
「あー……」
楓真を怒らせると、怖いからなあ。
それで麻人さん、シュンとしてるのか。
「えーっと、Deathね」
「殺すな」
「あはは。……麻人さんのあの件も原因だと思いますけど」
「だよな」
自覚があるのなら、無理させるな! と心の中で思ったけれど、続けた。
「あの、よく分かんないのですけどね、夢? の中で特訓をさせられてまして」
「……特訓?」
「はい。虫みたいな見た目の、自称・妖精に『鑑定』と『浄化』を鍛えろと言われまして、ディシュ・ガウデーレの影の部分すべてを回らされていました」
「……は?」
「フィニメモの舞台になっているディシュ・ガウデーレには影の世界なるものがありまして、そこを『浄化』しないと表をいくら『浄化』しても世界はよくならないと言われまして」
「それで、ずっと起きなかったと?」
「みたいですね。でもまさか、リアル時間で一週間も経っていたとは。……いえ、一週間で済んでよかったと言うべきなのでしょうか」
あれ? 影の世界にいるときは時間経過はないって言われたのだけど、あれだけ長い時間いたのだから、さすがに現実の時間に影響していたのね。
それとも、影の世界にいる間は本当に時間は経過してなかったけれど、私の身体が疲れすぎていて、回復するまでに時間が掛かっていた?
こちらだとしっくりくるかも?
うん、どちらにしろ、そうしておいたほうが今後の私の負担が減ると思うのよね!
「……あの、ですね」
「なんだ?」
「思い出したのです。フィニメモの影の世界にいるときは、リアル時間は経過しない、と」
「経過しない?」
「はい。たぶんですけど一週間起きなかったのは、疲れすぎていたせいかと」
「…………オレのせいか」
「そうですね」
はっきりと返事をすれば、あからさまに落ち込んだ。
言い過ぎたかなと思ったけれど、これくらい言っておかないと後々困るのは自分だ。
「麻人さん」
麻人さんは無言で顔を上げて、私を見た。
「麻人さんに必要とされて、とってもうれしいです。でも、麻人さんが気持ちをぶつけている相手も、麻人さんと同じ人間ですけど、違う個体なのです。
できるだけ気持ちを受け入れたいと思っても、体力などの面では麻人さんにはまったく敵わないのですから、そこを考慮してください」
私の言葉に、麻人さんは大きくため息を吐いた。
「またそういうかわいいことを言う」
「今のどこがかわいいのですかっ?」
「オレの気持ちをできるだけ受け入れたいだなんて」
「……いやまぁ、麻人さんは私のものですからね」
麻人さんは私の手を痛いくらいに握りしめて、感極まったのか天井を見上げていた。
「とりあえず、だ。ずっと寝ていたから身体が弱っている。しっかりご飯を食べて、少しずつ身体を動かそう」
そうして私は身体が戻るまでリハビリをさせられることになった。
◇
リハビリといっても、一日一時間くらいだ。やりすぎてもよくないらしい。
なので、それ以外の時間は今までと同じくらいある。
そのままぼんやりしているのもなんだし、VRは脳への刺激が云々とかでむしろ推奨された。本当なのかどうかは良く分からないけど。
ということで、とっても久しぶり? にフィニメモにログインですよ、っと。
私は影の世界とかいうところにずっといたという認識なので、あんまり久しぶり感はないのだけどね。
ログインしたら、いろんなものが飛んできた……というか、飛びついてきた。
「わわわっ! なにごとっ?」
「リィナリティにゃあ!」
「リィナリティさんっ!」
もふもふ、ややもふもふ、もっふもふ、最後はガキンと痛い。
「イロン……。痛いから」
「リィナリティさぁーんっ! ずっとインベントリの中で、暗くて淋しかったよぉぉぉ」
「それなら、戻るようにしなくてよくない?」
「それはそれで嫌ですぅぅぅ」
なんとワガママな。
「自由に出入り出来るようにしてもらえばいいんじゃないか?」
「さすがキースさんですぅぅぅ」
えぐえぐ泣きながら、キースに擦り寄っている。
「リィナの大切な一部だからな」
あー、そういう……。
「オルド、できるか?」
「多分大丈夫だと思います。担当者に依頼します」
「ありがと、オルド」
「うへへ、リィナリティさんにお礼を言われた」
当たり前のことを口にしたのに、オルドはなんだか急にデレデレになった。
「……………………」
なんでだろう、部屋の中の温度が何度か下がったような感覚が。
話を変えよう、うん。
「私が眠っていた間、キースさんはログインしてなかったのですか?」
「してない」
うーん、なんというか、ご機嫌斜めなのよねぇ。
「キースさん、機嫌悪いです?」
「……悪くない」
「どう見ても悪いですよね?」
キースからは返事がない。
ほんっと、扱いが大変。
「キースさん、ありがとうです」
「急になんだ?」
「私のこと、ずっと待っていてくれましたから、そのお礼です」
「あー、うん」
真っ赤になって、顔を隠してうつむいた。
どうやらこれで機嫌が直ったようだ。よかった。
「キースさんもですけど、みんなもごめんね」
お詫びを口にすると、みんなして示し合わせたように首を横に振ってくれた。
「現実大切! でも、前もって予定が分かっていたら、教えておいてほしい」
「分かっていたら、みんなに伝えておくね。今回はなんというか、前もって分かっていたかもだけど、まさか一週間も寝込むとは思っていなかったのよ」
しかもずっと眠っていたって、どうなってるのよ、それって。
「洗浄屋の人たちも心配しているだろうから、台所に行ってみよう」
みんなに心配をかけたけど、たぶんオルとラウが一番心配しているだろうなぁ。
台所に行こうとしてドアを開けると同時に、淡く光る水色と朱色のふたつの塊が飛んできた。
「ねーちゃん!」
『リィナリティ!』
ぼふん、と音を立ててふたりが飛びついてきた。
背後でキースが支えてくれていたので、倒れることなく抱きかかえられた。
抱きついてきたのは、予想どおりにオルとラウだった。
「わーん、ねぇちゃあああんー」
オルが私に抱きついてわんわんと泣き始めたから慰めたいのに、反対の腕にはラウがいて、こちらはおでこをぐりぐりと押し付けてきている。
うう、どうすれば。
悩んでいると、後ろからニュッと腕が伸びてきた。ギョッとしたけど、すぐにそれがキースだと気がついた。
「ほら、おまえら。リィナが困っているだろう」
「ぅ……。キース……? キィースぅぅぅ」
オルとラウは私の肩をガシッとつかんだあと、がしがしとキースの腕を伝って抱きついていた。
助かったけど、若干の淋しさが。
そんなキースに促されて、私たちは台所へ向かった。




