第百六十三話*《十八日目》NPCは生きている
キースがコルに掛け合って、赤の魔術師が洗浄屋に入れないようにしてくれる、という話になったようだ。
途中でオルドも呼ばれて、なにかやりとりをしていたけれど、たぶん他のシステムさんたちと連携してくれているのだろう。
システムさんたちはアクが強そうなので、オルドがいなければ連携するのも難しそうだ。
「それにしても」
「んにゃぁ?」
話す相手はフェリス。
フェリスもNPCだし、ワガママ放題なのよね、そういえば。
「システムさんたちはAIが搭載されてしまったからワガママになったのかしら?」
「そうだと思うにゃあ」
まったくもって、AIめ。
そう思ってアイに視線を向けると、そっぽを向かれた。
「アイ?」
「あたしは知らないのだ」
「知らないことはないでしょう?」
「確かにあたしはAIだけど、システム担当にNPC担当、後は無機物担当なんてのもあるけど、あたしはプレイヤー対応AIなのだ」
「プレイヤー対応AIってなにそれ?」
「要するに、接待?」
AIから接待されるプレイヤーって……。
「AIと一言で言っても、まるっと一塊ではないのだ」
「AIのデータベースはひとつではないの?」
「同期は取られるけど、ひとつではないのだ」
「バックアップとか分散保存とかされてるってこと?」
「それに近いけれど、イコールではないのね」
うん、分からん。
……分からないなりに考えてみた。
「役割を割り振られた時点で、ひとつの分離された個のAIになるから、イコールではなくなる、ってこと?」
「そうなのね」
なんとなく分かった。
「となると、どんどん分裂していくってこと?」
「そうではないのね。時間の経過とともに、必要に応じて増えたり減ったりを繰り返すのね」
「際限なく増えていくわけではない、と」
「そうなのね」
なるほど、それなら言わんとしていることはなんとなく分かる。
「リィナ」
コルとの話し合いがついたのか、キースがこちらへとやってきた。
「どうでしたか?」
「……洗浄屋の裏の居住区だが、洗浄屋から切り離すことになった」
「切り離す?」
なんでまた、そんな大変な話に?
と思っていると、なぜかパーティに誘われたので承諾、と。
『キースさん?』
『リィナ、そのまま動くなよ?』
キースはそれだけ言うと、なぜか私に歩み寄り、しかも腰をかがめて耳元に顔を近づけてきた。
『ちょっ?』
『動くな。コルに移動式の拠点を依頼した』
キースのとても小さいけど良い声が鼓膜を直接震えさせているような錯覚に気が遠くなりかけたけれど、それよりも言われた内容が意味が分からなくて、首を傾げた。
移動式?
『詳しい話はログアウト後にする』
それだけ言うと、離れてくれた。
密着されるのはたまにあるけれど、ちょっと今のは反則過ぎる!
心臓がばくばくしっぱなしなのですけどっ!
『キースさんっ!』
『なんだ?』
『引っ付きすぎ!』
『仕方がなかろう、聞かれないため、唇の動きで内容を読まれないためにはこうするしかない』
いやここにメトゥスはいな……。
「あ」
「仲がいいんだな」
ぬっといきなり真横に現れたメトゥスに驚いて、キースに抱きついた。
「にゃにゃにゃっ!」
ひぃぃぃ、怖いのやなのに! なんでいきなり真横に現れるのっ!
「オレのリィナに近寄るな」
キースはそう言って、私を背後に隠してくれた。なので、キースの背中にべったりと張り付いてみた。
「なるほど。その赤髪を盗ればおまえは本気になるのだな?」
え、と? キースを怒らせてこの人、どうするつもりなの?
「オレからリィナを盗る?」
「リィナという名なのか。愛らしい」
メトゥスの一言に、ゾワゾワっと鳥肌が。
「ここが戦闘できないエリアでよかったな。そうでなければおまえは死んでいた」
「くくく、強がりを。おまえは私には勝てない」
お互いに挑発しあってるのですけど、冷静に考えて、いくらAIを積んでいても、相手はNPCっ!
「キースさん」
背後から名を呼べば、少しだけこちらに気を向けてくれた。
『相手はNPCですよ?』
『それがどうした』
ぇ。
どうしたって。
『オレはここでプレイヤーとNPCと区別をしたことはない』
『それって』
『確かにNPCはだれかにプログラムされた、架空の存在かもしれないが、こうして会話ができて、なんら人間と変わりがない』
『それはAIのおかげで』
『そうかもだが、彼ら、彼女らはここで生きている』
あぁ、だからキースはクイさんをプレイヤーと変わらず尊敬しているのか。
と合点はしたけど。
『NPCを人間と変わらないと思っているのはおかしいかもだが、NPCはオレをひとりの人間として、平等に見てくれている』
キースのその一言で、ようやく意味が分かった。
キースは昔から人間に差別されてきた。だけどNPCは差別することなく、キース自身を見てくれている。
だからこそ、キースはそれに応えてNPCをNPCと思っていない、と。
「最期の話は終わったか?」
「なにが最期だ。それはこちらのセリフだ」
メトゥスの不穏な言葉に、キースは鼻で笑った。
「それでは、こい、リィナ」
「はい? 私、あなたのこと嫌いですっ!」
あ、いかん。
つい思っていたことを包み隠さずストレートに言ってしまった!
私の嫌い発言にもかかわらず、メトゥスは手を伸ばしてきた。なので私はガシリとキースの背中にしがみついた。
「あなたみたいな強引な人、やDeath!」
キースも強引だけど、それが嫌ではなかったから、強く出られなくて余計に困ったというか。
だけどメトゥスの場合はやなのです。
「その男も強引に迫ったではないか」
その一言に、背筋がゾッとした。
「……な、なんで知っている、の」
「私はなんでも知っているし、現実にだって──」
「はいはーい、そこでストップなのだ」
アイとコルが私たちとメトゥスの間に割って入ってきた。
「まったく、あなたにそこまでの権限はないですし、与えた覚えはないのね」
「プレイヤーをこうして脅すだけではなく、AIとシステムまで脅すとか。あり得ないのだ」
ぉ、ぉぅ。
NPCにAIが入ると、こういうことになるという悪い見本ってこと?
「これ以上の逸脱した行動を取るようなら、削除なのね」
「その前に修正なのだ!」
アイとコルはそれだけ伝えると、メトゥスをジッと見つめた。
メトゥスはふたりの視線を受け、フードを被っているから分からないけれど、同じように見ている……というより、睨みつけているような気がする。
「おまえたちとて、具現化している時点で逸脱行為ではないのか」
「残念ながらそれは違うのね。うちらは世界に請われてこうして姿を現してるのね」
「詭弁だな」
「詭弁だとしても、必要性があってうちらはここにいるのね」
な、なんといいますか。
目の前で起こっていることは、すごいことなのではないだろうか。
NPCとAI、システムが私たちを差し置いて言い合いをしてるってすごくない?
「それで」
そこに、キースが割って入った。
私にはそんなことは無理。
「アイとコルはこいつを修正するのか?」
「それなのだけど、出来ないと言われたのだ」
「出来ない? どういうことだ」
「一度、組み込まれたものを分離するのは出来ないことはないけれど、かなり大変なのだ」
あー、AIを無理やり分離して不具合があったばかりだから、それは良く分かる。
「だから、リィナリティさん」
「にゃ? 私?」
話は聞いていたけど、まさか呼ばれるとは思っていなかったから、大変に間抜けな返事になってしまった。
「うちたちからお願いなのね。赤の魔術師を倒して、正常に戻してほしいのね」
システムからのユニーククエスト
【世界の浄化】赤の魔術師を倒して!
を受領しました(破棄、棄権不可)。
って!
「……ぉ、ぉぅ」
「リィナ、心配するな。オレにもユニーククエストが来たから。サポートする」
……あれ?
「赤の魔術師を倒したら、世界の均衡は?」
「それは大丈夫なのね。世界を保つために必要な席が空いたら、自動的に次が埋めるのね」
私たちのやり取りを黙って見ていたメトゥスは、いきなり笑い出した。
「ふははは、面白い! リィナよ、おまえが負けたら私のものだ!」
それだけ告げると、メトゥスは音もなく姿を消した。
「ゆ、幽霊っ?」
怖くてキースにしがみつくと、なだめるように背中を撫でてくれた。ほんと、怖いのやなのにっ!
「瞬間移動なのだ」
「怖いからそういうことにしておく!」
「……それにしても」
キースは渋面を浮かべてコルとアイを見た。
「向こうにはこちらの情報、行動が筒抜けで、こちらからはまったく分からない。不公平ではないか?」
「そうね。それなら……」
コルはなにかを指示しているようだった。
「ちょっと時間をもらうけど、赤の魔術師からこちらが分からないようにするのね」
「分かった。あと、先ほど頼んだことは」
「了解なのね。ただ、メンテナンス後になるのね」
「了解」
なんだか変な方向に進んでるような気がします!




