第百九十話*《二十五日目》カーテンとレーダー
キースは相変わらず私を抱きかかえたまま。
そろそろ降ろしてほしいのだけど。
「キースさん、降ろしてくれませんか?」
「やDeathっ!」
どうやらまだ降ろしてくれないようだ。
なんといいますか、この状況に慣れてきたばかりか、心地良いなんて思えてきてるのですよ。
手を繋いでいるよりも接触面積が広いから、温もりを感じられて安堵できる。
これが当たり前になってしまったら、色々とマズいような気がするのです。
だから離れたいのに。
「それでは、行くか」
「はい。クイさん、ありがとう! 行ってきます!」
「気をつけて行っておいで」
クイさんにお礼を言って、キースに担がれたまま二階の扉へ。
「キースさん」
「なんだ?」
「赤の魔術師の居場所、知っているのですか?」
「知らん」
「へっ?」
「何度か扉はリィナに近いところに移動させてくれた。だから今回も赤の魔術師の近くへ繋いでくれると思っている」
「な、なるほど?」
むぅ?
ということは……?
「ちなみに、リィナとかくれんぼのときは不正はしてないからな」
「ぉ、ぉぅ」
そういえばそんなことがあったな、と思わず遠い目に。
「大変に懐かしい話ですね」
「二十日前の話だ。ちなみに、結婚してから二週間経っている」
「つい最近のような気がしましたけど、そこそこ時間が経っていたのですね」
「あぁ。リィナといると楽しくて、時間が経つのが速い」
「私もキースさんといると楽しいです」
同じ気持ちだったと知り、嬉しかった。
顔を見せ合い、お互い笑い合った。
「これからも末永くよろしくお願いします」
「それはオレが言うことだな」
「末永くやっていくためには、もう少し束縛を緩めていただけますと助かるのですけど」
「これはリィナ成分を吸収するためにしているだけだ」
「リィナ成分というのが分かりませんけど、吸収が終わったら離してくれるのですか?」
「その予定だ」
本当なのか分からず眉間にしわを寄せると、キースが苦笑した。
「お昼の部のときだけだから、許してほしい」
「約束、ですよ」
「あぁ。……さて、行くか」
「はいにゃ」
そうして扉を開くと、あの美しい紫の花が咲き誇る場所に出た。
私たちの前に風が吹き抜け、ざわざわと花を揺らした。
「……ここの近くにいるのか」
きょろきょろと見回すと、少し先に塔らしきものがゆらゆらと揺れる空気の向こうに見えた。
霧や靄が発生するような時間帯ではないのに、なんでもやっているのだろう。
「向こうに塔が見えますけど」
「……見えるな」
「なんでもやもやしてるのでしょうか」
「してるのか?」
「してますけど。……キースさんにはどう見えてますか?」
「赤い……塔、だな」
「赤い?」
ということは、ここってもしかしなくても赤の魔術師の本拠地?
確かめるために地図を開くと、赤の魔術師の塔と書かれた場所にいた。
「赤の魔術師のお膝元のようですね」
「そうみたいだな」
模様替えが終わってからあの扉を初めて開いたときに来たのは、ここだったようだ。
あのとき、このクエストのことを示唆していたのだろうか。もしそうで、私がもっと早くに気がついていれば回り道をしないでこれたのだろうか。
……いや、どちらにしても、こうなっていたのだろうからそこまでたどり着くまでの過程は今になってはどうでもいい。
「なんといいますか、ラスボス戦前な気分です」
「気持ちはすごく分かるが、戦わないからな」
「了解です」
とはいえ、戦闘になったら『帰還』で逃げればいいのだろうか。でも、出られないようなスキルを使われたらどうしよう。
「今、あの塔に赤の魔術師はいないようだ」
「分かるのですか?」
「……リィナ、もしかしてレーダーを表示していないのか?」
レーダー……? はて、それはなに?
「リィナのプレイ動画を見て、なにか画面がやけにすっきりしているなと思っていたのだが、レーダー表示がないからか」
「……言われてみれば、フーマのプレイ動画と私の画面、違いますね」
「設定の画面表示を開け」
「あいにゃ」
言われるままに設定から画面表示を開いた。そこには色々な項目が並んでいた。
「……こんな項目があったのですね」
「最初に設定などを確認するものじゃないのか?」
「……しませんね」
そういう必要な機能ってデフォルトで出されていることが多いから、まさかあった方がよい機能が出ていないなんて考えたこともない。
「これがあるとモンスターの配置、沸き具合を確認しやすい」
「……なるほど。それでマリーちゃん、よく見つけてくれていたのね」
「リィナはこのゲームが初めてのゲームではないよな?」
「そうですけど」
「他のゲームでもレーダーはあるだろう」
「……あったはずです」
「ないのがおかしいと気がつけ」
「ごもっともですが、そもそもそんな必須な機能がデフォルトで出てないほうがおかしくないですか」
「それはそうなんだが。オルド」
「はい」
「どうしてレーダーが出てない?」
「確認します」
オルドがいつものように担当に確認を取っているようだ。
話を聞いて、オルドの眉間のしわがどんどん深くなっている。なにかよくないことでも聞いた?
「──……そうですか、分かりました。早急に修正をお願いします」
オルドは大きくため息を吐いた後、私へ視線を向けて来た。
「リィナリティさん」
「はい」
「すみません、レーダーが表示されていなかったのは、こちらの不手際でした」
「……そうなの?」
「はい。βテストの時は出ていたのですが、その……大変に申しにくいのですが、どうやら運営側でチェックを外していたようでして」
「え、運営が? わざわざ? なんで? どういうこと?」
どうしてわざわざ外したの?
「オルド、その作業、だれがやったのか分かるか?」
「……名前も聞いているのですが」
「が?」
「お伝えしてもいいのでしょうか」
「なんだ? そいつはオルドが言いにくいような人なのか?」
「担当者が言うには、すでに会社に所属していない人物だということなので……」
「大体察した。ミルムだな」
「ぇ。どうして分かりました?」
「その人物は致命的な問題を起こして、辞めさせられた」
「そうだったのですね……」
まさかまたここでミルムが関わってくるなんて思いもしなかった。
まったく、色々とやらかしてくれてるのね。
「オルド、すまないが、システム周りで不自然に変更が掛かっている場所を探してくれないか。その変更をミルムがしている可能性が高い」
「それでは、作業者ミルムで絞って探させます」
「本来ならば全部チェックをと言いたいところだが、それでチェックをするのが速いな」
「はい。では、指示を出します」
まったくもって手間だけ増やしてくれて。
……もしかして、最後に嫌がらせをした?
そもそも、レーダーって最初は表示されていた?
意識していなかったからハッキリしないけれど、さすがの私でもあったものがなくなっていたら気がつきそうだ。だから最初から表示されていなかったのかもしれない。
となると、相当な悪意を感じられる。
「運営にメールをしておくか」
キースは手早くメールを書いて送ってくれたようだ。
その間に私はレーダーを表示にして、他にもなにか抜けているものがないか確認をしたけど、問題はなさそうだった。
レーダーを表示すると、モンスターがいる場所は赤、NPCは青で表示されていると説明にあった。
赤の魔術師はNPCにあたるから青で表示されるのだろうけど、レーダーの範囲には青はない。
「いないことにホッとしましたけど、カーテンを渡せませんね」
「それなんだが、リィナ」
「あいにゃ?」
「このカーテンなんだが、『鑑定』では『村長の屋敷のもの』と出ていたよな」
「……そういえば、そうだったような」
「それならば、村長の屋敷に戻した方がよいよな?」
「確かに」
なんらかの理由で村長の屋敷のカーテンを汚してしまったから綺麗にして返そうとしていた?
そうだったのなら、赤の魔術師が洗浄屋に来たことに納得がいく。
……のだけど、洗浄屋に依頼をしないで村長の屋敷に汚れたまま戻すってのはどうなのかと。しかも洗濯するようにって、それはおかしい。
「赤の魔術師の行動、変ですよね」
「変なのは今に始まったことではないだろう」
「まぁ、そうなのですけど」
「村長の屋敷に行こう」
『帰還』で洗浄屋に戻ってきたけれど、夕飯の時間が近かったのでログアウトすることに。
なんというか、気持ち的にぐったりです。




