第二百十六話*「恨みを持つ人たちはたくさんいるからね」
朝、起きると、麻人さんの腕の中で眠っていた。
「おはよう」
「……おはようございます。その、毎日申し訳ないです」
「運ぶのは大変だが、対価はきちんともらっているからな」
対価ってなんですかっ! とは思うけれど、回答を聞くのが怖いから聞かないけど!
「さて、朝食にしようか」
「はい」
いつもなら階下にある食堂に行くのに、なぜか今日は寝室に置かれているテーブルに誘導された。
「食堂なんだが」
「はい」
「昨日、オレたちが夜にフィニメモをしている間に赤の結社が来て、暴れて壊していったらしい」
「…………。え?」
「それもあって、上総に呼ばれている」
テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。
「上総の家、陽茉莉の家も襲われたようだ」
「な、なにをしてるのですか、その人たち」
「警察も来てかなり大騒動になったようなんだが、気がつかなかったな」
「はい」
「時間があまりないから、すまないが食べながら話をしよう。莉那は……オレの話を聞いていてくれ」
「はい」
食べながら話すなんて器用なことは出来ない。聞きながらってのもかなり難しいけど、どちらかに集中しすぎないようにしよう。
「赤の結社なんだが」
喉が渇いていたので、まずは水を飲んだ。常温のはずなのに身体に入ると冷たく感じて、身体が起きていく感じがする。それで若干、すっきりした。
「トニトは入っていないらしい」
「え……と?」
「ベルム血盟の上層部は赤の結社メンバーとほぼイコールのようだ」
フォークにサラダの葉っぱを刺して(お行儀悪いって言わないで!)もしゃもしゃと食べていたので、うなずきを返しておいた。このドレッシング、美味しい。
「実は、以前からフィニメモ内にオレたちの護衛兼監視役がいて、ゲーム内でも情報収集をしていたようだ」
「護衛……監視……」
「伝えてなくて申し訳ない」
もぐもぐ、とサラダをきっちり咀嚼してから口を開いた。
「たまに変な視線があるような気がしていたのですけど、気のせいかと思っていました」
「莉那に気がつかれている時点で、あいつら、失格だな」
「麻人さん、失礼ですねっ」
「……すまん。まさか気がつかれていたとは思っていなくて」
「確かにちょっと鈍いかもだけど、いつも視線を感じていれば、さすがに気がつきますっ!」
うーむ、なんというか、運営からも監視されているし、それとは別にも監視されていたとは。恐ろしい。
「監視されすぎ問題」
「そうだな」
苦笑しつつも麻人さんは続けた。
「ベルム血盟はβテストのときからある、初期に設立された血盟だ。気のあったプレイヤー数名で立ち上げた。血盟主は別のプレイヤーだったが、βテスト終了前にトニトに変わった」
麻人さんは喋りながら合間にご飯を食べている。
私が不器用なのか、麻人さんが器用なのか。はたまたどちらもなのか。
「トニトは人を集めるのが得意らしくてな。あそこまで大きな血盟になった。そこまでは良かったんだ」
「んにゃ?」
「そして、血盟員がみなとまでは言わないが、大半が善良であればよかったんだがな」
「……………………」
なんだか風向きが怪しいぞ、と。
「大きくなり始めたうえにレベル別ランキングではベルム血盟が上位を占めていた。そこに目を付けた赤の結社はメンバーの大半を送りつけて、内部から徐々に占拠していき、今の状態になった。トニトが気がついたときはすでに手遅れだった」
「盟主って血盟員の追放ってできましたよね?」
「出来る。発覚当初、やっていたよ。話題になったからな」
その頃はすでに私もプレイしていたのだけど、そんな話、聞いたことがない。
……って、私、どれだけプレイヤーと交流してないの? しかも内外で発信されている情報を取りに行ってないから、余計に知らない。
「まずは下っ端に過激な言動をして迷惑を掛けている血盟員がいたので、追放した。その後も次々とそんなのが発覚して、分かったら追放していたのだが、その追放が次第に追いつかなくなった」
「え?」
「しかもどうも追放した血盟員は冤罪というか、迷惑を掛けている血盟員に注意をしていたようなんだ。善良なプレイヤーを追放して、その空いた枠に赤の結社のメンバーをはめ込んでいかれて、トニトは身動きが取れなくなったようだ」
「それって乗っ取り?」
「まぁ、そうだな。だから血盟を解散しようと思ったようなんだが、トニトは盟主交代の時、戻ってくるから血盟を預かってくれと言われたようでな」
うわぁ、それはまた、なんというか。
「トニトの普段の言動がなんというか、粗野というか、相手に誤解を与えるような言い方をすることが多いからか、オレも最初はなんて嫌なヤツと思っていたんだが、義理堅いところもある。根は悪い奴ではないと思うんだが……」
トニトに関しては、確かにあまりいい印象はない。
でも、大きな血盟を率いてるだけあって、それなりに統率力はあるのだろう。
「莉那、手が止まってる」
「あ」
指摘されて、思考に意識が取られていることに気がついた。
「細かい話はともかく、そういう前提があるのだけは知っておいてほしい」
そう言って、麻人さんは食事を本格的にしていた。
私も慌てて食べるのを再開した。
◇
上総さんの職場である本家に行き、いつものお仕事部屋に行くと、仏頂面をした心春さんもいた。
「おはようございます」
「おはようございます。上総さんから、別室に案内するように言われてあなたたちを待っていたの」
別室。
「ここで立って話をするには、きっと話が長いでしょうから」
長い。
「こちらへ」
心春さんに案内されたのは、隣接された部屋。
すでに上総さんはソファに座って待っていた。
「おはようございます」
「おはよう、麻人と莉那ちゃん」
部屋の中にはワゴンが置いてあり、お茶セットが用意されていた。
だからお茶を淹れようと近づいたのだけど。
「莉那ちゃん、それに触っては駄目だ」
「にゃ?」
「お茶はいいから、座ってくれないか」
上総さんに言われて、素直にソファに座った。
「それに触れて、指紋を付けると後々厄介なことになる」
「え、えっ?」
「良くあるヤツか」
「そうだ」
いやいや、ふたりで分かり合ってないで分かるように?
「莉那が途方に暮れているから説明すると、藍野では油断しているとしれっと毒が混ぜられていることがある」
「にゃ、にゃんDeathとぉっ?」
「毒だからって殺すな」
「毒って、なんで!」
「まー、僕たちの一族に恨みを持つ人たちは残念ながら多数いるのでね」
「毒味係がいると聞きました」
「毒味係……」
なにそれ。
どういうこと。
次元が違うというか。
別世界の出来事にしか思えない。
「今回も犯人は分かっているから、心配しないでいいよ」
「……………………」
「さて。本来、話そうとした話を始めよう」
昨日、大暴れした赤の結社の話と、これまでの経過報告が上総さんからあった。
「昨日の来襲も、その前の来襲も僕は知っていた。だから警備員たちには伝えていたし、わざと中に招き入れた」
「なんでですか」
「事前に知っていたといっても、彼らはまだなにもしていないのだよ。されないことに対しては罪に問えないからね」
「捕まえるためにスルーしてやらせたと?」
「そういうこと」
ぇ。
それってものすごく怖くない?
事前にされることを知っておけば、対策を立てられる。
器物損壊くらいならば──歴史的価値があるとか、唯一無二のものだと駄目だけど──相手に損害賠償金をふんだくり、買い直せば問題ない。……ことはないけど、まあ、まだどうにかなる。
人が怪我する、命に関わるのなら、阻止することも可能だ。
だけど、罪は軽くなるかもだけど、罪として問えるわけで。
「そもそもそんなことを考え──考えただけならまだしも、それを実行した時点で駄目だと思わないかい?」
「……そうかもですけど」
「けど?」
「なにかがあったから実行されたのでしょう? こちら側にも問題があったと……あ……」
「うん、莉那ちゃんの言うことは正しいよ。僕たちに問題がなかったかと言うと、あったと思うよ。思うけれど、それならば意見をすればいいだけなのに、武力に頼って排除しようとした時点でアウトなんだよ」
「……そうしないとオレたちは少数すぎて、この世から消えてしまうから」
麻人さんの一言に、私はなにも言えなくなった。




