第百八十話*《二十四日目》これでは転職が進められません!
土曜日です。
土曜日ですが、昨日と同じくらいの時間に起きて、ゆっくり朝ごはんを食べて、昨日と同じく居心地の良いソファに座らされ、今日はなぜか麻人さんが真横に来て、かなりの近距離というよりべったりと引っ付いて、用意されていた食後のデザートを麻人さん分まで食べさせられているのです。が!
「麻人さん?」
「なんだ」
本日の朝のデザートは、真っ赤に輝く朝採れイチゴ。大粒なので食べやすいように切ってあるのだけど、どこを食べても甘くてジューシーで美味しい!
実はイチゴは大好物なのでたくさん食べられるのは嬉しいのだけど。
「まぁたフィニメモへのログイン時間を午後にしようとしてますね?」
「さすがに今日は分かったか」
いやむしろ、これで気がつかなかったらどれだけ鈍感なのかと聞きたい。
「莉那さま、もう少しオレとこのままイチャイチャしてくれないか?」
「その心は?」
「……莉那を独占したい」
そう言いながら私の頬に熱い手を当てて少し潤んだ瞳で見つめてきた。
これが演技だって分かっている! 分かっているのだけど振り払えない。
「麻人さん」
「なんだ?」
「独占したいって、そんなに私のこと」
好きなの? と聞こうとしたけれど、なんていうの? 自意識過剰? と思って変なところで口を閉ざしてしまった。
「莉那?」
「……ぅ」
「どうしてだろうな」
「んにゃ?」
「楓真からいつも莉那の話を聞かされていたのだけど、その度に心がザワザワしていた」
楓真はどうして麻人さんに私の話なんてしていたのっ?
……自慢か! 麻人さんに私の自慢話をしていたのか!
自慢話って、一体なにがあるのだろうか。楓真から私を見ると、自慢できることなんてなにもないと思うのだけど。
父といい楓真といい、陸松家男子、怖すぎ。
「だから逢いたいと思っていたから楓真に逢わせてほしいと何度か言ったんだが……」
「麻人さん、楓真からなにを吹き込まれたのですか」
「吹き込まれたというか、莉那がかわいいだとか、尊いだとか、そういった話だ」
「……楓真、なに話してるの」
身内のひいき目にかわいいというのはまだ分かるのよ。尊いってなに、尊いって!
「実際に逢ってみて、楓真が言っていたことがよく分かった」
「さようでございますか」
麻人さんまでおかしなことを言い始めたぞ。
これはどうやら陸松家のせいではなくて、母の明月院家のせいだ。
……なるほど、父と楓真は陸松家男子の『好意を持っている女性に対してのチャラい言動』をとってしまう呪いと、明月院家の『本来より魅力が増し増しになる』呪いが合体してとんでもないことになっているということか。
そして麻人さんには明月院家の呪いが掛かってしまっている、と。
「……呪いって怖い」
「呪い?」
「いえ、独り言deathっ!」
「殺すな!」
危ない、危ない。
心の中に留めておこうと思っていたのに、思いのほかあふれてしまって口に出してしまった。
「ということで、麻人さん」
「なんだ」
「フィニメモにログインっ☆」
◇
どうにか午前中にログインできました。
が、あまり時間がない。
「キースさん」
「なんだ」
ログインと同時にベッドから転げ落ちようとしたらキースに阻止されて、現在、抱きかかえられている状態。
それを気にせずにフェリスは首に巻き付き、イロンはベッドの横にふよふよ浮いている。
「昨日の転職に必要なアイテムが出るという場所の様子を見に行きませんか」
「行ってもいいが、今日もいたらどうするんだ?」
「いたら諦めて別の場所に行きましょう」
「分かった」
昨日の場所に直行してみたのだけど……。
『いるな』
『そんなに該当のアイテムって出ないのですか?』
『やってないし、攻略も見てないからなんとも言えない』
『今日もいるということは、出にくいのかもですね』
『そういえば、なかなか出ないとは聞いたが、半日、一日かかるものではないみたいだな。だからもしかしたら複数人のアイテムを集めているのかもしれない』
『転職アイテムってだれでもゲットできるのですか?』
『そんなことをしたら、力を持ったヤツが占拠して他のプレイヤーが直接ゲットできないようにして、アイテムを高値で売りつけるという商売をやりそうだから、それはないはずだ』
『そのアイテムってひとつでいいのですか?』
『ひとつでいいんだが……。もしかしなくてもあいつら、そのアイテムがトレード可能だからゲットしたら別のプレイヤーに渡して延々とアイテムを入手しているのか』
うわっ、それやってそう……!
『あり得るな。……システムの穴を突いているな』
それはそれで仕様が間違っていると思うのだけど……。
なんでトレード不可にしなかったのか。
仮にトレード可にしていたとしても、一人一つになんでなってないの。
『弓は戦争で有利だと言われているから、あいつらは弓職を量産する気なのかもしれないな』
『まさかそのために大量にアイテムをゲットしてそれで釣って血盟員を増やしているとか?』
『……なるほど、そういうことか』
それからキースは唸って、しばらくなにか考えていた。
そしてなにか結論を出したのか、私をジッと見てきた。
『リィナ』
『はいにゃ?』
『洗浄屋に戻ろう』
キースは私の同意を得ないまま、『帰還』を唱えて戻ったら扉前。そして無言で私を担ぎあげた。
「にゃっ?」
「ログアウトする」
「なんでですかっ!」
「昼を食いながら心春を探す」
ようやくキースの意図が読めた。
ゲーム内で話をするのなら自室か台所。だけどそろそろお昼の時間だからログアウトしてお昼を食べながらの方が効率がいいってことなのだろう。
キースの意図は分かったのだけど、室内でなんで担ぐ必要が?
「ログアウトをするのは分かりましたけど、どうして担がれなくてはならないのですか?」
「単に担ぎたかったから」
「はぁ」
相変わらず分からない人だ。
「キースさん、リィナリティさん」
キースが私を担いだからなのか、肩から宙へ移動したオルドが口を開いた。
「あの、先ほどの人たちですが」
「あぁ」
「転職のシステムから連絡がありまして、挙動がおかしなプレイヤーがいるから監視をしている、とのことでした」
「転職の、システム……」
「それぞれの仕組みにそれぞれのシステムが居ますから」
これだけのゲームであるから細々としたシステムが多数集まって成り立っているのだろう。普通にプレイしていればあまり気にする部分ではないけれど。
「オルド、システムに伝えてくれるか」
「はい、なにをでしょうか」
「そいつらを引き続き監視してほしい。出来るのならばそいつらのアジト内の監視もお願いしたい」
「アジト、ですか」
「あぁ」
「分かりました、伝えます」
「いつもは別々でやっているのだろうが、今回は関連システムで連携してやってほしい」
「はい」
別々で見ていて、情報を連携してなかった場合、重要なことを見落とす可能性があるからだろう。
「後は……。アイ、AI側でなにかおかしな動きはないか?」
「ないのだ」
「それなら良かった。おかしなことがあれば、知らせてほしい」
「ラジャなのだ!」
キースは逡巡して、歩き始めた。もちろん私は担がれたままだ。どうにも据わりが悪いというか、居心地が悪い。
部屋について、キースはようやく私を降ろしてくれた。
「リィナ、先にログアウトして、心春に連絡を取って欲しい」
「にゃ? キースさんは?」
「ももすけにメールしてからログアウトする」
「あいにゃ」
ベッドに横になると、キースがなぜか頭を撫でてきた。
「それでは、後ほど」
私は身体を仰向けにして、静かに目を閉じた。




