第百五十七話*え、ようやく?
ログアウトしてきました。
麻人さんは一足先にログアウトしたらしく、すでに部屋にいない。珍しい。
ヘルメットを外して、大きくのびをしていると、麻人さんが戻ってきた。
「あれ? なにか忘れ物ですか?」
「忘れ物はしてないが、莉那を迎えに来た」
「そ、そうですか」
立ち上がろうとしたら手を差し伸べられたので素直に取る。
と。
「うわっ!」
かなり強い力で引かれたので勢いが付きすぎていたのだけど、麻人さんはなんなく受け止めると、ぎゅうっときつく抱きしめてきた。
「莉那」
「はい?」
「……そこは『はいにゃ』で」
……………………。
いえ、分かってましたけどね?
わざと『にゃ』を付けなかったのに、要求するのっ?
残念すぎる……っ!
「では、改めて。莉那」
「……はいにゃ?」
「うん、いい!」
ジーンという文字を背負ってそうで、思わずため息が洩れそうに。
「それで、なんですか、麻人さん」
「あぁ。上総にフェラムの連絡先を伝えてきた」
「速いですね」
「こういうのは時間を空けるのはよくないからな」
「ま、まぁ、そうですけど。それで、上総さんはなんて?」
「ようやくか、と」
「ようやく? ぇ、まさか上総さん、こうなることを」
「知っていても不思議はない」
そういえば上総さん、麻人さんを視ているといろいろな未来が視えると言っていた。その中にキース視点のフェラムがいたのだろう。
「フェラムの中身……というと変な言い方だが、生身のフェラムを見たことはあるか?」
「え? ないですよ」
ゲームタイトルによってはアップデート情報やイベントの告知をするために生放送をしたりする。
その時に出てくるのはプロデューサーやゲームマスターにゲストや司会役が、ゲーム内やゲーム外の情報を発信してくれる。
フィニメモは大きなタイトルなのでそのあたりがされてもいいのに、まだない。
となると、なにかのインタビュー記事とかに載っていた?
「んー?」
「フェラムはフィニメモの前に別のゲームでゲームマスターをしていたようだぞ」
「ほう」
フィニメモを開発・運営をしている会社は他にも何本も有名タイトルを抱えている。だから他のゲームでゲームマスターをしていても不思議はない。
「フェラムさん、生放送に出たりしてました?」
「出てない。……というより、出せない、みたいだな」
「出せない、とは?」
公共の場にさらせないような容姿とか? って、フェラムに失礼か。
「莉那はフェラムの態度を不思議に思わなかったか」
「……態度?」
うーむ?
フェラムの態度ってなんか変だった?
しばらく悩んでいると、麻人さんがため息を吐いた。
「改めて考えてみると、莉那も例外に入るんだよな」
「にゃ?」
例外ってなに?
「ヒントというのもシャクだが、会社での女性の反応」
「なんですか、麻人さん。私にヒントを出すのがやなのですか?」
「違う。あんなのをヒントにしなくてはならないのがやなだけだ」
「……なるほど?」
会社での女性の反応。
……あぁ、なるほど。
「フェラムさんもきゃあきゃあ言ってなかったですね」
「あぁ。なんでだと思う?」
なんで?
周りに顔面偏差値が高い人たちがいるか、あるいは自分の見た目がよいかのどちらか? あるいはそのどちらも?
後は見た目に興味がない人?
「可能性は四つほどありますね」
「四つ?」
「はい。フェラムさんの周りの人たちの顔面偏差値が高いために見慣れている、あるいはフェラムさんの容姿がよい、またはその二つ、そして最後は見た目はどうでもいいと思っている」
「なるほど、それで四つか」
そういえばフェラムは見た目はどうでもいいと言っていたような。
「見た目にこだわらない……だったら、表に出てきても……。あ、いや、見た目にこだわらないからってその人の見た目が平凡とは限らないのか」
むぅ?
ゲーム内でのアバターにヒントがある?
フェラムは見た目はエルフだった。
若干、背が高いような気がしたけど、すぐに女性だと分かる見た目だった。
エルフを選ぶ人は、エルフの容姿がデフォルトで美しいからという理由もあるらしい。
それなのに私の見た目は……。
そこはともかくとして。
「ところで麻人さん。なんでエルフにしたのですか?」
「エルフにした理由? ……なにも考えずにキャラクター作成でエルフになっていたからそのままだ」
まさかのなにも考えてない派!
「なんだろうな。自分の見た目に関しては、特にこだわりはないな。だから名前も自動で割り当てられたものをずっと使っている」
「ほう」
見た目はこだわってない、と言う割には、いつもおしゃれなものを身につけているような。
「見た目にこだわってないと言ってますけど、服や身の回りのものはいいものばかりですよね?」
「あぁ、これらはコーディネーターにお願いしている」
「服は陽茉莉ちゃんではなく?」
「陽茉莉にお願いしたこともあったんだがな……」
そう言って、麻人さんはため息を吐いた。
「やたらと華美なデザインにするんだ」
「華美……。レースがついてたり?」
「そうだ」
袖口にレースがついていて、前身頃のボタンの左右にも同じように縦にレースがついたシャツを想像してみる。
うわぁ、派手なの、似合いそう。
「なるほど。陽茉莉ちゃんはよく分かっている」
「あのな。そんな派手な格好をしていたら、ますます目立つだろうが」
「どうせなら耽美系で通せばいいのですよ」
「耽美系……」
むしろ耽美系にしたら、普通の女性は寄ってこないような気がする。
「……それはそれで困るのか」
「なにがだ?」
「麻人さんが耽美系で通した場合、寄ってくる女性は減りそうですが、それとは逆にアクが強い人ばかりが寄ってきてあしらうのが大変になるかも、と思いまして」
「どうしても耽美系を推すのか?」
「いえ、今のままでいいです」
いつものことながら、話がそれているぞ、と。軌道修正。
「それで、フェラムさんですが」
「あぁ。表に出せない理由なんだが、なんでも『イケメン女子』と言われているそうだ」
「イケメン女子……」
「男女問わずに人気があって、……あり過ぎて、何度か傷害事件が起こっているそうだ」
「傷害事件……」
なにそれ、どういうこと?
「付き合ってくれないと死ぬ、といってフェラムの前で自死しようとした女性やら、だれがフェラムと付き合うかと揉めてナイフで切りつけ合う女性がいたりだとか」
「同性に好かれると?」
「同性もだが、異性も過激なのが多いみたいだな」
「えと? 要するになんと言いますか。麻人さんと同じ目に遭っていると?」
「端的に言えばそうだが、フェラムの場合は男女ともにだから、あちらのが大変だな」
「……顔がいい人は大変なのですね」
地味顔でよかった! と喜んでいたのだけど。
「莉那、他人事だと思ってるだろう?」
「私、地味顔ですから」
「フェラムが言っていたが」
「フェラムさんが? なにを言ってました?」
「オレと莉那の子は、かわいいだろうと言っていたよな?」
「ぅ」
言ってた! 言っていたけど、子を授かるにはあーんなことやこーんなことをするわけで。
それを想像してしまい、恥ずかしくて顔が赤くなっていく。
麻人さんに見られないように抱きつき、赤くなった顔の熱を冷まそうと胸の辺りに頬をつけたけれど、冷たくなかった。
「……恥ずかしがってオレに抱きついてきてくれるのは大変に嬉しいんだが、莉那はなにを想像したんだろうな?」
「あっ、麻人さんとの子どもって思ったら」
「ら?」
「い、いえ! なんでもないです!」
「なんでもない? ……来たか。仕方がない、これ以上の追求は楓真と陽茉莉に免じて止めておこう」
麻人さんのその言葉にホッと息を吐いたら、笑われた。
ぅぅ、麻人さんが意地悪です!




