第二百五話*《二十九日目》【花】はどこに咲く?
ようやく笑いが治まったところで、フロースに【花の種】をひとつ渡してみた。
するとそれはフロースの葉の上で光ったかと思うと、消えた。
「特に変化なし?」
「外れね」
「……まさかこれ、種をひとつずつやらないといけないとか?」
「あり得るが、フロースは一体だけではない。周りを見ると人がいないから、空いてる限り、複数のフロースを借りよう」
ということで、それぞれ複数のフロースにお願いすることになった。
花壇の奥に隠れるようにいるのは、横一列に並んだ十体ほどのフロース。
種を渡すとすぐに結果が出るので、キースと私は五体ずつに次から次へと種を渡した。
のだけど。
「ひとつも花にならないのはどうなんだ? リィナ、こいつら全部、いや、この花壇すべてに乾燥を掛けて根絶させろ」
「いつしようかと悩んでましたが、次で十回目なので、それで花が咲かなかったらやりますね」
「分かった」
十回ということは、種を五十個渡したことになる。
それらがすべて失敗に終わるって、どんな確率になっているの。
「今までひとつも成功してない。ということは、ゼロだ。ありえるか、ゼロなんて」
「いくら低確率でも、十個にひとつくらいは花が咲いてもいいのでは」
「咲いた後の景品は別に武器、防具でなくても、消耗品でもいいのにな」
「むしろ、消耗品が大量にゲットできるチャンスでみんな頑張るかもですし!」
とふたりで盛り上がっていると、地の底から這うような声が聞こえてきた。
「……面倒くさい。……そんなにあげたくない。……早くこのイベント、終わって」
「をいっ」
「種から花を咲かせろなんて、そもそも発芽して、成長して、つぼみになってようやく咲くのに! そこを省略するなんてっ!」
「そうよ、そうよっ!」
フロースの言い分もすごく分かるのだけど……。
「そんなことをしていたら、大変なのはおまえたちだぞ」
「なんでよっ!」
「オレたちは種を渡すだけでいいが、おまえたちは受け取った種から育てて花を咲かせなければならないんだぞ? それでいいのならそうしてくれ。ちなみに、オレたちは水をやったりだとかはしないぞ」
「どうしてよ。あなたたちの種じゃない」
「オレたちはフロースに【花の種】を渡したら花を受け取れる、としか聞いていない。その途中経過の責任はフロース、おまえたちにある」
わー、キースが本領発揮と言わんばかりにたたみかけてる!
「……それなら、今の形がいいじゃないの!」
「だからそう言っている」
うん、そうですね。
とそこでふと、このやり取りが大変に不毛なことに気がついてしまった。
「あのぉ。盛り上がっているところ誠に申し訳ないのですが」
「なんだ」
「フロースとやり方を協議する時間があるのなら、【花の種】を渡して花を咲かせてもらうことに労力を割いたほうがよくないですか?」
「それをしたとしてもだ、これだけやっても花にならないじゃないか。だから話をだな」
「話しても確率は変わりませんよ」
「…………。そうだな」
まぁ、思っていたことを伝えてくれたからまったく 無駄というわけではないのだけどね!
「では、五個渡しますね」
【花の種】をフロースに渡すと、すぐに結果が返ってきた。
「ひとつめ……発芽しませんでした。ふたつめ……発芽しませんでした。みっつめ……発芽しませんでした。よっつめ……発芽しませんでした。いつつめ……発芽しませんでした」
「ええええっ!」
「よし、リィナ。こいつら全員に乾燥をかけろ。オレが許可する」
「あいあいさー、ボスっ!」
私の真横に浮いているイロンを手に取ろうとしたら、イロンがひょいっと私の手を避けた。
「……イロン?」
「リィナリティさん、駄目ですよ」
「なんでっ?」
「キースさんも冷静になってください」
「オレはいつでも冷静だぞ」
「いや、それはない」
「リィナ? なんだそのツッコミは」
「キースさんは基本は冷静ですけど、フィニメモでは切れキャラと化してますよね?」
「切れキャラ……」
やたらとケンカを売ってるし、なんかすぐ切れてるし。これで切れキャラでなかったら、なんだというのだ。
「予想に反したことを言われたな」
「いやいや、ウーヌスとすぐケンカしてるじゃないですか」
「あれは……ケンカではなくて、だな」
「では、なんですか?」
「……ケンカ、だな」
キースはようやくあれはケンカだと認めてくれた。
うん、そういう潔いところ、いいね。
「とにかく、だ。【花の種の欠片】から【花の種】になるなるのが三分の一、【花の種】から【花】になるのが今のところゼロとは、イベントをする意味があるのか?」
「ないですけど、でもこれは確率の問題ですし、なによりも偏っている可能性もなきにしもあらず、ですよ。大変ですけど、もう五十個やってから運営を呼び出しましょう」
「……そうするか」
フロースたちはものすごく嫌そうな顔をしていたけど、むしろ仕事がなくなったら消されるのでは?
私たちは黙々と、ただひたすらフロースに【花の種】を渡していった。
そして残り五十個、つまり百個渡した時点での結果はというと。
「ゼロっ!」
「オレもゼロだ」
なんということでしょう!
ひとつも花にならないって、【花の種】は不良品なのでは?
【【花の種】から【花】になったヤツ、手を上げて~っ!】
とだれか知らないけど、全体チャット。
キースと顔を見合わせた。
【ならないぞ~!】
【百個交換した時点でまったくならなかったから、イベント諦めた】
と、やはりだれも【花】にはなっていないようだ。
「これって設定ミスなのか、仕様なのか」
「そういえば、イベントで狩りをしてアイテムをゲットする場合、ドロップ率を明記、さらには交換の確率も書いておかないといけませんでしたよね?」
「そうだな。書かれていないな」
「これ、運営に言うよりも外部の機関に景品表示法違反とかで通報します?」
「よし、まずログアウトするか」
ゲームのことで必死だな! と思わなくはないけど、私たちは遊びだけど、これを作っている人たちは仕事なのだから、ルールを守らなければならないのですよ。
「ちょっと待ってください!」
「んにゃ?」
すっかり忘れていたのだけど、イベントNPCと勘違いしたエルフのウィリデに止められた。
「その、待ってください、と」
「…………? だれから?」
「運営からと伝えてくれれば分かる、と言われたのですけど」
「……あぁ」
なんだ、気がついてたのか。
いや、そうではなくて!
「テストしてないの?」
「……詳細は後ほど、と」
「りょーかい」
今ここでぐだぐだ話をするより、早いところ正常な状態にしてもらいたい。
【花の種】から【花】にならないのなら、この隙に狩りをして【花の種の欠片】をゲットしてこよう。
ウィリデと別れてキースとともにニール荒野に戻ってきた。
やはり混んでいるので、私たちは先ほどと同じように隅で狩りをしていた。
【花の種の欠片】が出る確率は先ほどと変わらず、一体に一個は必ず出る。
これが緊急メンテナンスなんかが入っていて少なくなったら嫌だな。
『……お知らせが来たな』
『んにゃ? お知らせ?』
なんの話? と思ってキースをジッと見ると、苦笑された。
『今、緊急メンテナンスをしますって運営からのワールドアナウンスが入ったよな?』
『??? 聞こえてないですけど?』
『これもまた、あいつの嫌がらせか? ……設定の中に「運営からのアナウンス」という項目があるはずだ』
キースに言われて設定を確認すると、チェックが入っていなかった。
『これが最初からチェックが入っていないというのはおかしいから、ミルムだろうな』
どんだけ恨んでいたのやら。
キースは念のためにと全体チャットで注意喚起をしていた。
意外に世話焼きな性格なのかもしれない。




