第百八十六話*《二十五日目》謎の布
ナルによる、昨夜の宴会の様子──。
昨夜の宴会は、どなたのためだったでしょうか。
すみません、ほぼ毎晩、なにかと理由を付けて宴会が開かれてまして。
え? 宴会のお代、ですか?
もちろん、参加者からいただいてますよ。
あのケチな村長が無料でやるなんてあり得ません。
宴会は毎回、二時間くらいでお開きになります。
昨夜の宴会も例に漏れず、二時間で終わる予定でした。
なので、終了予定の十分前に村長が「宴もたけなわですが~」とお決まりのセリフを口にした後、急に宴会場の明かりが消えまして。
女性客もいらっしゃいましたから、悲鳴が上がりました。
村長はこういう不測の事態の対応がまるっきり駄目でして……あ、その、おほほ、あー、あまり得意ではなくて、ですね。
大混乱になって、ですね。
なにしろ暗いですから、あちこちで人がぶつかったり、テーブルにぶつかったりして、大惨事ですよ。
片付けるあたしたちはうんざりして部屋の端で待機してました。
それほど経たずに、宴会に参加されていたどなたかが指揮を取って、一度、事態を収拾してくださったのです。
あぁ、よかったと安堵したのも束の間。
……思い出しただけでもまた腹が立ってくるのですけど、宴会場の一角だけ急に明るくなりまして、そこにいたのですよ、だれかが。しかも宙に浮いてました。
驚きの声があがりましたが、すぐにそれがだれか分かると、今度は悲鳴が上がりました。
それは赤の魔術師でした。
村長は恐怖に腰を抜かしてましたね。
そして、赤の魔術師は汚れたマントの中からなにかを取りだして、あたしたちの前に放り投げて来たのです。
えぇ、それがその、布でした。
赤の魔術師は一方的にその布を洗えといい、それだけ告げると消えました。
それと同時に宴会場の明かりがついたのですけど、それはもう、悲惨な状況でして、宴会の参加者にお詫びを告げつつ、早々に帰っていただきました。
そのあと、ほぼ徹夜で片付けまして。
洗濯物は洗浄屋さんにお願いしましたが、赤の魔術師の布まで頼むつもりはなかったのですが、事情を把握してなかった者がお願いしてしまったようでして……。
ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。
「ということなのです」
「……はぁ」
それにしてもこの人、よくしゃべるなぁ。
感心していると、キースが口を開いた。
「それで、布は返せばいいのか?」
「ぇ。ぁ、はい!」
キースはインベントリから例の袋を取り出した。
「では、これ」
「ありがとうございます! お手数をおかけしました」
「あのぉ、それ、どうするつもりですか?」
「どうするも、あたしたちで洗います」
「洗浄屋には頼まないのですか?」
「頼みません」
「そ、そうなのね」
うむ、良く分からん。
「村長は必要なもの以外にお金を出しません」
「な、なるほど?」
私からすれば必要経費だと思うのだけど。
赤の魔術師のためにってのは腹が立つけど、言われたことをやらなかった場合、なにをされるか分からないじゃない。
なんだか負けたような気になるけど、この場合は負けるが勝ちだから!
「赤の魔術師からの報復とか……」
「ですから、あたしたちで洗います」
「そ、そうですか。それでは、なにかまたご用があるようでしたら、ご連絡をください」
「えぇ、その時はまたご連絡しますわ」
どうにも釈然としないまま、私たちは村長の屋敷から『帰還』で洗浄屋に帰ってきた。
「むー」
「納得いってない顔をしてるな」
「赤の魔術師のためにではなくて、このままだと村長以外の人たちにも害があるから心配しているのですよ!」
「リィナは優しいな」
そう言ってキースは私の頭を撫でてくれた。
それはとても気持ちが良かったのだけど、気持ちはまったく晴れない。
「……やっぱり、気になる」
「リィナならそう言うと思っていたよ」
苦笑したかのようなキースの声。
抗議のために肩を叩くと、さらに笑われた。
「キースさん」
「すまない。リィナがかわいすぎて、つい」
「どこがかわいいのですか! もう!」
恥ずかしくて頬が熱を持って赤くなったのが分かった。
「恥ずか死させる気ですかっ!」
「ふむ、リィナ成分が補充される」
「…………」
いやだから、リィナ成分ってなにっ?
私の恥ずか死はキースのなにかに変換されてるってこと?
それってどういう仕組みなんだろうか。
「いつまでイチャつくつもりにゃあ?」
「ぅ」
「急ぎましょう。特別にあの布のあるところに出るように扉の設定をしましたので、どうぞ」
フェリスに突っ込まれ、冷静にオルドが行き先を教えてくれた。
鍵を開けて扉を開くと、目の前に池らしきものが現れた。
「え? ここって……?」
ラウとフェリスと会ったあの池?
なんでここ? と疑問に思っていると、ガサガサと生け垣が揺れて、人が現れた。その人たちは私たちに気がつかなかった。
「ここで洗えって……? 毎回思うけど、どれだけ理不尽なことを言っているのか分かってるのか、村長は」
「仕方ないじゃない、これだけ大きな物を洗うには、ここか共同浴室しかないのだから」
「それなら共同浴室を使えばいいじゃないか」
「嫌よ! なんでこんな汚いものをあそこで洗わないといけないのよ!」
言い争っているのは、ここで働いている人と思われるふたり。ひとりは先ほど話をしたナルで、もうひとりはナルと同じネズミの獣人で男性。
どうやら洗う場所で揉めているみたい。
あの布だけど、あれがなにか分からないけど、かなり広かった。
だけどだ、タライみたいなものに入れて洗えば広げなくてもよくない? それかタライがない?
悩んでいたら、ようやくふたりがこちらに気がついた。
「え……? あなたたちは、先ほどの」
「はい、そうです」
「帰りましたよね? なのにどうしてここに?」
そう聞かれるのはもっともだ。だからなんと答えればよいのか悩んでいたら、先にはキースが口を開いた。
「その布だが、気になることがあって戻ってきた」
「気になること?」
「洗おうと濡らしたら赤いなにかがにじみ出てきた。その赤い水を調べたのだが、なにか分からなかった」
「赤い、水……?」
「そうだ。その布は見た目は赤いが、調べると茶色の布となっている」
キースの説明にナルは少しの間、黙っていた。それから意味が分かった途端に布が入っている袋を投げ捨てた。
どさり、と地面に落ちた音がした。
「ひぃぃぃ」
ナルは真っ青な表情で後ずさった。
「あ、赤い、っのはっ!」
ガタガタと震えているナルに、キースは特に顔色も声音も変えず、口を開いた。
「この布を赤く染めているのが血だと思ったのか?」
「ひ、ひぃぃぃ」
「キースさんっ」
いくら相手がNPCでも、脅すのはよくないと思うのですよ。
「あぁ、悪気はない。すまなかった。……この赤いのだが、錆臭いし、赤いから血だと思われるのだが、『鑑定』してもこれがなにか分からない。ただ、このまま黙って洗うのはよくないというのは分かるよな?」
「……ひっ、は、はいぃぃ」
ナルは完全にキースのことも恐怖の対象になってしまったようだ。
「でも、キースさん。この布だけではなにも出来ないですよね?」
「あぁ。これひとつだけが証拠とするには弱いのは分かっている。そうでなければ出してこなかっただろうからな」
そこまで考えているのか分からないけれど、これだけだと証拠にはならないのは確かだ。
いや、そもそも証拠ってなんの?
これが人の血を吸った布であるとは限らない。
だって赤い血は人間だけではない、はず。
それか、血だと錯覚させるために鉄臭く感じるように鉄を入れた、とか?
……だけど、そう誤認させる意味は?
むしろ、逆なら分かるのだ。血を別の物だと思わせようと細工をしたというのなら。
「これが血なのか、なにか別の物かはともかくとして、どうして捨てないで洗うように言ってきたのか」
「バレそうだったから、証拠を隠滅させるため?」
「それならばお得意の魔法とやらで燃やしてしまえば布ごと証拠を消せるよな」
「……確かに」
私たちはあまり赤の魔術師のことを知らない。
直接、会ったことはあるけど、嫌悪感が先立って話をしようと思えなかった。
……あれ、もしかしなくても?
「赤の魔術師が洗浄屋に来たのって、もしかしなくてもこれを洗ってほしくて?」
「──あぁ、それはあるかもしれないな」
そういえばどういう状況で来たのか、思い出してみることにした。




