第二百九話*《三十一日目》ゲーム内の出来事を現実に持ち込むなっ!
いつもよりまったりした一時間の狩りだったのだけど、経験値はいつもの倍以上稼いでいた。
『イベントアイテムも出るし、経験値もドロップもよいって、もう一度、行きましょう!』
『リィナ』
『はいにゃ?』
『残念ながら、ここは一日一時間しか使えないんだ』
『えぇっ! なんですってぇー!』
うぅ、残念すぎる……。
『色々と美味しいのは、凝縮した一時間だからだ』
『そうなのですね……』
周りの目を気にせずに狩りが出来たから、今までにないくらい楽しかったのに。
『明日になったらリセットされるから、また行こう』
『はいにゃ』
入るときは長蛇の列になっていたけれど、出てきたら列がなくなっていた。運営からのアナウンスでベルム血盟が独占していた通常狩り場が解放されたのかもしれない。
一度、洗浄屋に戻って……。
『ちょっと待て』
『んにゃ?』
『狩りに行く前に一度、交換しておかないか?』
『確かに』
結構な数になっていたから、交換してもらっておいたほうがよさそうだ。
ここから一番近いイベントNPCがいる花壇に向かおうとしたけれど、周りを見るとどうもそちらに向かおうとしている人たちでごった返していた。
『むむっ?』
『混んでそうだな。移動しよう』
そして世界樹の村の中で思い当たる花壇を巡ってみたけれど、どこもかしこも混んでいた。
『また水源の村に行くのも……』
『それでは、こうしよう。まず、洗浄屋に戻る。それからニール荒野に飛んで、狩りが出来るようならする。無理ならまた洗浄屋に戻り、水源の村に行って交換しよう』
運営からのお達しがどれだけ浸透しているのかという確認もしたい。
そしてなにより、狩りをして早くレベルをあげたい!
『では、その案で!』
私たちは洗浄屋に戻ってニール荒野へ。
今回は問題なく行けたため、ベルム血盟の人たちが独占している状況ではなくなっているのだと思う。
周りを見ると、ポツポツとプレイヤーの姿が見えたけれど、単にプレイヤーなのか、ベルム血盟員か判別がつかない。
でも、見える範囲にはいつもどおりの乾いた荒野だったので、端の端でバフを掛けて狩り始めた。
最初の十分くらいまでは様子を見つつだったけれど、難癖をつけてくるプレイヤーは現れなかった。
なので少しずつ一度に倒すモンスターを増やしていった。
『問題なさそうだな。リィナ、もっと思い切っていってもいいぞ』
『あいにゃっ!』
プレイヤーは思っていたより遠くにいるため、『乾燥』の範囲を広げる。
限界まで範囲を広げて『乾燥』をかけると、威力が下がってしまい、倒しきれなかった。
だけどそれらは私に向かって走ってきてまとまってくれるので、キースの範囲で倒される。
そんな感じで狩りをしていたのだけど、ふと思い出した。
『キースさん』
『……なんだ?』
『狩りもイベントも大切ですけど、もっと大切なことを忘れていませんか?』
『…………?』
『転職ですよ!』
『あぁ。忘れてないぞ』
攻撃の手を止めてキースを見た。
『なにも楽しいイベント中にしなくてもいいかと思ったから触れてない。それに今、イベント中だから狩り場も混んでいる。下手をするとイベント妨害と思われる可能性がある』
『なるほど。では、引き続きイベントを楽しんでもいいということですね?』
『そうだ』
キースは攻撃の手を止めていたので近くまでモンスターがやってきていた。そちらを見ることなく足を上げたと思ったら、蹴っ飛ばしていた。
意外にお行儀が悪いというか、ワイルドというか。
蹴りでモンスターはトドメを刺されたようで、消えていった。
『……さすがに飽きてきたな』
『そうですね』
時間を確認すると、お昼に近かった。なので、ログアウトすることにした。
◇
お昼を食べようと階下に行こうとしたのだけど、気のせいか、階下がとてもバタバタしている。
「下が騒がしいですね」
「……そうだな。なにかあったのだろうか」
麻人さんはスマホに視線を向けた。
「莉那」
「にゃ?」
「スマホを見てみろ」
そう言われたのでスマホを見た。
画面には使っているSNSから「新規メッセージがあります」と通知されていた。
それはグループになっているようなんだけど、まったく身に覚えがない。
「麻人さま・莉那さま連絡用……?」
「そうだ」
「なっ、なんですか、これっ! いつの間にっ?」
「……やはり覚えていなかったか」
「覚えているもなにも、そんな話、しました?」
「したぞ。まぁ、莉那はほぼ寝ていたがな」
「…………」
自慢ではないが、最近は夜にフィニメモからログアウトしたら、ホッとするからなのか、気が緩んで記憶がない。
だからこれはそんなときに話をしたのだろう。
「オレに連絡が来て、莉那に確認してだとまどろっこしいだろう?」
「まぁ、そうですね」
「だからグループを作った」
「な、なるほど」
今まで、なにかお願いがあるときは麻人さん経由だった。確かに色々と面倒だった。
「あと、『莉那さま連絡用』というのもあるから、オレに知られると困ることはそちらで連絡をしてくれ」
「知られると困ることって……」
「下着を新調したいとか」
「あー……」
確かにそれは恥ずかしい。
「莉那のよく知っている女性三人と連絡が取れるようになっている」
確認してみると、仲の良い人たちがだったのでホッとした。
とりあえず簡単に「よろしくお願いします!」とメッセージをしておいた。
「──それで、なんの連絡だ?」
内容を読んで、思わず顔が引きつった。
なんでもフィニメモのことで抗議があるという団体が、本家の前で怒鳴っているというのだ。
警察にも連絡は入れていて、そろそろ到着するとのことだった。
「なっ……?」
「あぁ、よくある話だ」
「いやいやいや、『よくある話』で片付けないでくださいっ! なんで家がバレて、押しかけられてるのですかっ!」
「うちでは日常茶飯事と言っても過言ではないな。
一応、警備員たちを擁護しておくが、彼らはきちんと警備をしている。それに藍野家の所有地は塀で囲われている。さらに塀から三メートルは許可のない者は立ち入り禁止になっている」
「でも、入って来られているのでしょうっ?」
「正規ルートで入られると厳しいな」
「正規、ルート……?」
塀に囲まれているとはいうけれど、ゲートがあってそこから出入りしていた記憶……。
ずっと家にこもっているからなんだか遠い記憶になっているけど、そういえばそんな話をされた覚えがある。
上総さんのもとには日々、たくさんの人たちが訪れる。
事前に訪問の意向を伝えていないと、ゲートから先には入れないという。
「ゲートは専用のシステムがチェックをしている。それだけではなにかあったときに対応が出来ないから、二十四時間体制で二人ずつ監視員もいる」
思ったよりお金が掛かっている……!
「だから、中にまで入ってくるのはいない。のだが、今回はどうやら正規ルートで入ってこられる人物がいたみたいだな」
「ぉぅ……」
とはいうけれど……。
「あの……、それを言ったらおしまいだろうということを言いますが、たかがゲームでここまでしますか?」
「それについてはオレも同意すぎる。
だが、世の中には自分が正義だと信じ込み、間違ったことを正されたのにもかかわらず、自分が正しいと妄信していて許せない人が存在している。
さらに質が悪いことに、ある程度の権力を持っているがゆえに、間違っていても正しいと言い張って力をふるってねじ伏せてくる輩だ。
いや、むしろ、権力を持っているがゆえに自分が常に正しいと信じているのだろうな」
麻人さん、長いよ!
とはいえ、世の中には本当にそう考えている人たちがいる。
「この連絡だけではだれが来ているのか分からないな。上総のところに行くか」
ということで、上総さんのところに行くことになりました。




