第百八十一話*藍野家、独占欲が強すぎぃ
フィニメモからログアウトしてきました。
VR機から出て隣の麻人さんを見ると、まだログインした状態だった。
心春さんとはいつでも連絡が取れるように連絡先を交換していたので、麻人さんにも同報でメッセージを送った。
するとすぐに返信が来たのだけど、なぜか私だけにだった。
ん? なんで?
疑問に思いながらメッセージを見て、どうして私だけだったのか納得した。
こはる:上総さんに抱き殺される……!
あー……。
それはかなり大変なことになっているようですね。
こはる:上総弟には内緒で!
りな:むしろ麻人さんに言ったほうがよいと思いますけど
こはる:仕事はかろうじて出来てるけど、ずっと在宅を余儀なくされてます
りな:そこは仕方がないかと
こはる:莉那ちゃんまでそんなことを言うのね!
りな:心春さん、そちらに行ってもいいですか? 今、どこですか?
こはる:上総さんの家にいます
りな:麻人さんと一緒にそちらに行きますね
こはる:莉那ちゃんだけは無理?
りな:上総さんで分かっていると思いますけど、残念ながらそれは不可能です
こはる:莉那ちゃんは達観してるのね
りな:達観というか、諦めてます
そんなやり取りをしていたら、麻人さんもログアウトしてきたようだ。VR機から出るなり、抱きしめてきた。
「で、心春は?」
「上総さんに抱き殺されるという悲痛な声が」
「……あぁ。想定内だ」
「今、上総さんの家にいるみたいなんで、行ってもいいかと聞いてます」
「心春だけこちらに来いと言っても上総が許さないだろうから、それが正解だな」
今さら言ったところで仕方がないんだけど、どれだけ独占欲が強いのかと。
「上総に聞こう」
「ぇ。大丈夫ですか?」
「そこまで狂ってないだろうから、問題ない。俺は家の外で待っているから、莉那だけ中に入って心春に一連のことを伝えてほしい」
「あいにゃ」
それもだけど、心春さん自身へのフォローも込みね、これは。
まったくもって、手の掛かる。
上総さんはもっと理性的なのかと思っていたけど、麻人さんより酷いとは。
「……心春が上総に心を開かないからだろうな」
「んにゃ?」
「オレも上総と一緒だから分かる。身も心も手に入れたいと強く願っているからな」
ひぃぃぃ、やだなにこわい。
麻人さんが上総さんに連絡をしてくれたみたいで、心春さんからメッセージが届いた。
こはる:莉那ちゃんだけ家に入っていいと上総さんから連絡がありました
りな:それでは、今からそちらに向かいます!
「心春さんから許可が来ました」
「分かった」
上総さんのおうちは麻人さんのおうちの横だから歩いて行けるのだけど、麻人さんは上総さんのおうちに入れないために外で待つことになる。さすがに玄関の前で待っているなんてことは出来ないから車で移動となった。
なんで血縁者の麻人さんがおうちに入れないのやら。
「オレは藍野家の変わり者と言われているからな」
「変わり者?」
確かに麻人さんは変わってると思うけど、藍野家でも変わり者なの?
「いつからだろうな、伴侶が出来るとテリトリー内に他人が入ることを嫌がるようになったんだ」
「……動物?」
「あぁ、動物の縄張りと一緒だな。伴侶と同性だとまだ緩いんだが、血縁者は性別問わず拒否となる」
「まさかそれで一人一軒?」
「あぁ、それが一番大きい」
なんかもう、この人たちおかしいとしか言えない。
「上総と陽茉莉はあからさまだろう?」
「そうですね。陽茉莉ちゃんはフィニメモにもログインしなくなりましたし、夕飯も食べに来なくなりましたね」
「陽茉莉は莉那に楓真を盗られると思ってるんだろう」
「えぇっ! あり得ないでしょう!」
「楓真の態度を見れば分かるだろう。激シスコンだからな」
「……あぁぁ」
「ちなみにオレも陽茉莉の家は出禁になっている」
「なんでっ?」
「楓真を盗られるからだろう」
元伴侶だからか。
いやそれより、陽茉莉さま。楓真を盗られるって……。
しかも片方は楓真と同じ同性で身内、私は楓真の実の姉。麻人さんが楓真を盗るってのは前科があるので分かるけど、元だから大丈夫よ、たぶん。
「独占欲、強すぎません?」
「そうだな。……だからオレは変わり者と言われてるんだ」
「麻人さんも独占欲が強すぎですよ」
「そうかもだが、まだ莉那は自由に動けていると思うが?」
「え、これでっ?」
なにそれ、藍野家、こわい!
「それでは、心春のこと、頼んだぞ」
「はいにゃ?」
「心春はオレにとって義理とはいえ姉で、楓真は弟だからな」
「なるほど。……そういう態度がきっと上総さんと陽茉莉ちゃんに嫌がられてるというか」
「だろうな。だが、だれかが気に掛けないとふたりを失うことになりかねん」
藍野家、どれだけ闇深いの。
車から降りると、そのタイミングで玄関のドアが開いた。
ドアの向こうには憔悴した心春さんがいた。
「心春さん」
駆け寄ると、かなりホッとした表情になった。
「来てもらってごめんなさい」
「いえ、すぐそこですから、問題ないです」
麻人さんが心配そうにこちらを見ていたので、大丈夫という意味で手を振っておいた。
心春さんに促されて家に入り、すぐ側にある部屋に通された。
心春さんと向かい合わせでソファに座った。
「なにか用件があって連絡をくれたのよね?」
「それを先にお話します」
私は心春さんにフィニメモ内で起こっている問題を話した。
「……その件ね。今週に入ってからかなりの件数の連絡をもらっているの」
「運営側は把握していた、と」
「えぇ。恥ずかしい話なのだけど、転職アイテムの仕様について、プレイヤーから問い合わせが来て初めて把握したのよね」
「ぉ、ぉぅ。βテストのときには問題にならなかったのですか?」
「そう、そこなのよ。今、開発に問い合わせをしているところです」
「それで、アイテムの仕様変更は?」
「すぐにしたいところなんだけど、これまた恥ずかしい話で、人手が足りてないのよね」
「もしかしなくても、ミルム事件が尾を引いています?」
「もしかしなくてもそうです。あれでショックを受けた人が多くて、かなり辞められてしまったのよね」
ミルム事件と名付けてよいのか分からないけれど、開発チームに所属していたぼくっ娘だ。AIを目の敵にしていて強制的にAIを切り離した挙げ句、切り離されたAIを元に戻すように訴えたプレイヤーだけではなく、運営まで無差別にBANしまくった人だ。
自分が書いた美しい(自称)コードをAIにぐちゃぐちゃにされたことで怒り狂ったらしいのだけど、だからって腹いせのように無差別でBANするのはどうかと思う。
まあ、当たり前だけど懲戒解雇され、無差別にBANをしまくったので会社から訴えられていると人生詰んだ状態みたいだ。
まぁ、自業自得よね。
「他のチームから急きょ人を借りて来ているんだけど、プレイしていて分かると思うけど、システムがものすごく複雑だからギブアップされまくってるのよね……」
運営の苦労話なんて知りたくなかった……!
「とはいえ、最優先で対応しないといけないから、まずは弓職で必須アイテムからトレード不可にして、他の職でも問題が起こってそうだから順次対応します」
「はい! よろしくお願いします」
私の返事に心春さんは大きなため息を吐いた。
「……次から次へと問題ばかりね」
「そ、そうですね」
そのことで指示を出してくると言って、心春さんは部屋から退出した。
そうなると私は暇になった。
ここのところ必ず側に麻人さんがいたから、いないことを意識してしまうと落ち着かない気持ちになった。
急な話だったからか、部屋にお茶などなにもない。
気を紛らわせるためにスマホを取り出し、気まぐれにフィニメモのことを検索してみた。
「……うーむ」
分かっていたけれど、賛否が極端に分かれていた。
ただし、いいと言っている人たちも口を揃えたかのように運営のことを褒めている人はいなかった。
あーあ……。




