第百五十一話*《十七日目》ミニチュア版『癒しの雨』
とにかく無心に、だけど周りを気にしながら『乾燥』の指定範囲を過らないようにしつつ狩りをしていたら、アラームがけたたましく鳴った。
「ぅ。ログアウトしましょう!」
しまった、また休憩を挟むことなくぶっ通しでやってしまった!
キースとフーマは? と思って周りを見るのだけど、姿が見当たらない。
「あれ? キースさんとフーマは?」
「ふたりはあちらですね」
マリーが指を指した先にキースとフーマがいたのだけど、だいぶ離れていない?
しかも向こうはキツネとオオカミを相手にしているようだ。
私とマリーは相変わらずライオンなんだけど、場所によって違うのかしら?
「マリーちゃん」
「駄目ですっ!」
「……まだなにも言ってないのに」
「お姉さまの言おうと思っていることなんて、簡単に分かりますわ!」
どうやらマリーに先読みされてしまったようだ。
「今からキツネとオオカミに行くと、きっと時間を忘れて狩りをしてしまいますわ」
「そ、そうね」
「なので、次回っ! ということで!」
「あいにゃ!」
次回と言われても、今日の夜はログインできないし……。
「マリーちゃんは次のログイン、いつになる?」
「明日の……午前中は無理かもですけど、午後なら」
「りょ!」
向こうも時間に気がついたようで、モンスターを全部倒すと、こちらへとやってきた。
ちなみに私たちは狩りを終わらせて、セーフゾーンにいる。
「夕飯か」
「はいにゃ」
「それでは、洗浄屋に戻ってログアウトか」
ここからどうやって戻るか悩んでいると、キースとフーマは私たちがいる場所とは反対方向へと歩き出した。
えと、そちらの方向にはなにがあるの?
「どこに行くの?」
私の質問にキースは足を止めてこちらを見た。
「どこって。……地図を見ろ」
慌てて地図を広げてみる。
今、私がいる場所は……と?
ニール荒野と書かれている端にいて、ここからニールの村はかなりの距離がある。それで、キースとフーマが向かおうとした先は……?
「にゃ? フランマの村?」
「そうだ、ここからだとフランマの村が近い」
ほう?
ということで、私たちは洗浄屋に戻るためにフランマの村へと向かった。
そして、村に近づくにつれ、空気が熱くなってきているのですけど。
「なんか、暑くない?」
「暑いですね」
歩きながら地図を広げてもう少し広範囲で見る。するとフランマの村の近くには山があった。
「山?」
「その山だが、活火山だ」
「え? それで暑いの?」
「みたいだな」
うーむ?
活火山の近くってだけでこんなに暑いなんてことはないよね?
疑問に思いながら村へと向かっているのだけど、どうにも様子が変なのだ。
ニール荒野に地続きなため、辺りは荒廃している。そして村へと続く道だと思われるところは馬車がすれ違えるくらいの広さがあり、左右は石垣が積まれている。
ここまではおかしくはない。
石垣はそこそこ高いために、私の身長では向こう側が見えないのだけど、明らかに向こう側がおかしい。
「むぅ?」
ここが暑いからなのか、首に巻き付いているフェリスがごそごそとし始めた。
「あ゛づい゛に゛ゃあ゛」
「暑いのは同意だけど、どこからそんな声が出てるの」
「フェリスは暑さに弱いにゃあ。水……水に浸かりたい……」
この辺りでは水は貴重なものだと思われる。それに浸かりたいとは。
「リィナ、水」
「水って持ってな……いことなかったわ」
『癒しの雨』が水の代わりになるかも?
ただ、今は歩いて移動中だ。
果たして、移動しているところに『癒しの雨』をするとどうなるのか?
実験といえば実験だ。
「『癒しの雨』」
試しに詠唱してみると、目の前にポンッと小さな雲が出来た。
「にゃっ? 超かわいくない?」
ふわふわと漂っていて、私にまとわりついてきた。雲にまとわりつかれるとは思ってもなかったため、不思議な感じだ。
「お姉さま、これは?」
「『癒しの雨』の正体?」
雨というくらいだから、雲から雨が降っているのよね?
だから正体だと言ったのだけど、間違いではないと思う。
「これ、フェリスの上に持っていけばいいのかしら?」
雲って掴めるの? と思いながら手を伸ばすと、手のひらに絡まってきたので、そのまま雲を連れて肩の辺りに持ってきて、フェリスに雲を押し付けると、手から離れてフェリスの上に移動してくれた。そしてそこで雨を降らせ始めた。
フェリスに当たっているのだけど、若干外れて肩が濡れていくのだけど、不快ではない。
「気持ちいいにゃあ」
「それならよかった」
雲も私たちの歩みに合わせて移動してくれているようだし、雨のおかげなのか、少しだけ暑さが和らいだような気がする。
これ、人数分の雲を呼べないだろうか。
「フェリス、雲が消えたらごめんね」
先に謝っておいて、『癒しの雨』を再度、詠唱。そのとき、あの小さな雲が追加でみっつ出るようにイメージした。
するとフェリスの上の雲は消えることなく、追加でみっつの雲が出てきた。
「マリーちゃん、キースさん、フーマのところへ」
雲に伝えると、ふよふよと奇妙な動きで雲が移動して、それぞれの肩の辺りへ。
フェリスの上の雲とは違って、霧雨みたいな雨が降り出した。
「涼しくなってきた、か?」
「涼しいな」
「涼しくなりました!」
効果抜群ですな!
そうやって歩いて行くこと、十分ほど?
村の入口が見えた、と思ったら、それはぐにゃりと風景を歪め、見覚えのある洗浄屋の応接室が見えた。
「な、なるほど?」
私たちはそれをくぐって洗浄屋に戻り、ログアウトした。
◇
ヘルメットを外してVR機から出ると、同じように出てきたキース……じゃなくて麻人さんがいた。
「もうこんな時間だったのか」
「そうなのですよ。タイマーをかけていたのですけど、そろそろログアウトの時間でもあったのですよ」
麻人さんはもう一度時間を確認すると、大きく伸びをした。
「陽茉莉と楓真だが、夕飯はこっちで食べるようだ。下に行って待っていよう」
「はいにゃ!」
元気よく手を上げた反対の手を取られ、手を繋がれた。いつもどおりといえばそうなのだけど、手を握られてなぜかドキリとした。
……あれ? いつもどおりと思ったし、手に伝わる熱にも覚えがあるのたけど、そういえば現実で手を繋ぐのって、もしかしなくても初めて?
「あの、麻人さん」
「なっ、なんだ」
「動揺、してますね?」
「…………っ」
麻人さんの顔を見ると、真っ赤になっていた。
フィニメモ内では当たり前のように手を繋がれ、抱えられ、むしろアウトと言われても仕方がないほどの過剰接触をされていた。
現実ではそれ以上の……げふげふっ。
それなのに、なんで今さら、初心がるのやら。
「……りっ、莉那の手が」
「手が?」
「思っていたより小さいのに柔らかくて、その」
「そっ、それを言ったら麻人さんだって、ですよ」
「オレの手は別に小さくもないし、柔らかくもないぞ」
「そうなのですけど。フィニメモ内ではさんざん手を繋がれましたけど、熱は感じましたし、繋いでいるという感覚もありましたけど、皮膚と皮膚が擦れ合う感覚ってのはやはり再現が難しいのでしょうね」
絡まっている指先を動かして、麻人さんの皮膚の感触を確かめる。サラサラしていて、明らかに私の皮膚とテクスチャが違う。
「莉那、それ、くすぐったいんだが」
「あら、失礼」
フィニメモ内で同じことをして、くすぐったく感じるのだろうか。
そんなことをチラリと思ったけれど、麻人さんに腕を引っ張られたため、思考がそこで途切れた。
気がついたら麻人さんの腕の中にいた。
「莉那」
「はい」
「にゃ、はつかないのか?」
「付けたほうがよいのですか?」
「付けるのを強く推奨する」
「……………………。ざ、残念すぎる」
「ギャップ萌え、というヤツだ」
「なんか違うような気がしないでも」
そんな話をしていたら、玄関が開く音がした。陽茉莉と楓真が来たのだろう。
麻人さんの腕の中は居心地がよいのでいつまでもいたいのだけど、そういうわけにはいかない。
だから名残惜しく思いながら、離れる。
「さ、美味しいご飯を食べに行きましょう!」
「……そうだな」
麻人さんは言葉にはしなかったけれど、私と同じことを思っていてくれるようだ。
些細なことだったけど、うれしかった。




