第百五十三話*《十八日目》フィニメモ内の闇
いやぁ、昨日はあれから散々でしたよ……。
こんな早くからログイン出来ているのが奇跡だと思うくらいには。
「おはよう、リィナ。どうしたんだい、浮かない顔をして」
ログインしようとしたところに上総さんから連絡が入った麻人さんは、私に先にログインして待っているように言われたので、今日は久しぶりにひとりだ。
だからというわけではないし、そんなつもりはなかったのだけど、どうやら私はクイさんが言うところの浮かない顔をしていたようだ。
ちなみにフェリスは首に、イロンは肩の辺りに、アイとオルドはついてきている。
「おはよう、クイさん。あー……。別になにかあったわけではないんだけど」
「けど?」
「キースさんの愛が重たいというか」
「ははっ、そういうことかい」
クイさんは笑っているけど、私からすると笑いごとではない。
「あぁ、笑って悪かった。微笑ましく思ってね」
「微笑ましい……」
微笑ましいの?
「リィナがなにに戸惑っているのかはよく分かるよ。あたしだってそうだったからね」
「クイさんも……?」
「リィナ、今、すごく失礼なことを思ったね?」
「ぇ、いや、クイさんは魅力的な人だから、そういった人のひとりやふたりいても不思議はないかと」
「フォロー、ありがとう」
「えっ、本当に思ってるからっ!」
どうしてこういうときって、言えば言うほど嘘くさくなるのだろうか。
どうしたものかと悩んでいると、キースがログインしてきて、台所にやってきた。
「クイさん、おはよう」
「あぁ、おはよう」
「それで、リィナはどうしてそんな渋い顔をしている?」
「ぅー……」
そもそもの原因は麻人さんなわけで!
その本人に言ったところで、悪かったと言われておしまいだ。次回もきっと同じことをするっ!(確信)
「クイさぁん」
「はいはい。だれかに想われるってのは、とても尊いことだと思うよ。思うけど、なにごとも限度ってものがある」
「うんうん、そうだ、そうだ!」
「それでもまだ、キースは自制が効いていると思うけどね」
「ちょっ? クイさんっ?」
「とはいえ、あんまりしつこかったりすると、嫌われるよ、キース」
「……そこは分かっている。が、リィナがかわいすぎるのがいけない」
「わ、私のせいにしないでくださいっ!」
しかもかわいすぎるって、キースの目、大丈夫?
「恋はもくもく」
『恋は盲目であろう』
台所にはクイさんだけではなく、オルとラウもいた。それにしても、オルの『恋はもくもく』ってかわいい!
「オルとラウ! すごく久しぶりねっ!」
二人にそう声を掛けると、オルは疑心暗鬼といった表情で私を見て、ラウにいたってはキースに飛びついて背中側に逃げたっ?
「ねーちゃんが青くなった!」
「青く……。フェリスのことよね?」
「にゃあ?」
「どこからか猫さんの鳴き声!」
「これじゃないかしら?」
首に巻き付いているフェリスをペリペリとはがして首根っこを持った。フェリスはびろーんと情けないほど伸びた。
「青い猫さん! もふもふ!」
オルは飛んできて、フェリスを抱っこすると私から奪っていった。
ぉ、ぉぅ。
「いやにゃあ! リィナがいいにゃあ」
「オル、その子、洗ってあげて」
「いいのっ?」
「うん、よろしくね」
「リィナの裏切り者ぉぉぉ」
フェリスの声がドップラー現象とともに消えていった。
フェリスよ、綺麗になって戻ってこい。
『リィナリティよ、村長の屋敷に行ったのか?』
「成り行き上、ね。トレースが帰ってこなかったから迎えに行ったら、フェリスがトレースで遊んでいたのよ」
『……そうであったか。あやつのおてんばぶりにはあたちも困っていたのだよ』
首に巻き付いているときは大人しいけれど、そうでないときはおてんばのようなのは察していたけど、やはりか。
『リィナリティと会ったときも絡まれていてな……』
「なるほど、だから水色の毛の塊になっていたのね」
『そうなのじゃ』
と胸を張って言うような内容? むしろ不名誉なことではないのだろうか。
『フェリスの制御を頼んだぞ』
「頼まれてもなんというか」
『リィナリティの首に巻き付いているときは大人しいではないか。そのまま永久に巻いといてくれると助かる』
「……ど、努力します」
暴れ回られると困るので、そこは私が頑張るしかないようだ。
「オルが戻ってくるまでどこに行くか考えるか」
地図を広げて、と。
「どうした、狩りには行かないのか?」
「行くにしても、Deathね。ニール荒野はやはりレベル差のせいか、ダメージペナがあるような気がするのですよ」
「よく気がついたな。あと、さりげなく殺すな」
「いくら耐性があると言っても、『乾燥』一発で倒せないのが納得いかないというか」
「一発でって。それが異常なことだという自覚は?」
「ありますよ。ありますけど、どうにもしっくりこないというか」
無理して背伸びして狩りをしたってメリットはあまりない。
となると。
「アラネアの森、かぁ」
森での狩りはまだしも、蜘蛛しかいないってのがやなのよね。
それにドロップは糸ばかり。
こちらはお腹いっぱいになるほどゲットしたので……。
「って。そいえば、キースさん」
「なんだ」
「初心者的なことを聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「フィニメモってプレイヤー間で売買出来ますか?」
「…………。すまん、それはオレにも分からない」
「えぇっ?」
「……というのも、βテストのときは、ひたすら狩りをしていて、ドロップ品と宝箱の中から出た現物でしのいでいたんだ」
な、なるほど?
その割にはいいものを持ってるわよね? ドロップ運がよかったとか?
それでは、この中でそのあたりに詳しいのは……。
「システム担当のオルドくん」
「ボク?」
「プレイヤー間で売買出来るの?」
「残念ながら、そこはボクの領域ではないのです」
「ぇ? それではオルドの担当って?」
「リィナリティさんの要望を他のシステム担当に伝えたり、システムからやらかしてほしいことを伝えられたらそれとなく誘導したり」
「なっ、なんてこと……っ!」
それでは、最後の砦である運営に聞くしかないのか……っ!
「フェラムさぁん」
「フェラムは本日は休暇なので、代わりに私が」
と出てきたのは、久しぶりなアーウィスだった。
「いやぁ、なかなかリィナリティさんとタイミングが合わなくて!」
「そ、そうですか」
アーウィスはエルフで相変わらずな執事服なので、見た目だけならとてもかっちりしているように見えるのに、口を開くと軽すぎてどこまでも残念だ。
「それで、ご用件は?」
「あー……。プレイヤー間で売買って出来るのでしょうか」
「結論から申しあげますと、出来ます」
「ほう」
「出来ますが、レベル三十以上という条件が付きます」
「それはまた、なかなか厳しい条件なのでは?」
「RMT防止のためです」
「ぇ、未だにあるのっ?」
「ありますよ、ガッツリと。現にレベル三十以上にしているのにもかかわらず、しかも一人一キャラクター、BANされたらおしまいなのにもかかわらず、です」
生体認証ってことは、極端な話、どこのだれか分かるというのに?
しかもVR機って基本は一人一台で、再認証させるのも手間がかかるって話なのに?
「VR機の生体認証の解除、再認証ですが、初期に比べればだいぶ簡単になってます。しかも裏では生体認証が緩い……というより、まったく意味がない機械が出回ってまして、それを使われるとこちら側はお手上げです」
「そうなんだ」
「しかも、そういった人たちはフィニメモ内の正規ルートの売買はせずにアイテムをやり取りしてますからね」
「えぇっ?」
「詳しい手法は言えませんが、まぁ、だいたいは察しますよね?」
「……なるほどな。それを使えばレベルは関係ない、と」
「そうです。組織立ってやってますし、リアルマネーさえ手に入れば、後はBANされようが、アイテムを削除されようが、売る側は痛くも痒くもないわけですよ」
「買う側が馬鹿だということか」
「そうです」
なんともまぁ、闇がこんなところに……と思ったけど、とりあえずはプレイヤー同士で正規で売買はできる、ということね。
闇な話は聞かなかったことにしよう、うん。




