第二百二十話*麻人さんは私のモノです!
キースはようやく私の頭から手を離してくれた。
『リィナ、このタイミングでログアウトして、夕飯にしよう』
『もうそんな時間ですか?』
『少し早いが、ここまで根を詰めてきたから、どちらにしても休憩にした方がいい』
きゅーけい……。
う、うん。
いわれてみれば、ちょっと疲れている。
『このリターンポイントでならログアウトできる』
『はいにゃ』
キースに腕を引かれて抱きしめられ、リターンポイントに入った。
『では、ログアウト』
◇
ログアウトしてきました。
ヘルメットを取って、思わず大きく息を吐いた。
「莉那」
「はいにゃ」
「部屋で休んでいてくれないか」
「にゃ?」
「上総に呼ばれた」
上総さん、麻人さんのこと、好きすぎない?
「そうですか。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ……! いい響きだ」
なんだろう、麻人さんがだんだんと残念さに磨きがかかってきているような気がする。
麻人さんはご機嫌に部屋を出て行った。
機嫌が悪いよりはいいんだけど、なんだか釈然としなくて、もやもやする。
「…………」
なんだろう、ものすごく気に入らない。
上総さんにずっと振り回されているのが、とにかく気に入らない。
部屋に戻る気にならなくて、VR機室にも置かれることになった休息スペースへ。
パーティションが置かれていて、その向こうにダブルベッドとソファセットが置かれている。
VR機を二台置いて、さらにパーティションを置いてそれらをセッティングしてもまだ余裕があるように見えるんだけど、部屋が広いって……。
ソファに座って、またもやため息。
そのタイミングで楓真から連絡が入った。
「あれ、楓真。仕事は?」
『陽茉莉がそろそろ学校から帰ってくるから、戻ってきている』
えーっと? 楓真って今、どういう生活を送っているの?
『詳しいことはともかく、俺は今、陽茉莉中心の生活をしている。それで察してくれ』
なんというか、それで生活しているのなら頑張ってとしかいいようがない。
『麻人はまた上総に呼ばれたのか?』
「え……あ、うん」
肯定を伝えると、楓真から呆れたようなため息が聞こえた。
『莉那が上総をかまうからだ』
「かまうって、別に」
『莉那は自分の気持ちに鈍いからはっきり言っておくが、おまえ、麻人のこと、ものすごい好きだろう?』
「にゃにゃにゃっ?」
わ、私が麻人さんのこと……いや、まあ、好き、ですよ?
「大好きです!」
『莉那がはっきりと言い切るなんて、珍しいな。はぁ、だからか。麻人もさ、あれで性格はかなり優しいから。陽茉莉なんて初日に癇癪を起して、上総のことを殴っていたぞ。ちなみに俺は止めなかった』
「え……」
殴った……。
しかも楓真、止めなかったって。
『上総の境遇を思えば、麻人の対応もわかるんだよ。だけどそれって、上総に変に同情しているだけだよな』
……ん? 上総さんの境遇?
「同情って、なに?」
『ぇ。あー……、今のは失言だ。忘れてくれ』
上総さんに関してはこうして意味深にちょくちょく色んな人が言っているんだけど、なに?
『ま、上総は麻人と莉那がお気に入りなんだよ』
「上総さんに麻人さんを盗られたくないですっ!」
『頑張って対決してくるといい。……陽茉莉が帰ってきた、またな』
楓真は言いたいことだけ言うと、通話を切った。
相変わらず一方的というか。
上総さんに麻人さんが盗られる、か。
……今までのことを思うと、あり得そうな話でとってもやだ。
「……そんなの、絶対にやだ」
ばふっとソファに置かれていたクッションにパンチを入れて、そこにダイブして、抱きしめた。
「麻人さん……」
いつでも私を一番だと思っていてほしい。
なんて、とてもワガママなことを考えていた。
◇
ふっと意識が浮かび上がったようなきがした。
ぼんやりとしたまま周りを見回すと、VR機室の休息スペースだった。いつの間にか眠ってしまったようだ。
部屋の中は変わらず私ひとり。
時間を見ると、ログアウトしてから一時間くらい?
スマホを確認しても、麻人さんから連絡なし。
上総さんのところに呼ばれると、それくらいで帰ってくることはないからなぁ……。
それなら、上総さんのところに行って、麻人さんを取り戻してこよう!
ということで。
「うーんと?」
はて。
上総さんのところに行くのは、どうしたらよいの?
そういえばお世話をしてくれる人たちに連絡が取れるグループチャットがあるって言われてたよね。それで連絡をしてみよう。
り な:お忙しいところ申し訳ございません。お願いがあるのですが。
初めて使うので、恐る恐るで連絡をしてみた。
すると、ものすごい速さで返信がきて、あっという間に上総さんのところに連れて行ってもらえることになった。
……は、早い。
上総さんと麻人さんがいる部屋に案内され、扉をノックした。
中に確実にいるはずなのに、ノックをしても反応がない。
むー……。
絶対コレ、無視してる。
ムカッとしたのでドアノブに手を掛けて捻ってみたけれど、どうやら鍵が掛かっているようだ。
なるほど、麻人さんは監禁されている、と。
ドアから離れて突撃しようとしたら、ここまで案内してくれた人がおもむろに制止するようにジェスチャーをしてきた。
「鍵ならございますので、お待ちくださいませ。上総さまを刺激してはいけません」
この人は中でナニが行われているのか、分かっているようだ。
案内人さんは懐から鍵の束を取り出すとガチャガチャと探して見つけたのか、ドアに近づいて鍵を開けてくれた。
ちなみに今は電子錠が主流なのだけど、古かったり格式の高いおうちの場合は昔ながらの物理的な鍵が使われているところが多い。
電子錠のメリットはセキュリティの高さや物理鍵がないために失くさないところなんだけど、停電になると途端に使えなくなるのが最大のデメリットだ。
もちろん、電気が通ってないから開きませんでは困るので、そこで物理鍵の登場となる。しかし、せっかくの物理鍵が要らないのがメリットなのに、このときにはさすがに必要になってしまう。という面倒なところがあるため、一部では未だに物理鍵を使用している。
陸松家も実は未だに物理鍵を使っているので違和感などはない。
──という余談はともかく。
「開きました、どうぞ」
もう一度、ドアノブを握って回すと今度は回り、ギィと重たい音を立てて開き、中が見えた。
「……………………。ナニしてるんですか」
てっきり向かい合って座っているのかと思ったら、麻人さんの隣に──隣というよりほぼ麻人さんに乗り上げるようにして──いた。
「おや、莉那ちゃん。呼んでないけどなんで来たの?」
「なんで来たの、ではないですっ!」
大股で部屋の中に入り、上総さん──いや、上総で充分!──の襟首をつかんだ。
「麻人さんは私のモノですっ! 触らないでっ!」
上総の身体を麻人さんから剥がし、腕を掴んだ。それから自分に引き寄せて──向こう側のソファに投げ飛ばした。
「麻人さん!」
面白そうに笑っている麻人さんに抱きついた。
「助けに来ました!」
「ははは、オレがお姫さまで莉那が王子さまか」
「そうですよ、麻人さんはお姫さまです! 私が大切に護りますから!」
「麻人がお姫さま、か。ははっ、さすがは莉那ちゃんだね。本当によく分かってるよ」
「出たな、魔王っ!」
「心春と同じことを言うんだね」
悪いけど、どう見ても上総は魔王っ!
心春さんが言っていた意味が良く分かる。
「話したいことがあるのなら、私同伴でのみ許します!」
「やっぱり莉那ちゃんも優しいね」
「なんですか、心春さんだけでは不満なんですか! この、欲求不満っ!」
「莉那」
「なんですか、麻人さん。あんなことをされておきながら、怒らないなんて」
「莉那が来ているのがわかったから、やっただけだよ。そうでなければさすがのオレでも拒否している」
「麻人さん……。上総と共謀しないでください!」
「莉那も上総呼びか。……上総、これが現実だ、わかったな?」
「あー、はいはい。認めるよ、認める。僕が悪いって認めるよ」
麻人さんとなにを話していたのかわからないけど、説得? 説教? らしきことはしていたようだと推測した。
「最近ではあんなに懐いてくれていた陽茉莉にはにらまれるし、少しでも近づいたら殴られるし……」
「それはまあ、仕方がないのかと」
「楓真も威嚇してくるし」
「自業自得です。というか、上総。仕事しろっ!」
「あはは、さぼっているの、ばれてた?」
さぼるなーっ!
ということで、麻人さんを無事に救出したのでした。




