第百八十七話*《二十五日目》クエスト依頼のジレンマ
赤の魔術師が洗浄屋に来たときのことを思い返した。
そういえばキースが『なんの用だ』と聞いたけれど、なぜかメティスだといきなり名乗ってはぐらかされた。
そのあと、洗浄屋に拠点を移すなんて馬鹿なことを言い出して、メンテナンス前まで台所に居座っていたようだ。
もしかして、私からあいつに接触してクエストを受注しなければならなかった、とか?
それをしていれば、ここの人たちに迷惑をかけなかったのだろうか。
……仮にそうだったとして。
依頼されて、私は素直に受けただろうか。
考えるまでもなく、素直には受けなかったような気がする。
そうなると、強制的に受けさせるってことをさせることもできるような気がするんだけど。
それをしてこなかったということは、まだあいつに良心が残ってるってこと? それともなにか目的があってしなかったってこと?
うんうんと唸っていると、キースが優しくトントンと背中を叩いてくれた。
「リィナ、落ち着け」
「あ……、うん。今、思い返していたのだけど」
「あぁ」
「今までユニーククエストってほぼ強制的に受けさせられていたから、赤の魔術師もしようと思えば出来ていたはずなのにしてこなかったな、と」
「強制的に? そんなこと、出来るのか?」
キースはオルドに確認した。
「はい、可能です。が、キースさんはご存じだと思いますが、NPCはできるだけプレイヤーにクエストをしてほしくないみたいですから、強制的に受けさせるというのはかなりのレアケースです」
「ぇ? クエストを受けてほしくないの?」
「はい。彼らは自分で解決できないからプレイヤーにお願いして、解決されると謝礼を出さなくてはいけませんからね」
「…………。クエスト、とは」
なんのためにクエストがあるのか分からないのですが。
とはいえ、NPCって本来ならばプログラムされたこと以外の行動は出来ない。だからNPCが受けさせたくないと思っていたとしても──あり得ないのだけど──、プログラムされたことしか出来ないから、受けさせないようにするなんて行動がプログラムされていない限りあり得ない。
フィニメモではAIが搭載されているので、NPCが勝手に判断して行動できるようになったから、クエストを受けさせないように自分で考えて、なかなか承諾しない、ってこと?
……ここはオンライン。だからクエストを受けるのはひとりではなくて複数人。クエストの謝礼金がいくらか知らないけれど、NPCの懐から支払われるのなら嫌がる気持ちは分からないでもない。
だからといってユニーククエストしかないとなれば、不公平になる。
オンラインゲームのジレンマってところだろうか。
「それなら、素直にギルドから依頼にすれば」
「それも結局のところ、巡り巡ってNPC負担に変わりない」
「あー……」
ギルドから出される依頼は、ギルドからの依頼もあれば、一般人(この場合はNPC)からのものもある。
ギルドに依頼する場合、手数料なんてものも取られてしまいそうだから、プレイヤーに直接依頼するのが結果的に安上がりだったりするのかもしれない。
「それで、結論は出たか?」
ずっと唸っていた私を待っていてくれたらしいキースの声に視線を向けると、微笑まれた。
ぅ、そのなんというか、慈悲深い笑みというか、愛玩動物に向けるような表情でこちらを見ているのだけど、ぅぅ、私は飼われている動物ではない! ……はず。
「リィナを見ているだけで幸せな気持ちになれるな」
「ぅぅ、私は愛玩動物ではないですよ」
「最愛の人、だからな」
「────っ!」
そう言って、キースは幸せそうに笑った。
こ、これは反則すぎると思うのですよ!
この笑みを忘れないようにとスクショが捗りすぎる……!
「……さて、話を戻すか」
「あ、はいにゃ」
すっかり忘れていたけれど、そうだった。どうして赤の魔術師が洗浄屋に来たのかを考えていたところだった。
「とりあえずだ」
「にゃ」
「あれをまた預かって、こちらで洗ってしまおう」
「それが早いですね」
「ですが!」
ナルはギュッとエプロンの端を握って身を乗り出してきた。
「あなたたちにお願いしても、あたしたちは謝礼ができません」
「うーん。たぶんだけどそれの洗濯、元々は私が受けなければならなかったもの、だと思うのよね」
「……え?」
「赤の魔術師は最初、洗浄屋に来たのよ」
「そう……なのですか?」
「そうなのですよ。ただ、赤の魔術師がきちんとした手順を踏まなかったからあなたたちのところに来ちゃったみたい」
そう考えるのが自然な気がしたのでそう伝えると、ナルは複雑な表情を浮かべていた。
「だから、ナルさんは『元々はあなたが洗う物だったのでしょうっ!』と言って私にそれを押し付ければいいの」
「ですが」
「それとも、ソレをナルさんが洗わなければならない理由があるの?」
「いえ! まったくございませんっ!」
そう言って、ナルは布が入っている袋をギュッと握った後、それを私に突き出してきた。
「で、ではっ! こ、これは本来ならばあなたが洗わなければならないものです!」
ナルは震える声でそういいながら、袋を私にギュウギュウと押し付けてきた。
その精一杯の演技に笑わないようにしながら、怫然とした表情で受け取った。
「……分かりました」
私の返答にナルはとても安堵した表情を浮かべていた。
すると、いつもの調子でユニーククエストが発生した。
【洗浄屋】赤の魔術師も綺麗にしてNe☆(破棄・棄権不可)
な、なんだってぇー!
洗浄屋から無理難題が出されたのですけどっ!
「赤の魔術師も綺麗にしろって……。なにこれ」
「どうした?」
「それが、洗浄屋からユニーククエストが出たのですよ」
クエスト名と概要が分かるようにしてスクリーンショットを撮ってみせると、キースは眉間にシワを寄せてジッとにらみつけていた。
そんなににらまなくても……。
「リィナ」
「はいにゃ?」
「もしかしてだが、これ、洗濯屋の転職クエストかもしれないぞ」
「……えっ?」
「いくらシステムが勝手に作った職とはいえ、ずっと洗濯屋のままではないのではないか?」
「うーん? そうなのですかねぇ?」
「この布の洗濯代は気にするな。発生したらこちらで立て替えて赤の魔術師に請求する」
「はい! お願いしますっ!」
ようやくナルは笑みを浮かべてくれた。
うんうん、やっぱり笑顔のほうがよいよね。
「それでは、お騒がせいたしました」
キースに抱っこされたまま(そうなのだ、ずっと抱きかかえられていたのですよ!)お辞儀をすると、ナルともうひとりの人も同じように頭を下げてきた。
私たちはその場で『帰還』を詠唱して洗浄屋へ戻ってきた。
まったくもって、赤の魔術師は手が掛かる。
「布だが」
「はいにゃ」
「洗い場を借りよう」
「……それが手っ取り早いDeathよね」
「殺すなっ」
「相変わらず、律儀ですね」
このまま袋の中で洗うことも考えたのだけど、そんなことはやったことがないし、綺麗になるのか自信もない。しかも失敗したときのダメージが大きすぎる。だから素直に洗い場を借りよう。
一階に降りて洗い場に行くと、オルとラウがいた。
だけど一段落したのか、端に置いてある椅子に座って寛いでいた。
「オルとラウ!」
「ねーちゃん」
ふたりは私とキースに気がついて(ちなみにまだキースに抱っこされている)、ふわふわと寄ってきた。
「ねーちゃん、どうしたの? どこか悪いの?」
オルの心配そうな声と表情に違うと首を振った。
「私はどこにも怪我はしてないし、悪いところもないわよ。キースさんがこうしたいんだって……」
『独占欲が強いでち!』
「独占欲? それならここにいるわけないだろ」
『……確かにでち』
「ラウ、納得しないで!」
本当にそうなのよ!
マリーとフーマを見れば分かるように、ログインしなくなるのよ!
別にキースと……というか、麻人さんと仲良くしたくないわけではないけど、ずっとというのはさすがに息が詰まりそうになる。
フィニメモは息抜きなのよね。
仕事も辞めさせられて、下手するとふたりっきりな世界は、今はまだいいかもだけど、これが続くとなると、かなり厳しい。
あのふたりも、小春さんたちも、そのうち落ち着くと思いたい。
いや、それより今はクエストを進めなければ!




