第百五十四話*《十八日目》私の今の最適な狩場はどこですかっ!
プレイヤー間で売買が出来ることが分かった。
具体的な仕方は実際に売買するときに聞くとして、と。
椅子から立ち上がると、隣のキースがなんで立っている? と疑問のこもった視線を向けられたので、口を開いた。
「アラネアの森に行きましょう」
「…………? なんでだ?」
「なんでって。狩りですよ、狩りっ!」
「どこへ?」
「だから、アラネアの森に」
「飽きたのでは?」
「飽きるほど狩りはしてませんっ!」
「あれだけ狩っておいて、まだ飽きてないのか」
あれだけとは言うけど、一晩、もっと言うと、数時間しか狩りをしていない。
それで飽きていたら、これから先、レベル上げなどとうてい無理な話になってくる。
アラネアの森が嫌がられているのは……。
「……ぅ」
「う?」
アラネアの森に人がいないのは、このレベル帯の人がいないわけではなく、ドロップ品が微妙……どころか、不必要と思われているから、というのが大きいのかもしれない。
ということは、だ。
アラネアの森でゲットした大量の糸を売ろうと思っても、売れないということになる。
それは不良在庫を抱えるのと同意義だ。
「アーウィスさん!」
「はいっ! なんでしょうか、リィナリティさんっ!」
「アラネアの森ですが、ドロップ品が糸しかないってかなり微妙ではないですかっ?」
「それですが!」
「はい!」
「次回のメンテナンスで改善する予定Deathッ!」
「殺されたっ?」
というかだ、改善って。
「運営さんたち、問題を把握していながら放置してましたね?」
「いえ、違うのですよ!」
「なにがですか」
「βテストのときは糸以外もドロップしていたのですよ!」
「ほう?」
「リィナリティさんっ、そ、そんなににらまれると、激しく怖いのですけどっ!」
「母仕込みですからね」
母のにらみは命を刈り取られるのではないかというレベルなので、私はまだまだだ。
「リィナ」
そこへ割って入ってきたのは、キースだ。
「今すぐログアウト」
「にゃ?」
「ログアウトだ」
「え? やですよっ! 断固拒否っ!」
「きつく睨まれながら……」
「キースさん?」
なんだか危ない発言をブツブツ呟いている?
「キースさん、アウトっ!」
「なんでだ」
「私はフィニメモで遊びたいのです!」
「……分かった」
毎度ながら話が進まない!
「それでは、次のメンテナンスで改善されるのですねっ?」
「は、はいぃぃ!」
それならばよい。
とはいえ、次のメンテナンスまで狩りをしないなんて選択肢はなく。
「キースさん、とにかく行きますよ!」
「分かった」
キースとともに応接室に行き、扉を開ける。
と、ニール荒野が広がっていた。
「オルド、どうしてアラネアの森ではなくてニール荒野なの?」
「え……っと? アラネアの森は問題が解決したので、ニール荒野をおすすめします、と」
問題ってまさかのアレ?
ノーナがアラネアに取り込まれていたけど、救出したってヤツ?
「まさかだけど、ニール荒野にもなにか問題が起こっているとか?」
「実は……」
そう言って、オルドは黙ってしまった。
うーん。
問題と言われて、思い出したことがあったので、一度、ドアを閉めた。
「キースさん」
「なんだ?」
「サラのところに行くと言ってましたよね?」
「あぁ、そうだった。今日はサラのところに行こう」
あの出来事っていつだった?
対イソギンチャク戦の後、メンテに入ってAIが外されてバタバタしているうちに時間がかなり過ぎていたような気がしないでもない。
「それでは、……って、キースさん」
「ん?」
「サラってどこにいるんでしたっけ?」
「シルヴァの村の水源だな」
「ありがとにゃ」
「また新作か……っ」
新作? ……あぁ、今のか。
な、なんか残念具合がさらに加速しているような。
って、私のせいっ?
と、とりあえず。
再度、応接室のドアノブを手に取って開けると、先ほどの寂寥とした荒野から一転して、緑豊かな景色が目の前に広がった。
「ほほう」
システムさん、お主、なかなかやるな?
「それで、キースさん。…………っ!」
どこに向かえばいいのかと聞こうとしたら、いつものごとく背後にいた。
それはいつもどおりなのだけど、なぜか背後から腰の辺りに腕を回して抱きつくような体勢だったので、かなりびっくりした。
「な、なにをっ?」
「リィナが尊い」
「はぁ」
尊い回はキースの十八番ではなかったのだろうか。
「あの、この体勢だと歩けないのですが?」
「それなら」
そう言うと、キースは私の腰から腕を離してくれた。これで歩ける、と思ったのもつかの間。
キースの腕が背中とひざ裏に当たったと思ったら、ふわり、と身体が浮かんで……っ!
「ちょっ?」
な、なんでお姫さま抱っこっ!
「ずっと見ていてもいきなり消えるようなおてんばなお姫さまはこうして捕まえておかないとな」
そういって楽しそうに口角を上げて、それでいて愛おしむような視線に、ものすごく恥ずかしくなって顔が真っ赤になったのが分かった。
しかもっ! 顔ッ! 顔が近いっ!
「キースさんっ!」
「なんだ?」
「あの、前を向いてくださいっ!」
「降ろしてといって暴れないんだな」
「暴れたら降ろしてくれるんですか?」
「いや」
それならば、抗うだけ無駄なわけで。
「……大変に不服ですが、今のこの状況に甘んじます」
「それが賢明だ」
機嫌がよさそうな声に、私は内心でため息を吐いた。
◇
ふたりきり、というにはいささか色んなものが付随しているのだけど、プレイヤーという意味ではふたりになるから、ふたりきりだ!
お姫さま抱っこをされた私はキースにどこかに運ばれているのですが、いったいどこに?
周りを見ると──蛇足だけど、周りを見渡すときにはキースの顔が視界にちらちら入ってくるというおまけつき──、ほどよい長さの下草に、幹の太い木々。空気は澄んでいるけれど、湿度は高めだ。
何度か行ったことがある、森林浴のときのような空気感。
サラはシルヴァの村の水源にいるということだったから、たぶんここから近いのだろう。
場所はキースが知っているだろうから、任せておけば自動的につく、はず。
なので、キースを視界の端に映しながら、周りを観察してみた。
かなり立派な木々があるのだけど、これってだれかが管理してるのだろうか。自然にこうなったとは思えないのよね。
森も山も過干渉せず、だからといって放置もよくないみたいで、適度な距離で手を加えるのがいい、というのを聞いたことがある。
それって何事においてもよね、と仕事をしていて強く思ったことだった。
と考えたところで、ふと、ここは現実ではなく、ゲーム内だったということに気がついた。
あまりにもリアルすぎて、うっかり現実だと思ってしまっていた。恐ろしい。
「うっかりすると、ここが現実なのか違うのか、分からなくなりますね」
「……あぁ、そうだな。痛みも感じるし、匂いに肌感もある」
それがプログラムされたものだとしても、結局のところ、脳に命令を送っているのは電気信号によるものだというから、それが再現されてしまえば、脳はそれが本物かニセモノかは分からない。
いや、本物だと思っていたものが実はニセモノだったとしても、果たして私はそれがニセモノだと指摘することができるのか。
はっきりいって、自信はない。
フィニメモをやっていると、ときどきそこが分からなくなって混乱してしまう。
「ここで第二の人生を始めてしまう人がいるのも納得というか」
「……そうかもだが、まだ逃げ場があるだけそいつらは幸せかもしれないな」
「…………うーん」
キースが言うように、逃げ場があるだけマシ、というのは分かる。
ただ、逃げてばかりでは解決にならないけれど、逃げることで解決することもあったりするので、こればかりはなんとも。
ただ、逃げた、ということに対して、その人がどう思うか、というのもある。
逃げたことによって後ろめたさを背負ってしまい、それを抱えたまま生きていくのはつらいし。
正面から挑んで、克服できる強さがあればそもそもそうなってなかったということもあるし、環境や生まれ、育ちのせいだからということもあるし。
うーん?
「まーた悩んでるな?」
「ぅ。逃げ場があるだけマシ、だとか、幸せだとかキースさんが言うからですよ!」
「……オレたちもこうして現実から逃避出来ているからな」
キースの言葉になにか返そうとしたけど、感情と言葉が大渋滞を起こしたため、なにも言えなかった。




