第百六十九話*《二十二日目》拠点の模様替え
水曜日もひたすら狩りをしていただけなので省略です!
さて、正式サービスが開始してから三回目のメンテナンス。初回は散々だったけど、二回目は問題なかった。
三回目の今回は洗浄屋の模様替えがあるので、かなりドッキドキだ。
ログインする前に確認しておくことがあったのを思い出して、ヘルメットを両手で持ったまま、口を開いた。
「麻人さん」
麻人さんはすでにヘルメットを被っていたのだけど、おもむろに取ってくれた。
「すみません、ちょっと今、確認しておかなくてはならないことを思い出しまして」
「あぁ、問題ない。それで?」
「洗浄屋ですが、一階と二階と切り離せるようにしたではないですか」
「したな」
「最初に拠点が移動できるようにするって話があったように記憶しているのですけど、あれ、どうしますか?」
私の質問に、麻人さんはしばらくなにかを考えていた。
「あぁ、それなんだが。……楽しみにしておいて」
「にゃ?」
どういうこと?
「莉那が一階と二階に分けてくれたからな」
むむ? もしかして、もしかしなくて?
「それでは、先にログインしている」
「あいにゃっ!」
麻人さんはヘルメットをギュッと握って、感極まったようにきつく目を閉じて天井に顔を向けていた。
ん?
「……莉那が誘惑をしてくる」
「そんなつもりはないですからね?」
最近ではこれは『発作』だと思うことにした。
っと。
先にログインしちゃえ。
◇
ログインしました。
フェリスは首に巻き付き、イロンはインベントリから飛び出すと私の頭の横にふわふわと浮かんだ。
部屋の中は特に変わりはないように見える。
確認していると、いきなりガシッと身体全体を包まれた。
「ぅにゃぁっ!」
「リィナ、かわいい」
スリスリと頬ずりされたのですけどっ!
「あ……、キースさんっ!」
「なんだ?」
「その頬ずり、止めてくれますか?」
「やDeathっ!」
うぅ、すっかり真似されてる……。
「拒否しますっ! ってハラスメントボタンを押しますよ?」
「……それは困る」
名残惜しそうにしながら、キースは離れてくれた。
はぁ。
「さて、と。オルド?」
「はい、呼びましたか?」
「例の件はどうなった?」
「はい、問題ないですよ。外に出て確認してください」
そう言ってオルドは定位置であるキースの肩の上にちょこんと乗った。
「それでは、外に出て確認するか」
ベッドから降りて、部屋を出た。
部屋の外も見慣れた廊下で変わりはない。
変化があったのは、階下に行くための階段のあった場所。
階段がなくなって壁になっていて、扉がついていた。
「開けても問題ないか?」
「ないですよ」
オルドに確認したキースは私に視線を向けてきた。
「んにゃ?」
「開けてみろ」
扉を見ると、それは部屋に続いている扉というよりかは玄関のようだった。
鍵穴はドアノブを挟んで上下にふたつあった。
「あ、開ける前に。これを」
オルドはどこから取り出したのか分からないけど、紐を二本取り出し、くちばしでつまんでいた。
キースはその紐を手にして、オルドから受け取った。
「これは?」
「ここの鍵です」
言われて改めて見ると、紐だと思ったものは輪になっていて、銀色に鈍く光る鍵がぶら下がっていた。
「首からさげておけるように紐を付けておきました」
「これはインベントリに入れない方がよいということか?」
「入れてもいいですが、いちいち取り出すの、面倒ではないですか?」
「なるほど、そういうことか。ありがとう」
「オルド、そんなことまで気にしてくれたのね、ありがとう」
「いえいえ」
オルドは照れくさそうに羽で顔を隠していた。
「それでは、改めて」
オルドから渡された鍵で開錠して、ドアノブに手を掛けて、グッと押した。
「…………? 開かない?」
「リィナ、それは押すんじゃない、引くんだ」
「えっ? あははは」
出端からやっちまうなんて、格好悪い。
言われたとおりに扉を引くと、隙間から外の光が入り込んできた。
思っていたより眩い光に少し目を細め、グイッと力強く引いた。
扉の枠越しに見えたのは、一面の花畑だった。
「うわぁ、綺麗!」
すかさずスクショですよ!
一面に咲き誇る、紫色の花。
風に揺られてゆらゆら揺れているさまはとても綺麗だ。
「……リィナ、感動しているところ悪いんだが」
「ん?」
「それ、毒花だからな」
「にゃっ? にゃんだってぇ~!」
綺麗な花には毒がある。
まさしくことわざのとおりだったのですね、はい。
「リィナリティさん、この扉ですが、応接室の扉と同じですからね」
「へっ?」
「玄関の扉は内側からだと先ほどのリィナリティさんの動きのとおり、外開きです。ですがここの扉を引くようにしたのは、あちこちに繋げるためです」
「繋げるため?」
「はい。繋げた先がどこになるか分からないため、安全のため、扉を内側に開くようにして、扉の意図せぬ破損等ないようにしました」
「なるほど! ありがとう、オルド!」
オルドはさらに恥ずかしそうに両羽で顔を覆った。
「オルドもだけど、他のシステムさんたちにもありがとうって伝えておいてね」
「はい、承りました」
外を改めて見ると、毒花とはいうけれど、可憐で綺麗な花だと思う。
「それにしても」
「はいにゃ?」
「ここ一面、毒花なのか?」
「みたいですね」
「だれかが管理しているのか、これ。そうでないと、単一の花だけになるとは思えない」
「あー、まあ、そうなんですけど」
私が言葉を濁したことにキースは気がついたようだ。
「……そうだったな、ここはゲーム内だった」
「はい、そうなのですよ。私も油断したらここがゲーム内ということを忘れそうになります」
キースも同じように考えていたのが分かって、安堵した。現実と勘違いしてしまうほどフィニメモは再現度が高すぎるということだ。
「ここですけど」
そう言った後、オルドは少し遠くに視線を向けた。
「っ!」
私は反射的に扉を思いっきり押して閉めた。
扉に背を預けて、深呼吸をして急激に上がった動悸を治めようとした。
な、なんであの、少し暗い赤色のローブ。
──そう、赤の魔術師がいるの?
「今のっ」
「リィナ、素早いな。まあ、判断が一瞬遅れたらここに入り込んでいたかもな」
「怖いこと言わないでくださいっ!」
キースは楽しそうに私を見ているけど、私は楽しくないですからね!
「それにしても、なんであいつは絡んでくるんですかね」
メンテ前は洗浄屋に入れたから台所で待ち構えているとしか思えないことをやっているし、メンテ後は洗浄屋の店舗部分には入れたのだろうけど、台所は分離させたから前の場所からなくなっているし、入れないように制限がかかっているから入れなくて探しに来たのかもしれない。
探してたどり着いたのか、はたまた偶然だったのか知らないけど、それにしてもキモいし怖いっ!
「……あれ?」
「どうした?」
疑問に思ってマップを開いてみた。
マップの右上に今の居場所が書かれるのだけど、そこには『拠点一』と書かれている。
この中については細かいところは後で見るとして。
拠点内マップは一度閉じて、ワールドマップを表示させると私たちのこの拠点があるのは……どこだ?
「……世界樹の村?」
「まあ、そうなるな」
「移動拠点の話は?」
「リィナ、考えてみろ」
「なにを?」
「扉を開けば一瞬で行きたい場所に行けるのに、拠点を動かす必要はあるか?」
「……言われてみれば確かにそうなのですけど」
それでも、拠点が動くのってなんというか、ロマンだよねっ!
「……まさかと思うが、拠点が動いて攻撃までできるなんて思ってないよな?」
「おおお! それ、いい!」
「フィニメモはいつからロボットゲームになった?」
「ぅ」
キースはため息を吐いてから私を見た。
「ここを確認したら、狩りに行こう」
「あいにゃ!」
キースはやはりなにかを耐えるように握りこぶしをきつく握りしめていたけれど、またもやしぶしぶ諦めたようなため息を吐いて、私の手を取った。




