第百九十一話*《二十六日目》巡り巡って
さて、朝の部の始まりですよー!
って、なんで昨日の夜の部がないのか?
それは上総さんに私込みで呼びつけられたからです!
朝から麻人さんが呼ばれていて、改めて夕方にもだったからなにか重要なことだと思うじゃない?
なんと!
ただの惚気八割と、小春さんへの誕生日プレゼントはなにがいいかという相談でした。
小春さんのここがかわいいだとか、好きな食べ物はだとか、上総さんの感想と個人情報は要らないです!
何度も怒ったのだけど、上総さんはまったく懲りずに、むしろだんだん機嫌がよくなってただひたすら惚気続けていたという。
麻人さんは麻人さんで上総さんに甘いというか。
なにか弱みでも握られているの? ってくらいなにも言わず、ただ黙って話を聞いているだけ。
それがつまらなくて私を呼んだと上総さんが言っていた。
終わった後、麻人さんに「上総の言うことにいちいち反応していたら図に乗るだけだ。黙って聞き流すのが早く終わるコツだ」と言われたのだけど、それなら早く教えてよっ!
という感じだったのですよ(ダイジェストはここまで)。
藍野家、クセ強すぎ。
……気を取り直して、朝の部です!
ログインするといつものごとくキースに抱きしめられていたのでペリペリと腕を剥がして無言でベッドから降りた。
「リィナ、機嫌が悪いのか?」
「いいように見えますか?」
「……いや。珍しいと思って」
キースの言うとおり、感情をここまで露わにしているのは私にしては珍しいのかもしれない。……たぶん。
だけど、上総さんのせいで昨日の夜の部が遊べなかったのだ。
ログインしてそれを思い出した。
「……昨日の夜の部、遊べなかった」
「やはりそれを怒ってるのか」
「麻人さんが原因ならここまで怒りませんよ」
「……上総、嫌われてるな」
「上総さんがいくら未来が視える特別な人だったとしても、身内として、相手の都合を考えない人は嫌いDeathっ!」
「さりげなく殺すな。あと、上総も上総の都合で物事はすすめられてないから、そこは多めに見てほしい」
「……そうなのかもですけど! だからって他の人にも同じようにしていいいわれはないと思います!」
「……まあ、そうだな」
「事情は十二分に理解してますけど、みんな、上総さんに甘過ぎです!」
「みんな、上総の予知能力が怖いんだ」
「そこも分かりますけど。だからって、怖がってだれも注意しないと、困るのは上総さんですよ」
ここのところ上総さんと話すことが多いから気がついたのだけど、上総さんはあの力のせいで孤立している。
小春さんと結婚したけれどかなり強引だったこともあって、伴侶からも避けられてしまっている。
そうなってしまったのは上総さんのせいでもあるけれど、周りにも責任がある。
「私、昔から兄が欲しかったんです」
「ほう?」
「楓真はしっかり者だから兄っぽいといえばそうなんですけど、でもやっぱり弟なんですよ」
「楓真は弟キャラだな」
「だから、義理とはいえ兄ができて内心では嬉しかったんです」
「そうだったのか」
「なのに義兄があんなだったなんて、すごくショックです」
上総さんのことを「あんな」と言ったのがおかしかったのか、キースは肩を震わせて笑った。
「オレでもそこまで言えないぞ」
「……言い過ぎましたか?」
「……どうだろうな。だけど」
そう言って、キースはようやく身体を起こしてベッドから降りた。
「上総にとって、リィナの存在は貴重だろうな」
「なんですか、それ」
「オレが覚えている限りでは、母も上総を叱ることがなかった」
「そうだったのですか」
「むしろオレがいたずらばかりをしていたからかもしれないけどな」
「え? キースさんっていたずらっ子だったのですか?」
「オレはそんなつもりはなかったんだが、周りからよく叱られていた」
大人しかったのかと思っていたのだけど、意外だった。
「なんというか、上総はいつもオレが母から怒られているのを影で見ていたんだが、本人に直接聞いたわけではないからオレの想像になるが、淋しそうな、それで羨ましそうな顔をしていたな」
「羨ましい……?」
「母は上総を大切にしていた。そして大切にしすぎて──家に閉じ込めた」
「……えっ?」
「外は危険だからと、コンクリートに囲まれた部屋に閉じ込められていた、らしい」
「それって、虐待では」
「そうなるな」
いくらなんでもそれはどうなのだろうか。
「すぐに親父が異変に気がついて対応したから事なきを得たんだが。……母は心を病み始めていた」
「心を病むような環境だったのですか?」
「環境というより、気質的に繊細だったのだろう」
なるほど?
「上総さんのことはともかく! おつかいの続きをしましょう」
「おつかい……」
キースがなんともいえない表情でこちらを見ているけれど、カーテンを届けるだけなんて、おつかいとしか思えないのです!
キースに手を引かれて扉まで。
鍵で開けて通ると、あっという間に村長の屋敷の前。
相変わらずの甲冑に内心で苦笑しつつ、いつもの受け渡し場に行くと、ナルがいた。
「おはようございます」
「あら。おはようございます。どうされました?」
「はい、あの布の洗濯が終わったので、お届けに来ました」
「昨日の?」
「はい。どうやらあの布はこちらのカーテンのようでして。赤の魔術師が汚したのかどうかは分かりませんが、洗って返すつもりだったみたいです」
「そうなのですか? 見せていただいても?」
「はい、どうぞ」
洗って綺麗になった布をキースは取り出してナルへ渡した。
ナルは受け取ると布を取り出し、確認していた。
「……想像以上に綺麗になってます。ありがとうございます」
「それはよかったです」
「ただ……」
「ただ?」
ナルは複雑な表情で布を見た後、私たちに視線を向けてきた。
「この布ですが、確かにここのカーテンとして使われていました」
「いました、って過去形?」
「えぇ、そうなのです。かなり昔……、あたしがここでお世話になり始めたくらいのタイミングで交換したものですね」
「なんでそんなものを赤の魔術師が持っていたの?」
「そこは分かりかねます」
うーむ、どうしよう。
洗濯する前に確認すればよかった?
「大変お手数をおかけするお願いですが、このカーテン、こちらで引き取った場合、処分することになります。ですが、処分をするにもお金が掛かりまして」
「そうなんですね」
「はい。ですので、これ、赤の魔術師にお返しください。このまま引き続き使っていただけますかって言葉を添えて」
使うか使わないかはともかく、赤の魔術師に返すのがいいのだろう。
「その伝言、紙に書いてくれないか」
「え? 紙にですか?」
「オレたちが口頭で伝えても、信じてもらえない可能性が高い」
「……それでは」
ナルは仕方がなさそうな感じでエプロンから紙とペンを取り出して、スルスルと書いた。
「これでいいですか?」
渡された紙をキースと確認して、問題なさそうだったので布とともにその紙も受け取った。
「ありがとうございます」
となると、赤の魔術師を探さなければならない。
予想以上に面倒くさい……。
「なんでこんなに面倒なことに」
「赤の魔術師を避けまくった結果か?」
「うぅ。でも! なんと言いますか、本能的に避けてしまいます!」
相手はNPCなのに、ものすごくやな感じがするのよね。
「リィナの感覚は正しいな。オレも関わるなと感じている」
「関わらなくていいのならこのまま放置しますけどね」
そういうわけにはいかないようだ。
「気が進みませんが、渡すために探しますか」




