第二百十四話*《三十二日目》ぬめっとしておる
カタツムリは水分が多い割には『乾燥』に掛かりやすいようだ。ジュワッと音を上げ、水蒸気を発して消えていく。
そのせいで通路はなんだか湿度が高くなって蒸し暑くなってきた。
『暑い』
『蒸し暑いな』
なんだろう、これはなにかの罠?
『雨で洗い流せないか?』
『っ! そんな手がありましたね!』
『癒しの雨』で付近一帯に雨を降らせて、洗い流す。
サーッという優しい雨の音に癒されていると、通路の蒸し暑さが徐々に緩和されて、雨が止む頃には洞窟内とは思えないほどスッキリとした。さすがは『癒しの雨』だ。
カタツムリを倒しながらたまに『癒しの雨』で蒸し暑さを洗い流しながら進んでいると、キースが止まった。
『んにゃ?』
『……リィナ』
『はいにゃ?』
『カエルは得意か?』
『カタツムリよりはマシですけど、得意ではないです』
『だよな』
それよりも、どこをどう思ったら私がカエルが得意? カエルが得意ってなんだ。好きか嫌いかと聞かれるのならまだしも、得意って一体……?
『目の前に、通路いっぱいのカエルがいる』
『ひえっ』
『だからなのか、さっきから他のプレイヤーに会わないな』
『な、なるほど?』
人がいないのはいいけれど、モンスターがぬめっとしているのが多いのはあまり歓迎しない。
『とりあえず、先に進もう』
カエルのせいでここで引き返すというのもなんだか癪だ。それはキースも同じようで、進み始めた。
キースの背中越しに前を見ると、通路の幅目いっぱいに、茶色い、ぬめっとしてボコボコしたナニかが見えた。
いや、キースがカエルと言っているからカエルなのだろうけど、さっき、通路いっぱいのカエルと言っていた。
いっぱいとはたくさんという意味ではなく、通路の幅に目いっぱい……故のいっぱい、だったのか。
キースの背中越しに見えたカエルは、通路の幅にほぼぴったりというくらい巨大な図体をしていた。
これ、動いたら壁に擦れない? それにこれだけ幅いっぱいならば、方向転換なんて出来ないのでは?
なんて、今はどうでもいいことが頭によぎったけれど、それよりも気になることがある。
『まさかこの後ろにずっとこの大きさが行列になっているなんて……ない、Death、よ……ね?』
『殺すのなら目の前のカエルだけにしてくれ。……倒してみないことにはハッキリと言えないが、このカエルの後ろにもカエルがたくさんいる気配がするんだよな』
『それはその、索敵的なスキルで?』
『そうだな。偵察をするときにとても役に立つスキルだ』
ほうほう、そんな便利なスキルがあるのね。
ただ、私は残念ながら使いこなせそうにない。
きっとこの先もずっとキースと遊ぶことになるだろうから、ここは任せてしまおう、うん。
『……一体ずつ倒すのも手間なんだけど、複数体に『乾燥』を掛けて全然削れなかったら悲惨だしなぁ』
『堅実に一体ずついくのをすすめる』
『あいにゃ。それでは! 『乾燥』っ!』
目の前の巨大カエルに『乾燥』を掛けたのだけど。
『────…………。うん』
『まったく効いてないのか?』
『効いてないDeathね』
『効いてないのに殺すな』
『あはは。……これは久しぶりに『解』の登場かしら』
『乾燥・解』は『乾燥』が効かない相手にしか使えない。
どう見ても今のはダメージがゼロなので、『乾燥・解』を使うことが出来る。
が、MPではなくHPを犠牲にしなければならないので、反撃に注意しなけ……っ!
『リィナ! 避けろっ!』
攻撃をしようと思っていたら、のんびりしすぎたのか、巨大カエルがこちらに気がついて前足を振り上げた。目にもとまらぬ速さで振り下ろそうとしてきていた。
巨大カエルの腕が、目の前に迫っている。
キースは巨大カエルの攻撃を避けるために壁際に寄っていた。そこで背負っていた弓を取り出して、スキルで腕に攻撃してくれたようだ。ダメージはそれなりに負ったようなのだが、ビクともしない。
私は反射的に『乾燥・解』を詠唱していた。
『んにゃぁぁぁっ! 『乾燥・解』っ!』
巨大カエルの腕は私の前髪を掠っていき、地面に落ちるだけでは済まず、私の身体も巻き込んで大きな音を立てて倒れた。
『リィナ!』
『むぎゅぅ……』
うぅ、ぬめっ、にゅるっとした重さ、冷たさ、ベタベタが一度に襲ってくる。
『うにゅぅ』
『にゃあ、リィナリティ、どうにかするにゃあ』
首に巻き付いているフェリスもどうやら巻き込まれたようで苦情を言っているけれど、うぅ、それを出来ていれば私は潰されていないわけで。
モゴモゴと動くのだけど、巨大カエルは重たすぎて動かない。
先ほど『乾燥・解』を使ったため、私のHPは半分になっていた。『癒しの雨』で少しずつだけど回復はされている。でも、巨大カエルに押しつぶされているため、じりじりダメージと回復が争っている感じだ。
しかし、巨大カエルにかけた『乾燥・解』が効いたのか、いきなりバシュンという音がしたと思ったら、弾けて消えた。
『ぅ……ぅぅぅ』
巨大カエルが消えたため、身体は解放されて楽にはなった。
しかし、ダンジョンの床は巨大カエルが通るせいかぬちょぬちょに濡れているし、巨大カエルも言わずもがなで粘液でベタベタで、私は悲惨なくらい濡れてるというか、粘液まみれだ。
『リィナ、大丈夫……じゃないな……』
『キースさん、そのリアルな距離ぃ!』
キースは私を心配して駆け寄ってくれたのだけど、私のぬちょぬちょの悲惨な様子が分かると、足を止めた。
『これは……人気がないのが分かりますよね』
『そうだな。しかし、経験値、お金、ドロップ品はすごくいいぞ! リィナ、続けよう!』
『マジDeathか』
『マジDeath』
まさかの鬼畜さに少し恋心が冷めた。
冷めたのだけど、百年の恋が冷めるほどではなかった自分にびっくりだ。
キースは手を差し出すのをためらっていたのだけど、逆の立場だったら同じ行動を取っていただろうから、責めることは出来ない。
『キースさん、いいですよ。汚れますし』
『……ゲーム内なのにな。どうにも駄目だ』
『気持ちはとても分かります』
これ、現実でなったら、号泣していると思う。それくらい気持ちが悪い。
べちゃべちゃな粘液のせいで起き上がるのにかなり苦労したけれど、どうにか立ち上がれた。
『フェリス、逃げないでよ?』
首に巻き付いているフェリスはなにかを察したのか、逃げようとしていたので首を捕まえた。
『にゃあ!』
『『癒しの雨』ゲリラ豪雨っ!』
いつもの優しい雨ではこの汚れは取れない、ということで、局地的大雨で洗い流すことにした。
私の真上に見たことがないくらい黒い雲が広がり、姿を隠すくらいの雨が頭の天辺からすごい勢いで落ちてきた。
『うぎゃああああ、すごい水だにゃああああ!』
フェリスは悲鳴を上げることが出来る余裕があるようだ。
『さらに強くっ!』
『リィナリティ、なにするにゃあ』
『フェリス、余裕じゃない?』
『余裕なんてないにゃあ』
とそこで、気がついた。
フェリスは猫だけど、水が好きだったことを。だから余裕があるのだな、と。
『お、おい、リィナ。大丈夫か?』
キースの心配そうな声がするけれど、たぶんキースには雨の音でこちらの声は聞こえない。
『癒しの雨』は私たちについたぬちょぬちょを徹底的に洗い流し、綺麗になったところでようやく止まった。
さきほどはなかったのだけど、天井からぴちょんと雫が垂れてくる。『癒しの雨』がどれだけ激しかったのか、物語っている。
『『乾燥』』
私とフェリスに『乾燥』を掛けると、あっという間に乾いてサッパリした。
フェリスもすっきりしたのか、『にゃあ』と鳴いて、再び定位置である私の首に巻き付いた。
『……巨大カエルめぇ』
イロンを握り直し、巨大カエルを睨みつける。
キースの読みのとおり、巨大カエルの後ろにも巨大カエルがいた。
『キースさんがお望みのようなので、巨大カエルを虐殺しますか、ふふふふ……』
その後、『乾燥・解』を掛けまくり、通路にいた巨大カエルは全滅した。




