第二百十一話*《三十一日目》外野がいるけどデートですっ!
夜の部ですっ!
イベント中ではあるのですが、経験値を稼ぐためだけの狩りにさすがに飽きてきたのですよ。
「飽きたのですっ!」
「……同意」
「でも惰性でログインしてしまうところが中毒というかなんというか」
「そういうことはログインする前に言え」
「ログインするまではやる気に満ちていたのですよ! でも、いざログインしてみたら、急に萎えたというか」
「……それでは、他のプレイヤーの邪魔にならないように、散歩でもするか?」
「あ、散歩、いいですねっ! 行きましょう」
散歩といっても、はて、どこに? と疑問に思っていると、キースが腕を掴んできた。
「にゃっ?」
「散歩」
「ん? 散歩に行くんですよね?」
「だから外に行こうかと」
「外、ですよね? 扉から行けば早くないですか?」
歩いてすぐだけど、面倒で『帰還』で扉の前に行こうと思っていた。歩いて行けよと腕を掴まれた?
「『帰還』で行こうとしていただろう」
「バレてました?」
「前も同じことをしていたよな」
「あははは」
やはり歩けってことのようだ。
「こうした何気ない移動も会話をする大切な時間だと思うんだが、違うか?」
「……あー、そうですね」
キースに言われて、自分こそ効率厨になっていたのではないかと気がついた。
「ちょっと面倒だと思うことも、日常の一部なんですね」
「そうだ。その何気ない時間が、後から思い出して愛おしいものだと気がつくこともある」
キースの言葉に大げさなと思ったけれど、否定も肯定もしなかった。
何気ない日常を思い出して懐かしく思うときはたまにある。
「台所に寄らずに扉に行くか?」
「はい」
台所にはだれかがいると思うけど、先ほど話したからいいかな。
寄ってだれかがいたらまたダラダラしそうだし。
それはそれでいいのかもだけど、せっかくキースがお散歩に誘ってくれているのだから、行こう。
……ってあれ?
「これってデートですか……?」
「……おまけがたくさんいるが、デートだな」
「おまけ?」
「その首の青い猫! それから宙を浮いているひしゃく!」
「にゃあ~、お邪魔はしないにゃあ」
「わたしはひしゃくではないです!」
すでに自分に一体化しているので、指摘されるまで忘れていた。
「それと紅い鳥と黄色い犬っ!」
「ボ、ボクも邪魔しません! むしろ護衛ですっ!」
「ワオオ~ン」
「黄色い犬、吠えて誤魔化すなっ!」
うん、もうこれらは一部。
「キースさん、心頭滅却すれば、Deathよ!」
「殺すなっ!」
この流れ、いつもどおりである。
「それでは、行こうか」
キースは私の腕をするりと撫でるようにして手へと移動させて、恋人つなぎをしてきた。
温かいというより体温の高さが、キースと手を繋いでいると実感させられた。
「お散歩……もとい、デートによい場所ってどこですか?」
「前に行った川辺、よかったな」
「また連れて行ってもらいますか?」
「……それでもいいが、別の場所にしよう」
別の場所と言われても、そもそも私は場所を知らない。
「どこかおすすめがありますか?」
「……悩んだんだが、デートはなにをすればいいんだ?」
「ふへっ?」
なんか変な声が出てしまった。
「デートとは言ったものの、したことがない」
「あー……。私も一緒ですけど、それを正直に言わなくても」
「なんでだろうな、リィナ相手だと油断してしまうというか……」
油断というか、緩んでるというか。
「でもまあ、変に気取られてもツラいというか、キツいというか」
たまに楓真がそうなるけど、スルーすればいいので楽だけど、キースまでそうなられると、大変に困る。
「困っているのなら、案内するのだ?」
「それでは、アイ、頼んでいいか?」
「いいのだ! まず、村の外に出るのだ!」
なんというか、恋愛初心者みたいな状態で、NPCにおんぶに抱っこだけど、これが私たちらしいってことでいいとしよう。
扉から村の外へ。
明るい室内からいきなり夜空が広がる場所に移動したので、暗くてよく見えない。
何度か瞬きして、ようやく目が慣れてきた。
「では、あたしに乗るのだ」
前の時と同じようにアイの背中に慎重に乗り、後ろにキースが乗って、私を支えてくれた。
アイはゆっくりと立ち、慣らすように少しずつ速度を上げた。
アイがどこに連れて行ってくれるのか聞いてないけど、そこそこ遅い時間だから、そんなに遠出はしないだろう。
したとしても洗浄屋には一瞬で帰れるからいいけど、アイの背中に乗っていると舌をかみそうでしゃべれないのがネックだ。
アイは坂道を登ったら、すぐに止まった。
「着いたのだ」
着いたと言われたけれど、薄暗いここになにがあるのだろうか。
「ここは?」
「世界樹の丘なのだ」
「丘……」
坂道らしきところを登ってきたので、高いのだろう。
けど、特になにかが見えるわけでも……。
「リィナリティさん、反対なのだ」
「反対?」
言われてくるりと回ってみると……。
「おぉ、村全体が見える!」
眼下に淡い光に包まれているように見える世界樹の村が見えた。
「そこにベンチがあるのだ」
だれかが設置してくれたのか、いい感じで村全体を見られる場所にベンチが据えられていた。
キースに手を引かれてベンチに近寄り、腰掛けた。
「こんな場所があったんだな」
「ですね」
キースは私の手をギュッと握って離さない。
「なんというか、結局のところ、助けてもらわなければなにも出来ないのは、格好悪いな」
「そうですか? 言い方は悪いかもDeathが、私は無理をして格好いいとあり続けようとするキースさんと一緒にいたいわけではないです」
「だからさりげなく殺すな。……リィナにはいいところを見せようと思うんだが、なんというか、上手くいかないな」
「私の前では飾らなくても、虚勢を張らなくてもいいです。ありのままでいてください」
「……ありがとう、そう言ってもらえると、楽になる」
それからふと空を見上げた。
「空も綺麗に見えますね」
「あぁ、そうだな」
しばらく空を見上げていたけれど、首が痛くなったので視線を再度、世界樹の村へと向けた。
「キースさん」
「なんだ?」
「こういうのをマッタリと言うのですよ!」
「それならば、いつもマッタリしているよな?」
「えっ?」
「……違うのか?」
「ゲーム内ではともかく、現実ではマッタリ出来てないような……?」
とそこまで言って、最近はログインを阻むためにマッタリしている時があることに気がついた。
「ログインを阻むマッタリ……」
「気がつかれてしまったか」
「でも、マッタリ出来ているのならいい……?」
難しいところだけど、いいのかもしれない。
「とにかく! マッタリ、ゆっくりさせてくださいっ!」
「ノンビリはいいのか?」
「それも追加で!」
「そんなに疲れているのか?」
「疲れているというか、良く分からないモノに追われてる感、ありません?」
「言いたいことはなんとなくなら分かる」
「なので、その、えーっと……」
そこまで言って、なんというのが一番近いだろうか。
あぁ、これが適切かもしれない。
変なタイミングで勢いが途切れて冷静になってしまった。
「なので?」
いつまでも言葉を発さなくなった私の顔をキースが心配そうに覗き込んできた。
現実とは色が違うとはいえ、そのまんまな顔に恥ずかしくなった。
「どうした? 急に眠たくなったか?」
「そういうわけではなくて、ですね」
咳払いをして、キースから視線を逸らして口を開いた。
「そのっ、キースさんあるいは麻人さんとっ! ゆっくり出来る時間を共有したい、というか」
そこまで口にして、やはり恥ずかしくて耳の先まで真っ赤になっていることに気がついた。
顔はもちろん、耳まで熱いなんて、そうそうない。
「なんというか、リィナの素直は破壊力がすごいな」
「……へっ?」
キースの顔を見ると、なぜかこちらも真っ赤になっていた。
そんな照れているキースがかわいくて、愛おしく思えた。




