第百八十五話*《二十五日目》村長の屋敷は相変わらずチグハグだった
まずは証拠の布をどうするかという話になったのだけど、濡れたままでは持っていけないので、赤い水をできるだけ回収してから、『乾燥』を掛けることになった。
問題はこの赤い水をどうやって回収するかなんだけど、どこからかヘラとちりとりが出てきた。
地面がデコボコしているので思うように掬えないのだけど、四苦八苦してどうにかそれなりの量を確保できた。
透明なビニール袋に入れると、かなり濁った色をしているのが分かった。
「……布もかなり汚れていたみたいだから、汚いですね」
「リィナ、その袋、オレが預かろう」
「にゃ? ……はいにゃ」
なんだか良く分からないけど、キースにお任せしよう。
正直、これをインベントリに入れるのはかなり抵抗がある。だからキースが受け取ってくれて助かった。
しかもあの謎の布も一緒に預かってくれた。
「さて、行くか」
そう言うなり、私のことをなぜか抱きあげたのですけどっ!
「キースさん~ぅ?」
驚きのあまり、声が変に裏返ってしまった。
「なんでいきなり抱きあげるのDeathかっ!」
「なにか問題か? あと、さりげなく殺そうとするな」
これって問題がある、なしではなくて、抱きあげることがそもそもおかしいと思うのですよ!
「ほぼ一日、触れ合えなかったから、補給中だ」
「補給って……。なにをですか」
「リィナ成分」
あの、だれか私に分かるように説明してくれませんか? 私の成分ってなに?
「降ろしてください」
「無理」
嫌ではなくて、無理?
「オレはこのままリィナもろともログアウトしても問題ないぞ」
「ぅぅぅ、毎回、それで脅しを掛けてくるぅ」
その前に私まで強制的にログアウトさせられるって、それって可能なの?
「……自分以外の人をログアウトさせられるの、信じた?」
「無理矢理ベッドに押し倒せば可能……だということに気がつきました」
「気がついたか。……だから宿はいくら仲が良くてもひとり一部屋にしておくようにと言われている」
「ぇ。マリーちゃんたちは三人ですし、私たちもふたりじゃないですか」
「ひとり一部屋を推奨といわれてるだけだ。強制ではないから安心しろ」
そんな話、初めて聞いたのだけど。
というかだ、知っていたのならなにも私の部屋に押しかけてこなくても……。
いや、キースのことだから、分かっていてやったに違いない。
「相変わらずですね」
「何事に対しても何手も用意するのは普通だろう」
そんなことを考えて動いている人っているのだろうか。
……目の前にいるけど、他の人で。
楓真はそうかもしれない。
「……私の周りって油断ならない人が多かったのね」
「それは心外なんだが」
「楓真は言葉巧みに自分の思いどおりに周りを動かしますし、キースさんはそもそも存在自体がチートですし」
「チートな存在ってなんだ」
「そのままです」
気がついたら従っているというか、それさえも気がつかされないって、チートすぎる。
「そんなチートを持っているのに、今までも生き残ってるところもやはりチート……。あぁ、マズい場面になったらそのチートを生かして生き延びてきたのか!」
うん、なるほど納得!
「チートというのは違うが、あとはおおむね合っている」
「Deathよねぇ」
「……だから殺すなと」
「いちいちツッコむ辺り、律儀ですね」
結局、キースに担ぎあげられたまま村長の屋敷についてしまった。
三度目の屋敷入口は、やはりエルフのおにーさんが和風な甲冑を着て立っていた。
相変わらずのミスマッチ。
とはいえ、この人たちが悪いわけではないし、ましてや原因になった出来事も含めて、悪いのはすべて赤の魔術師な訳で。
なにか良く分からないけど、色付きの魔術師は塔で暮らすことをになっているのに、それを守らないで外に出てきているのだからそれだけでも迷惑なのに、さらにこちらからなにか要望を言うと気に入らないからって呪いを掛けるとか、理不尽の極まりが半端ないのですけど。
……とここで憤っても解決にはならないわけで。
「こんばんは。あの、村長さんはご在宅ですか?」
「あぁ、あなたは……。在宅してますが、かなり怒ってまして」
「私に対して?」
「はい。その、座敷わらしさまと幸せを運ぶ水色猫さまを持ち出したと」
「……あぁ」
座敷わらしはラウで、水色猫はフェリスのことか。
「でも、本人たちの意思を尊重した結果ですし」
私の言葉に門番のふたりは顔を見合わせた後、ふたりしてズイッと詰め寄るように近寄ってきた。
な、なにっ?
驚いてキースの首にかぶりつくように抱きついた。
耳元でキースがフッと息を吐いて笑ったのが分かった。
だ、だっていきなり近づいてきたら驚くに決まってるではないですか!
「リィナは相変わらずかわいいな」
「そ、そんな余裕ぶったことを言ってる場合ではなくてっ!」
「分かってる。……で、なんだ?」
私の身体をギュッと抱きしめてから、キースはたぶん睨みつけながら質問した。
キースの妙な迫力に押されているのか、門番のふたりは尻込みしているようだった。
「村長はオレたちとは会いたくないと面会拒否をしている、と」
「えーっと……」
門番ふたりはさらに近寄ってきて、コソッと私たちだけに聞こえるように口を開いた。
「実は昨日、赤の魔術師が来たのです」
「赤の魔術師が?」
「はい」
「それで、怖くなって自室で頭から布団を被ってガクブルしていると」
「……はい」
赤の魔術師か……。
私もあいつに会いたくないのよね。
とはいえ、この村長の屋敷がおかしくなったのはあいつのせいだし、この門番ふたりはとばっちりでこんな変な格好になっている。
まったくもって、困ったものだ。
「不本意だが、本格的に赤の魔術師の対応をしないといけないようだな」
「そうですね」
これが困っているのが私たちに対して好意を抱いている人であればもう少しやる気が出るのだけど、私たちのことを馬鹿にしている人が困っているってなると、やる気が出ない。
とはいえ、これを解決しないとラウも元の姿に戻れないし、門番のふたりもチグハグなままだ。
「村長に話が聞けないのなら、この屋敷の裏方を任されている人と話がしたい」
「屋敷の裏方……?」
「あぁ。できれば掃除などを担当しているもの、もっと具体的に言えば、今日、洗浄屋に洗濯物を渡した者と話がしたい」
「……それでしたら、どうぞ中へ入って直接話していただいてよいですよ」
と許可が取れたので私たちは中へ入った。
いい加減、降ろしてほしいのだけど、キースはずっと私を抱えたまま。かなり恥ずかしい。
キースは地図を見ながらいつも洗濯物を受け取っているところまで向かってくれた。
そこに行くと、ちょうど人がいた。
「あの、すみません。洗浄屋の者なのですが」
そう声を掛けると、キースと私を見て目を丸くした。
その人は茶色の丸い耳をした女性だった。この耳の形はネズミ?
「あぁ、よかった!」
ん? よかった?
「今、連絡をしようとしてたところだったのです!」
「もしかして、茶色い……?」
「そ、そうです! ……その、あれ、見ました?」
「見ました」
「だからいらっしゃったのですよね?」
「まぁ、そうです」
私の返事に、ネズミの女性は大きなため息を吐いた。
「あぁ、名乗っていませんでしたね。あたしはナル。ここで働いて十年になるかしら? サブリーダーです」
「私はリィナです。この人はキースです」
「ご丁寧にありがとうございます」
キースに抱きかかえられた状態ではあったけど、会釈をした。
「それで、あの布は」
「持ってきてます」
「そうですか」
「あのぉ」
布を返したほうがよいのか分からなかったのだけど、どうして赤い液体が出てきたのか気になって聞くことにした。
「あの布を洗おうと濡らしたら、ですね」
「ぬ、濡らし……ました?」
「えぇ、洗うには濡らさないといけませんから」
「……それでは、見てしまいましたね?」
「え……えぇ?」
「……見られてしまったのなら、お話ししなければなりませんね」
そういってナルは大きなため息を吐いた。
「昨日、ここに赤の魔術師が来た話は?」
「聞きました」
「昨日は夜に宴会があったのです」
それで色々な洗濯物があったのか、と納得した。
「宴会の終盤、みなさまがいい感じに酔ってきた頃に事件が起きました」
「事件」
「はい、事件と言わずにあれをなんと言えば良いか」
ナルは大きな目をクリクリさせながら語り出した。




