第二百六話*《二十九日目》メンテが多くてお疲れです
緊急メンテナンスは二時間ほどかかるとのことだったので、少し早いけれど夕飯にすることにした。
なんというか、ここのところすべてがフィニメモを中心に生活が回っているような気がする。
いや、気がするではない。実際そうだ。
ここにいると、栄養バランスが良くて美味しい食事が出てくるし、掃除も洗濯もしなくていい。さらには仕事を禁止されている身なので、有り余る時間を上手に消化しなくてはならない。
まったくもってなんのために生きているのか分からなくなる。
「……なんといいますか、不毛な日々を送っているような気がします」
私の言葉に、麻人さんはいきなりなんだと言わんばかりの表情を向けてきた。
「仕事をしてはいけない、なんて勝手に決められて、かといってフィニメモでは無償でテストプレイヤーみたいなことをやるはめになってますし、理不尽極まりなくないですか?」
「それについて後半についてはオレも同意なんだが、前にも話したよな、藍野は怠惰だと」
「されましたね」
「だから別に働かないで良いとオフィシャルで言われて、実は喜んでいる」
「……言ってることが矛盾してません?」
「してないぞ。働かなくていいと言われて喜んでるぞ」
そう言われて麻人さんの発言を思い返すと、後半については、と言っていた。
「『アリとキリギリス』のキリギリスになった気持ちです」
「それでいいんじゃないか?」
「……いいんですか?」
「キリギリスと違って、一応、食うに困ってないからな」
麻人さんが童話を知っているのがとても不思議で、思わず顔をマジマジと見てしまった。
「なんだ?」
「童話を知っているのが意外に思えて」
「……よく言われる」
それから麻人さんは前髪をかきあげると、口を開いた。
「遊ぶのが仕事、と思えばいいんじゃないか? その遊び場がゲーム内で、快適に過ごすためにチェックをしている、と」
「……複雑な気分ですけど、そう思うのがいいかもですね」
「有給を消化したら、藍野家の運営の仕事が待っている」
「そうですね」
「だから今はそんなことを忘れて、思いっきり遊べばいいと思うぞ」
「はい、そうします」
◇
そんなわけで、緊急メンテナンスが終わったので、ログイン☆
それにしても、今日は慌ただしい一日だ。
通常のメンテナンス以外に二度も緊急メンテナンスが入るなんて、最近のサービスでは珍しすぎるのでは?
まさかの三度目はないことを祈りながら、まずはメンテ前にゲットした【花の種の欠片】を【花の種】にしてもらって、どれだけ【花】が咲くようになったかの確認をすることにした。
先ほどと同じ場所へとおもむけば、フォリウムとフロースが先ほどと変わらずにいた。
「来たなっ!」
「来たわねっ!」
なぜか胸を張って好戦的なフォリウムとフロース。
「ものすごくやる気に満ちあふれてますね」
「泥船に乗ったと思って任せなさいっ!」
「ど、泥……?」
それって沈むヤツじゃないの?
「……泥って水に溶けるわよね? 水の中に沈むのは遠慮したいかなぁ」
「あら! 水がなければ発芽すらしないのよ、知らないの?」
「知ってるけど、過剰な水だと種が腐って発芽どころではなくなるわよね?」
「……なるほどっ! それでさっきは全部が駄目になったのねっ!」
設定がまさかの発芽三原則(?)が守られてなかったということなの?
「なんとも頭が痛くなる会話だな」
「ちょっとキースさんっ! 私まで頭が悪いグループに入れないでくださいっ!」
「それでは聞くが、発芽の条件はなんだ?」
「はいはーいっ!」
フォリウムとフロースが自信満々に手を挙げた。
ちなみにフォリウムには種子の半ばくらいから細い腕らしきものが生えている。種子に腕? と思うけど、気にしたら負けだ。
フロースは葉を腕のように使っているからこちらはセーフだ。
まぁ、植物が喋ったり動いたりしてる時点でアウトなんだけど、ここはゲームで、しかもファンタジー世界だ。なんでもありということにしておこう、うん。
「水とぉ」
「空気と」
「光っ!」
「ブー。不正解」
「えーっ! なんでよっ!」
「ちなみにリィナは分かるか?」
少し考えて、思い出した。
発芽の条件はよくテストに出るけれど、これは引っ掛け問題だから気をつけろ、と言われたことを。
勘違いしやすいのだが、発芽の時点では光は必要ない。
水と空気──厳密に言えば酸素らしいのだけど──と……。
「光ではなくて、適度な温度が必要です!」
「正解だ」
「えーっ! 嘘よっ! 植物のあたしたちが光が要るって言ってるのに要らないっておかしいじゃない!」
「おまえは極度に寒い温度、暑い温度で発芽できるのか? さらには生長できるか?」
「……ぅ」
「もしかしなくても、花になる確率はそれなりにあったけど、発芽の条件が間違っていてすべて発芽しなかったとか?」
「あり得るな」
え、なにそれ。
AIさん、間違ったことを覚えていたってこと?
「だれかがフィニメモAIに誤学習させたのだろうな」
「それだとフィニメモ内の植物すべてがなくなりませんか?」
「イベント限定とか、なんらかの誤誘導をさせているのではないかと」
「そんなことってあるのですか?」
「すぐにたとえが思いつかないが、条件の違いから結果が変わることもあるから、それを利用してAIに間違ったことを覚えさせたのだろうな」
「ということは?」
「治っていないな」
キースは大きなため息を吐くと、だれかと話し始めた。
今まではなにかあるとすぐにフェラムに連絡していたのに、今回は最終手段と言わんばかりのタイミングなのだけど。上総さんに遠慮して?
「また緊急メンテナンスらしい」
「え? 治っていたのでは?」
「何割かを強制的に花にするようにしたようなんだが、原因がわかったのならそちらを修正したほうがいいと言われた」
「へー」
強制的にということなので、フロースに残っていた【花の種】を十個ほど渡してみた。
すると前とは違い、ひとつだけだったけれどとても小さな【花】になった。
「花に……なった?」
「一割か」
「ま、こんなものですよね」
「……納得できていないが、仕方がないのか」
ゼロにいくら掛けてもゼロだものね。一割であっても前よりマシと思えるのは、なんというか運営の罠よね。ある意味、詐欺の手段みたいだ。
「運営の悪口を言いたくないのだけど、これはいくらなんでもどうなのかと」
「まったくだな」
それからすぐに三度目の緊急メンテナンスのお知らせが来たので、ログアウトした。
「なんだか悔しいので、夜更かししてでもアイテム集め、頑張りますよっ!」
「ぉ、ぉぅ」
麻人さんが引いてるけど、私はやる……っ!
◇
『『乾燥』っ!』
さっそくニール荒野に来て、他の人たちの邪魔にならない端で『乾燥』を掛けまくった。
ドロップ率は変わりない。
そのため、もりもりと【花の種の欠片】が貯まっていく。
もらえるのは嬉しいけれど、交換のことを考えると面倒だ。
【花の種の欠片】はまとめて交換してくれたけど、【花の種】から【花】にするにはひとつずつなのよね。面倒くさい……。
そう思うとログイン前は夜更かししてでもという気持ちが大きかったのだけど、意欲が削られたというか、なんというか。
『リィナ、飽きたな?』
『飽きたと言うより、【花】に交換するのが面倒だなと思ったらやる気が』
『そうなるよな』
『Death』
『…………。ログアウトするか』
『はいにゃ』
キースはかなり安堵した表情をしていたけど、実は疲れていた?
『疲れてます?』
『疲れてはない。……というと少し嘘になるか。多少、疲れてはいるな』
『気がつかなくてすみません』
『慌ただしかったからな。オレよりもリィナは疲れてるのではないか?』
『うー……ん。どうなんでしょう?』
『楓真が言っていたのはこれか』
『楓真が?』
『疲れたと言ったときは手遅れだ、と。交換は明日に回して、ログアウトして寝よう』
『はいにゃ』




