第百六十四話*《十八日目》アイの背中に乗って駆け巡るのだ!(ちょっとアイっぽく)
……メトゥスのせいで、まったりがぐったりになってしまった。
だからといって、このままログアウトするのは激しく悔しい!
「ということで」
「ということでというが、前提がなにか分からないんだが」
「今日の夜の部のテーマは『まったり』ですよ!」
「まったり……か」
キースはうろんな視線をこちらに向けて来たけど、なにがなんでも! まったりするのだ!
「別にフィニメモ内でしなくてもよくないか?」
「いえ! フィニメモ内ですることが重要なのです! それにログアウトしたらまったりなんてできませんよねっ?」
「オレ的にはいつもまったりしているつもりなんだが」
「キースさん、まったりの解釈を間違っていませんか?」
常に抱きしめられていて、あわよくばな状態がまったりとは言えないっ! 私の心臓は常にどっきどきですよ!
なので、あれがまったりなんてあり得ないっ!
「心外なんだが」
「心外なのはこちらのセリフですよ」
キースの言うまったりと、私が思うまったりはまったく違うと思うのですよ。まったく、まったり、とはっ?
「それで、リィナはなにがしたい?」
「狩りは今日の午後の部でお腹いっぱいなので……。だからといって、狩りがないクエストをするのって、なにかありましたっけ」
「この間のハーブを採ってくるって、終わってなかったよな」
「……そういえば」
ということで、ハーブを採りに行くことになったのだけど。
……はて、まったりってなんだっけ?
◇
応接室から直行で来たのは、前と同じ世界樹が見える草原というか、原っぱというか、そんなところだ。
前回は一時間ほどで飽きたので、今回もそれくらいをメドに引き上げようと思っている。
「それで、あとはなにが足らなかったのですか?」
「……なにも考えないでここに来たが、残りはここでは採取できないハーブばかりだ」
「そういえば、そんな話もあって早かったんですよね」
となると、さて、どうしたものか。
「そうだ、アイ」
「呼んだ?」
「呼んだ。ここでオレとリィナを乗せて移動する練習をしよう」
「そうだったのだ。あたしに乗る前に、騎乗スキルを覚えるのだ」
騎乗スキル?
それがあるのなら、馬にも乗れない?
「馬に乗るには、騎乗スキルの他に乗馬スキルと調教スキルが必要なのだ」
アイは先読みしてなのか、もともと言おうとしていたのか分からないけれど、そう追加された。
な、なるほど。
「騎乗スキルは乗り物全般に適用されるのだ。だけど馬だけ別で、乗馬スキルと調教スキルが必要なのだ」
「なにが違うの?」
「馬に乗るだけであれば、騎乗スキルだけで問題ないのだけど、快適に乗るためには追加で要る、とだけ覚えていれば問題ないのだ」
ふむ。
そういったもの、と覚えていればいいってことね。
「スキルが取れたなら、あたしに跨がるといいのだ」
アイの見た目は大型犬なんだけど、大人ふたりが乗れるの?
疑問に思いつつ、アイが伏せてくれているから跨がると、後ろにキースが同じように跨がって私の腰に腕を回してきた。
「アイ、いいぞ」
「それでは、身体を起こすのだ」
アイが身体を起こすと、ふわふわの毛が足にやんわりと絡みつき、地面から足が離れグッと視界が思っていたより高くなった。
「わわっ!」
「動くな」
アイの背中から落ちるかと思ってアイの背中の毛をつかんだら、後ろにいるキースが私の身体が落ちないように調整してくれた。
ひとりで乗るのも大変なのに、なんで人の調整までできるの。
ほんと、どういう運動神経をしているの。
「問題なく乗れた?」
アイの問いに、アイの背中の毛を鷲掴みにしてぷるぷるしながら口を開いた。
「キ、キースさん、離さないでね?」
「それなら問題ない。リィナが離せと言っても離さない」
それなら問題ない、ということにして。
「た、たぶん大丈夫」
「分かったのだ。それでは、慣らし運転ということで」
そう言って、アイがゆっくりと移動しはじめた。
思ったよりは揺れないけれど、それはきっとゆっくりだからなのだろう。
これが速度が出たらどうなるのだろう。
「ゆっくりなら問題なさそうなのだ」
そう言って、アイは少し速度を上げたようだ。
最初は様子見だったからなのか、この広場を回っていたのだけど、ここから出ても問題ないと判断したのか、ここから出た。
ゆっくりだけど風景が流れていく。
「おぉ、すごい!」
歩くより速いけれど、走っているよりはゆったりとした速度。
私が落ちないのが分かったからなのか、アイの移動速度が徐々に加速されていく。
それに呼応するように、流れていく風景が加速する。
「おー、速いっ!」
「むやみにしゃべるとまた噛むぞ」
キースのありがたいアドバイスにグッと口を閉じた。
キースに抱えられて走り回ったとき、やたらと噛んだからね!
まだアイの背中の毛を離せないけど、後ろでキースが支えてくれているのと、騎乗スキルのおかげで問題なく乗っていられる。
世界樹を横目に、そしてしだいに遠ざかり、美しい草原を駆けていく。
日曜日の夜だけど、そこここに狩りをしている人たちがいる。
その人たちもあっという間に流れていき、次第に人が少なくなり、草原の草が伸びてきたからなのか、足の露出している部分に草が当たってくすぐったい。
こんなところまで再現がされているなんて。
アイは目的地があるのか、脇目を振らずに走って行く。
キースが止めないから、問題ないのだろう。
フェリスは私の首に巻き付いているので問題なく、イロンとオルドもアイの後ろからついてきているようだ。
アイはペースを落とすことなくまっすぐに草原を駆けていたのだけど、森が見えてきた辺りから森を避けるかのように緩く弧を描くように走っていた。
これくらいになると慣れてきたために余裕が出てきて、マップを呼び出して移動経路を後追いでトレースするようにしてみた。
あの空き地? から世界樹の村の横を通り、村周辺の草原を駆け抜け、森の手前で方向転換した先にあるのは……。
「川?」
私のつぶやきに、キースはすぐに気がついたようだ。
「アイ、どこに向かっている?」
「まったりできるところなのだ!」
アイは私がまったりしたいとずっと言っていたから、それができるところに連れて行ってくれるということみたいだ。
今は夜で、雲ひとつない空には三日月が浮かんでいて、さらには大量の星が瞬いていることに今、気がついた。
現実でこれを見ようと思ったら、灯りのないところにいかないと見ることが出来ない。
私が住んでいるところでは夜も明るすぎて、月は見えるけど星はかなり明るいものしか見ることが出来ない。
タッタッタッとアイが走る規則正しい音だけが聞こえる空間。
これだけでもまったりしてると思う。
それにしても、NPCにまで気を使わせているような気がする。
あ、でもアイはプレイヤーの接待担当って言っていたような。だからそういう役割なんだ、と思うことにした。
それほど経たずに、耳に川のせせらぎが聞こえてきたと思ったら、小川が見えてきた。
「着いたのだ!」
アイは足を止め、伏せてくれた。私の両足は地面に着いた。
キースが腰を支えてくれているので、ゆっくりと片足に重心をかけてアイの背中から降りた。
それほど長い時間、アイの背中に乗っていたわけではないけれど、やはり慣れないので、少しふらついた。
キースは私が降りたのを確認すると、スルッと降りた。
「なかなか良い場所だな」
「そうなのだ。この辺りのオススメデートスポットでもあるのだ!」
デートスポット……。
ここなら確かに人目を気にせずにいられる。
そんなところまで気を配ってくれるなんて、おぬし、なかなかやるな!
「ということで、しばしふたりでまったりするといいのだ」
アイはそういうとびっくりするほど高く飛んだかと思うと、私の首に巻き付いているフェリスの首をくわえて、するりと抜いた。
「にゃにゃっ?」
「ほら、少しの間、リィナリティさんとキースさんをふたりきりにしてあげて」
「……分かったにゃあ」
「イロンとオルドも」
アイに呼ばれ、イロンとオルドは無言で離れた。
「それでは、ごゆっくり」
アイは颯爽と私たちから離れていった。
「……………………」
フィニメモでふたりっきりになるのは久しぶりだ。
だからなんというか、変に緊張してしまう。
「リィナ、緊張してるのか?」
「き、緊張ってナンデスカネ? それって美味しいDeathか?」
「さりげなく殺すな」
いつものやりとりに、変に緊張しなくてもよいと分かって力を抜いた。
「……いいところだな」
「そうですね」
いつもどおりといえばそうなのだけど、キースが手を伸ばして繋いできた。
ぬくもりに、ホッとする。
それから確認してみたかったことがあったので、指先でキースの手のひらを撫でた。
「さすがに現実みたいにくすぐったくはないんだな」
私の意図に気がついてくれたキースの言葉に、思わず笑ってしまった。
「良く分かりましたね」
「フーマとの付き合いが長いからな」
「なんでそこでフーマの名が」
「おまえら、やることなすこと似てるだろうが」
「そ、そうかもDeathけど」
「まぁ、リィナのほうがかわいいけどな」
な、なんといいますか。
大変に反応に困ることを言われてしまった。
「弟のほうがかわいいと言われたら、キースさんの好みを疑います」
「ははっ、悪かった」
絶対それ、悪いと思ってない。
「いろいろと不甲斐ないが、ずっとよろしくな」
「……はい」
それから私たちは飽きるまで、手を繋いで小川のせせらぎと満天の星空を堪能した。




