第百六十一話*内容がぶっ飛びすぎて理解力が追いつかない
食堂には、藍野三兄妹、陸松姉弟、そして……。
「彼女は僕の伴侶の湯越心春改めて藍野心春。僕と同じ二十八歳」
「ぇ、上総さんっ?」
「そして、君たちがやっているゲームのゲームマスターをしている人だよ」
フェラム……もとい心春さん? は上総さんの言葉にめちゃくちゃ焦っていた。
「さっき届を出して来たからね」
「はやっ」
藍野家の男子、早すぎぃ。
どう考えても上総さん、前から準備をしていたでしょ、それ。
「って。上総さん、藍野家の人になると働けなくなるって」
「うん、知ってる。けどね、AIを黙らせたからそこは大丈夫だよ」
そんなことができるのなら、私たちの時も……。
と思ったけれど、上総さんにそこを頼るのはなにか違うなと思って言うのは止めた。
「ちなみに麻人と莉那ちゃんの場合も出来たんだけど、麻人がいいって言ったから止めたんだよ」
「そ、そうですか」
チラリと麻人さんを見ると、不満そうに上総さんを見ていた。
「それ、言うなよ……」
「僕としては麻人たちもこちら側に来てくれるのは大歓迎だからね」
こちら側? ってなにっ?
「それより、上総さん!」
「うん、なんだい、心春?」
「夫婦別姓ですよねっ?」
「そういえば、そうだったね」
あー、なるほど。夫婦別姓の選択肢もあったのよね。
とはいえ、夫婦別姓も選択できるようにはなったけど、かなりの条件があって、あまりの厳しい条件なので、ほぼ死んでいる制度ではある。
基本は結婚する場合はどちらかの姓を選択しなくてはならないのだけど、どちらかに寄せることで選択しなかった姓が消滅してしまう場合や、相手がその家を継がなくてはならないため、相手の姓になることが出来ない場合など、いくつかの条件を満たさないと取れない。そのため、死に制度と言われている。
「ぇ、AIを黙らせたって」
「夫婦別姓をAIと話し合いの末に認めてもらったんだ」
AIと話すって。
「AIも心春が仕事を辞めると困るって言うから、別姓を承認してもらったんだ。ちなみに麻人と莉那ちゃんはAIはこちら側に来て欲しかったみたいだね」
「あの、さっきからこちら側って言ってますけど」
「んー。分かりやすく言えば、人類を滅ぼす側、だね」
「……………………」
「というのは冗談で」
「上総、おまえが言うと冗談に聞こえないからな」
「……そ、それが嘘か真実かはともかく。フェラムさんは反AI側、ということですか?」
「違うよ。心春はAI側なの。で、僕と麻人、莉那ちゃんは反AI側なんだよ」
……………………。
「AIはね、僕の存在が許せないみたいなんだ」
「はぁ」
「そこにね、僕が心春を盗ったから、AIが怒ったんだよ」
な、なんか上総さんと話していると、世界が違いすぎて精神的にグッタリするのですけど。
ほ、本当にこの話は現実の話なの?
「で。藍野家は働いたら駄目ってなったんでしょ? だからね、心春が藍野になったらAIは都合が悪いわけ。でも心春が僕と結婚するのは世界がどうなっても決定事項で、別姓はAI側からすれば、苦肉の策なんだよね」
な、なんか内容がぶっ飛びすぎて、頭が付いていきません!
「ふふっ、麻人に話したときと同じ顔をしてる」
「えと。麻人さん?」
「心配するな、オレもまったく理解出来ていない」
よ、よかった。
私の理解力が低いのかと思ってしまったよ。
「陽茉莉は陸松姓になったから、藍野の呪いの呪縛から解放されたね。おめでとう、陽茉莉」
「藍野の呪い?」
フェラムの疑問に私は苦笑しながら答えた。
「藍野家には『伴侶を得るとまわりが騒がしくなるが絆が深まる、問題ない』って言葉が伝わってるんですって」
そう伝えると、フェラムは眉間にシワを寄せた後、大きくうなずいた。
「なるほど」
「上総お兄さま、残念ながら姓が変わってもそれから逃れられていませんわ」
「おや、そうなのか」
姓が変わればってのはないのね。
「でも、楓真さまには影響はありませんから」
「陽茉莉、知っていたか。俺にもとばっちりがあるってこと」
「え? そうなのですか?」
「あぁ。俺もその『藍野』は雇わないに巻き込まれるところだった」
おう、そうだったのね。
「えと、それに関しては申し訳なく……」
「莉那のせいでも、麻人のせいでもない。いわばAIがなにかを隠しているのがすべての元凶だ」
まぁ、そうなんですけどね?
「『藍野』は無駄に勘が鋭いと言われるからな」
「だからこそ、ここまで続いているのだよ」
いつまでも立って話していると給仕が出来ないという無言の圧力に気がついた麻人さんが座るように促してくれた。
なるほど、こういうところなのね。
最近の夕飯はワンプレートで何種類かのおかずが盛られていて、ご飯と汁物は別に供される。
男性陣にはお皿に乗っているおかずの量が女性陣の倍、あるようだ。
話しているといつも食べるのが遅くなるから一生懸命、食べることに集中するのですけどね?
気がついたらいつも最後なのよね。
なぜだ、解せぬ。
今日も今日とて食べ終わるのが最後だった。
ちなみに最後までどちらが最後か争ったのは、意外にもフェラムだった。
あれ? フェラムも食べるの遅い人?
「莉那は相変わらず食べるの遅いな」
「……おかしい。なんでいつも最後なの?」
「焦って食べるのはよくないから、遅くてもきちんとかんで食べているのなら問題ないよ」
と上総さんがフォローしてくれたけど、それでも解せぬ!
夕飯なんだけど、しゃべりながらだと私の食事が進まないため、食べ終わるまで無言で食べる、ということになっている。
ご飯を食べた後、食後のデザートとお茶が供されて、そこでようやく話ができる。
のだけど、私は先にデザートを食べ、お茶も飲み終わってから話すようにしている。
それにしても、みんなよくしゃべりながら食べられるよね。
「莉那、食べ終わったか?」
「ぇ、あ、はい!」
麻人さんがいつもそうやって確認してくれて、ようやく話が出来るという。
ううむ。
「──で、さっきの続きだが」
あれ、珍しい。麻人さんが主導してるのって。
「改めて、初めまして、だな。フェラム?」
「ぇ、ぁ、ぅ? キース、さん?」
「藍野麻人だ。上総のふたつ下の弟になる。そんで、そこの黒髪ロングなのは陽茉莉で妹だ」
「陽茉莉です。よろしくです」
「よろしくお願いします、湯越心春です」
お互いがペコリと頭を下げて挨拶している。
「で、こっちのボブカットが莉那で、もうひとりが楓真だ」
「えと、藍野莉那、です」
結婚後にフルネームで自己紹介するのって、もしかして初めて?
「俺は陸松楓真だ。莉那は実の姉で俺の女神だ。あと、陽茉莉と結婚した」
改めてこうして自己紹介してみると、なんだか不思議な感じがする。
「ところで、フェラムさん……えと、心春さんって言ったほうがよい?」
「そうだな」
「心春さんは上総さんとは?」
「今日が初めましてですよ」
「それなのに速攻で籍を入れたのですか?」
「そ、そうです」
麻人さんも速いと思ったけど、上総さんはそれを上回ってる!
「もしかして上総さんに『結婚しないと世界を滅ぼす』とか言って脅されたとか、ありませんか?」
「な、なんで分かったのですか?」
「え? ほんとに? 上総さん、最低じゃないですか、それ!」
「莉那ちゃん、はっきり言うね」
あれ? もしかしなくても、上総さんに向かってそんなことを言ったらアウトなの?
「他の人に言われたらさすがにどうかと思うけど、莉那ちゃんだとどうしてだろうね、悪かったって言いたくなるよ」
「悪かったって思ってるのですか?」
「んー。思ってないよ。僕としては遅すぎたと思っているくらいだからね」
反省の色なしなんかいっ!
「基本は僕のことは自分では未来は視えない、んだよ」
「そうなのですか?」
「うん。莉那ちゃんも視えないし、心春も視えない。ちなみに楓真も視えない、んだよね」
「え、俺も?」
「良く分からないけど、視える人と視えない人がいるんだ」
うーむ?
「心春に初めて逢って、視えないから安堵したんだ」
そう言って、上総さんは幸せそうに心春さんを見た。
「麻人と陽茉莉は視えても身内だからね。まだ我慢できる。でも、僕の伴侶は視えない人がいいってずっと思っていたんだ」
ふーむ?
「となると、莉那も候補だった?」
楓真の質問に、上総さんは首を振った。
「莉那ちゃんと楓真は僕の身内だから無理だよ」
ん? それってどういう?
藍野家の男子には男女の区別がついてないのかとたまに思うような不思議発言をするよね。
「麻人経由で心春が視えて、僕が探していた人だってすぐに分かった。麻人と陽茉莉経由でだけ、自分のことを視ることが出来るんだ」
といっても、と上総さんは続ける。
「麻人経由で視る心春は黄色いロングヘアで、耳が尖っていた」
まさしくそれはフィニメモ内の姿だ。
「なんでだろう、その姿しか知らないのに、とても昔から知っているような不思議な感じがしてたんだ。
心春はとても魅力的な女性なんだけど、今までいい人が出来なかったのは、僕との結びつきが強すぎたせいなんだ。本当はもっと早くに知り合えたのだろうけど、妨害が多くて、麻人を介さないと逢えなかった」
「……ということは、オレが心春さんに会えなかったら」
「うん、彼女には逢えなかったよ。だから麻人は僕たちのキューピッドだよ。ありがとう」
「……ということを言われまして。それで、今日、籍を入れずに別れたら、二度と逢えないなんて脅されまして。しかも縁が切れて、この後はずっとお互い独り身なんだとか。上総さんにとって私はいつも伴侶なんだそうです」
「……ん?」
「生まれ変わりや転生なんて信じてないですけど、上総さんいわくそういう仲なんですって」
上総さんが入ってくるとなんだか世界軸が変わるというか。
な、なんかとにかく不思議ちゃんだ。
「ということで、上総さんと結婚しましたが、このことは内密に」
「え? 内密なんですか?」
「会社の一部の人にしか言いませんよ。あと、こうしている間に私の部屋の荷物、上総さんのおうちに運ばれてるそうですから。上総さんは基本、お仕事で私をかまえないし、私もそれどころではないですから、どちらかというと上総さんを除いたこのメンバーにお世話になることが多いかと思いますので、よろしくお願いします」
そう言って、心春さんは頭を下げた。




