第百七十三話*《二十二日目》なんとご近所さまっ?
さて、夜の部ですよ、と。
ログインして、まずは台所へ。
そっと中を覗くと、クイさんがいた。
前だったらそのまま入っていたのだけど、ここ最近、あいつがいたからかなり警戒してしまう。
クイさんは私に気がついて、手を振ってくれた。私も同じように手を振り返したのだけど、入るのをためらってしまう。
「リィナ?」
「あいにゃ?」
「なんで入らない?」
「ぇ、と」
「赤の魔術師ならいないぞ」
後ろからキースがそう言ってくれたけど、だって、ねえ?
魔法で隠れてるなんてこともあり得るから、つい。
「リィナ、大丈夫だよ」
とクイさんも言ってくれたので、恐る恐る入った。
台所に入るのはとても久しぶりのような気がする。
私のあまりにも用心深いというか、オドオドした態度を笑われるかと思ったら、そんなことはなかった。
「リィナ、助かったよ」
「にゃ? なにが?」
「あの辛気くさい男がここに入れないようにしてくれて」
「あぁ、それね。オルドにお願いしたの」
「そうだったのかい。オルド、ありがとね」
「え、いえ! 仕事をしたまでですっ!」
とはいうけれど、いくらお願いしてもやってくれないってこともあるからね。
「いやぁ、ほんっと、まいったよ。あいつは何様のつもりなのか、あれがほしい、なにが食べたい、飲みたいと要求ばかりしてくるのさ」
「……な、なんというか、大変に申し訳なく……」
「リィナが謝ることではないさ」
「そうかもだけど」
むむっと顔をしかめていると、キースが頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた。
「リィナの気持ち、オレもよく分かる。だが、リィナが気に病むことはないぞ。悪いのは赤の魔術師だ」
「……うん」
キースに背中を押されて、さらに中へと踏み込んだ。
中は一階から二階に移動したせいで部屋の形が変わっていて、それに伴って模様替えされていた。
「台所が二階になったから不便になるかと思っていたけど、そうでもなかったね」
「クイさんたちに相談しないで決めて、ごめんなさい」
「いや、問題ないよ。ここのオーナーはリィナなんだからね」
「ありがとう」
私たちは二階だけで済むけれど、クイさんたちは一階の店舗でも仕事があるのだから大変だ。
クイさんは私たちにお茶を淹れてくれた。
久々のクイさんのお茶は相変わらず美味しい。
「ところで、キースさん」
「ん、なんだ?」
「だれかは分かりませんけど、取り引きをするんですよね?」
「あぁ。するが、向こうはまだログインしてないようなんだ。大体の時間は聞いているし、取り引きをするのはこの世界樹の村だ」
「たからここでのんびり出来ているのですね」
「そうだ。ログインしたら向こうから連絡が来る」
ということなので、クイさんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、キースとクイさんと話をしていた。
「やらかし三人組は相変わらず狩りに出てるのか?」
「出ているよ。今はフーマたちの経験値を稼いでいると言っていたよ」
「……ぇ、それもありなの?」
「どうだろうねえ? リィナの経験値はもう稼がなくてもいいと言っていたから止めるのかと思っていたら、狩りが楽しくなってしまったようでね」
「……はあ」
「プレイヤーの邪魔にならないように気をつけて狩りをしてるみたいだから、大目に見てくれると助かるよ」
「ぉ、ぉぅ」
まあ、そもそもがここはゲーム。
そういったことが駄目ならば出来ないはず。出来るということは、仕様的に問題ないと考えていいのだろう。
まあ、出来るからといってやっていいわけではないこともあるけどね。
聞かなかったことにしよう、うん。
クイさんからはエリアごとに獲れる野菜や果物、ハーブ類のことを聞き出したり、洗濯屋のスキルについて教えてもらったりとなかなか有意義な時間を過ごした。
「……連絡が来た」
一通りのことを聞いて、お茶を飲み干したところでキースがそう言った。
キースもお茶を飲み干したのを確認して器を受け取り、洗って片付けた。
「世界樹の周りで待ち合わせにした」
「あいにゃ」
クイさんにお礼を告げて、扉へ向かった。
鍵を開けて扉を開くと、世界樹が見える裏路地らしきところに繋がった。
左右を見て問題ないことを確認して、足を踏み出した。
振り返って、扉が閉まって消えたのを見守ったところにキースが手を繋いできた。
ゲーム内で当たり前のように手を繋いでいるけど、これってどうなんだろう?
……ま、まあいいか。
夜とはいえ、世界樹の周りには相変わらず人が多い。
中には高レベルっぽい人たちがいて、なにやら声を掛けているみたいだ。
「血盟の勧誘だな」
「勧誘……。って、キースさんはどこかに所属は?」
「しているように見えるか?」
「フーマはそういうところは抜け目ないからどこかに入っているのかと思ってましたけど」
「勧誘はいまだにひっきりなしに来ている」
「そうなんですね」
「だが、入るメリットがない」
メリット?
はて、血盟に入るメリットとは?
「リィナ、つかぬことを聞くが」
「はいにゃ?」
「血盟がなにか分かっているか?」
「分かってませんっ!」
「やはりか」
そう言って、大きく息を吐いた。
「説明を、と思ったが、向こうがこちらに気がついたようだな」
キースの視線をたどっていくと、ふたりの男性が立っていた。
ひとりは見覚えのある人で、もうひとりは見た覚えがあるような、ないような。
男性ふたりが近づいてきたところで、なぜかキースによって、背後へと押しやられた。
「よ、キース」
「久しぶりだな」
声を聞いて、思い出した。
「ももすけさん!」
前に見たときはごっつい装備だったので見た目だけでは分からなかったのだけど、特徴的な低音で分かった。
「オレの後ろから出るなっ」
「なんでですかっ!」
「こいつら、すぐに血盟に勧誘するからなっ!」
「おいおい、見境なしに勧誘しているようなことを言うな。こちらにも選択の自由がある」
ま、まあそうなんですけど。
「それより、周りから注目を集めていることに気がついてるか? 移動しよう」
と、ももすけさんではない男性の指摘に、私たちは移動することになった。
ももすけさんに先導されて着いたところは、なんと洗浄屋の近くだった。
思わずキースと顔を見合わせてしまった。
「こんなところになにがあるんだ?」
キースの質問に、ももすけさんはニヤニヤ笑っていた。
む? なに?
「おまえらは知らないかもしれないが、この辺りにはNPCが所有している建物がいくつかある。特定のNPCとマックスまで仲良くなると、NPCが所有している建物を譲ってくれることがあるんだ」
「ほう?」
なにそれ、初耳なんですけど!
「それで、ここにいる副盟主であるケンタムが建物をゲットしてくれたんだ」
ももすけさんの隣に立っている人はどうやら副盟主だったらしい。
「血盟シトレアの副盟主のケンタムと申します。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げられたので、つられて頭を下げた。
「ケンタムはキースのことは知っているよな?」
「はい」
「で、そこの紅髪の嬢ちゃんがキースの嫁のようだ」
「そうですか」
嫁はともかく嬢ちゃん……。
私って幼く見えるのかしら?
「ということで、許可した者しか入れない場所となると、ここしかなくてな。少し手狭かもだが、我らのアジトへ行こう」
そうして招かれたのは、なんと洗浄屋の横の建物だった偶然。
ということは、このあたりはNPC所有の建物で、所有者と仲良くなると建物をゲットできるってこと?
キョロキョロと見ていると、なぜかももすけさんに笑われた。
むぅ。




