第百九十三話*《二十六日目》時には若干の嘘も必要
キースのリクエストで、私たちはニール荒野に狩りに来ていた。
ここに来るのはなんだか妙に久しぶりな気分だ。
『あれ? 前回、狩りをしたのはいつでした?』
『変異種と戦った四日前……だな』
『なんとっ!』
狩りをしていない日があるなんて、びっくり。しかも四日も!
『四日も狩りをしないでなにをしていたのでしょうか』
『洗浄屋の手伝い』
『そうでした!』
狩りをしなかった代わりに、洗浄屋のお手伝いをしたのよね。
……というより、私の洗濯屋という職は本来ならば洗濯してなんぼのような気がするのだけど、どうなんでしょうか。
『では、リィナ。よろしくたのむぞ』
『あいにゃ!』
いつものバフを掛けて、私が先制でまとめて攻撃をしていく。そしてキースが私の取りこぼしをフォローしてくれて、なかなかいいテンポで狩りが進められた。
『いい感じだな』
『そうですね』
キースが私のフォローをしてくれるのが上手だから成り立っているような気がしないでもない。
マリーとペアだったり、すっかり懐かしい人になってしまった伊勢と甲斐を交えての狩りもいい感じだったけど、キースとは息をするかのようにサクサクと狩りが進む。
『なんだろうな、リィナとは息が合うというか、リズムがしっくりくるというか』
『ストレスなく狩れますね』
『確かに』
そのあともふたりして黙々と狩りを続けた。
なにか話をしたくても、スキルは詠唱しなければ使えないため、スキル名のみが響いていた。
ふと時計を見ると、お昼前だった。
『キースさん』
『そろそろ一度、終わりにするか?』
『あいにゃ!』
最後の一体を倒して、それからドロップボックスに視線を向けた。
『ドロップは半々でいきますか?』
『それでいい。もしかしたら後で素材を売ってもらうことになるかもだが』
『いいですよ?』
素材を必要としているってことは、なにかを作る的な?
キースはそれぞれの素材を手早く仕分けて、渡してくれた。
『ありがとうございます』
『奇数個あったものは、リィナにひとつ多く渡してある』
『え? いいのですか?』
『リィナが先攻してくれてオレはかなり楽をしたからな』
『そうは言いますけど、キースさんが後ろをがっちりガードしてくれていたからこそ出来たことですよ』
『オレはどちらかといえば裏方があっている』
『そうかもです』
前に出て指揮を取ることもあるけれど、キースはどちらかというと裏方が似合う。
一歩引いたところから全体を見て、的確な指示をしていくという姿がキースの能力が十二分に発揮される理想な環境なのだろう。
『私は裏からすき間を突くのが好きDeathっ!』
『暗殺かっ!』
『ふふふっ』
好きなだけで実際はそんな器用なことは出来ませんよ、と。
『気配を消すのは得意ですから、あとは実践を積んでスキルレベルを上げることが課題ですね! ……現実で!』
『リアルでかよっ!』
『そうですよ。ここではそんなことをしなくてもギリギリの距離から攻撃が出来ますからね』
『……地味に敵に回したくないタイプだな』
『いやいや、そんな褒められても』
『褒めてないっ!』
『違いました?』
という戯れはともかく。
『ここの近くのセーフゾーンでログアウトしよう』
『あー……。洗浄屋に戻らなくてもそうですね』
──ここまでが午前の部。
午後もログインして、ニール荒野で黙々と狩り。
周りのモンスターが枯れたところで少し休憩を入れようとセーフゾーンに入ってまったりしながら雑談をしていたところ。
だれかが私たちへと近づいてきた。
思わずキースと顔を見合わせた。
『キースさん、知り合いですか?』
『知らん』
『新規さんですかね?』
『リィナ、このゲーム、どれだけプレイヤーがいるのか知っているか?』
『いっぱい?』
『いっぱい……。そうだ、いっぱいだ。オレが全員を把握しているとでも思っているのか?』
言われてみればそのとおりなんだけど、今のところキースの知り合いと遭遇する率が高すぎて顔見知りが多いって思っていたのですが、さすがにそれはないのか。
『なんでしょうね?』
『嫌な予感しかない』
キースが言ったとおり、嫌な予感が当たってしまった。
最初は一人しか見えなかったのだけど、その後ろから複数人……え? もしかしなくても百人単位? というくらいの集団がこちらに近寄ってきていた。男女比で言えば男性が多い感じではある。
『さて、どうしたものか』
『どう見ても友好的な感じではなさそうですよね』
『その意見に同意する』
先頭が私たちの数歩前で立ち止まった。
「おまえたちっ!」
激怒した様子の男性が私たちに指をさしながら大声を上げた。
「おまえら、運営に手を回してオレたちのサニに手を下したなっ!」
サニ? ってだれ?
いやそもそも、運営に手を回すって?
フェラムとはリアルでも見知っている仲ではあるけど、そんなことをした覚えはまったくない。
「サニ、か」
「知っている人ですか?」
「あぁ。リィナも会っているが……」
「会っている?」
サニという名前に心当たりがないどころか、聞いたこともない名前だ。
「ローブを引っ張ったヤツだ」
「……あぁ」
すっかり忘れていたけれど、そんなことをされたのを思い出した。
「それで、手を下したとは?」
私がようやく理解できたからなのか、キースが質問した。
「オレたちの癒しのサニがログインできないのはおまえたちのせいに決まっている!」
「根拠があって言ってきているのか?」
「熱があってもログインしてくるような人なのに、二日……いや、今日で三日目だ! ログインしてこないのはおまえたちのせいだ!」
熱があってもログイン……。
いやそれ、間違ってるし!
それもだけど、今回はログインできないくらいの熱が出ているということは考えないのだろうか。
「トニトは?」
「……なんでそこで盟主の名前が出てくる?」
「サニのことをリアルで知っていると聞いたことがあるが?」
キースの質問に周りにいる人たちがなぜかものすごくざわめいた。
「……もしかして、今のは言ってはいけないことだったのか?」
キースの独り言が聞こえたけど、私にはまったく分からないのでなにも言えず。
「そういえば」
「どうした?」
『ローブを引っ張られてこけた後に、キースさん、報復があるとか言ってませんでしたか?』
『……なるほど、それが根拠か』
こちらで思い当たることがあったとはいえ、どちらに転んでも向こうに非がありすぎるわけで。
「なにをコソコソしている!」
途中から確認のためにパーティチャットに切り替えたからか、コソコソしているように見えたようだ。
「確認をしていた。そちらの言い分は分かった。 が、サニがログインしてこない理由をオレたちのせいにしないでくれないか」
「おまえたちと言い合いになったのを何人も見てるんだからな!」
何人もいたけれど、私たち以外は全員が同じ血盟なのだから、口裏なんていくらでも合わせられる。
それを何人もと言われてもなぁ。
「先ほども、おまえたちを庇うように運営が出てきたよな!」
転職に必須なアイテムを取りに行って難癖をつけられたことを思い出した。
『キースさんがフェラムさんを呼んだのですか?』
『呼んでない』
『偶然?』
『先に言っておきますが、ほくたちも違いますからね!』
とオルド。
『見守り隊もいるからな。そちらからの線が濃厚だ』
見守り隊、か……。
そもそも通常プレイをしていればそんなお目付役みたいな人たちがつくこともないのだけど。
でもまあ、プレイヤー目線でゲーム内を監視するのも大切だから、それはそれでいいとしておこう。
「運営がオレたち個人のために出てくることはない」
「そうは言うが、午前中に出てきていただろうっ!」
「あれは開発と運営に問題があったからだ」
ま、まぁ、間違っていない。むしろ正しい。
のだけど、なんというか、複雑な気分だ。
常に正しいことを言えばいいというわけではないのだな、と。
若干の嘘も時には必要なのね。
「どこに問題があったというのだっ!」
「おまえたちのプレイに問題がないとでも?」
「出来ることなのだから、問題ないに決まっているだろう!」
「それでは聞くが、リアルでは人を殺すということが出来る。では、これをやっても問題ないのか?」
「なんでリアルの、しかも殺人なんて極端な例をあげるんだっ!」
「分かりやすいような例をあげたんだが」
これっていつまで経っても平行線なのでは?
のだけど、どうすれば解決するのか、分からない。
フェラムを呼んだりしたら、火に油だし……。
「サニの件はトニトに確認してくれないか」
というしかないわよねぇ。
「そういえばおまえたち、だれだったか大勢のプレイヤーの前で運営にBANさせたことがあるんだよな? 今回も運営に手を回してそうやったに違いない! 関わるとおまえら、怖いな」
男性はそれだけ言うと、後ろにいた人たちを引き連れて、ぞろぞろと去っていった。
「あれはいったいなに」
「嫌がらせだ」
そんなことのために大勢を引き連れてくるなんて、どうかしてる。
私たちの視界から集団が消えたところで大きくため息を吐いた。
「ログアウト、するか」
「……はいにゃ」
狩りをする気がごっそり奪われた。
なんとも恐ろしい……!




