第百四十九話*《十七日目》めでたいけど悲しいこと
お昼の部、ログインしました。
台所に行くと、フーマとマリーがいた。
二人の姿をフィニメモ内で見るのは、久しぶりのような気がする。
とはいえ、姿が見えない人がいる。
流しを見ると、クイさんがいたので手を振ると、同じように振り返してくれた。
定位置に座ると、クイさんがお茶を置いてくれた。
「…………? あれ、伊勢と甲斐は?」
「それがですね……」
マリーは言いにくそうな表情をしているのだけど、まさかなにかあったのっ?
フーマはすぐに気がついて、口を開いた。
「心配することはなにもない、ふたりは元気だ」
その言葉を聞いて、ホッとした。
「……とはいえ、別に不思議はないんだが、伊勢が妊娠して、つわりがひどいらしいんだ。甲斐がずっとつきっきりだ。ひどくなったら入院と言われている」
その言葉に、あのふたりが夫婦だったのを思い出した。
「妊娠はおめでとうだけど、そんなにつわりがひどいって、大変ね。……お見舞いに行っても大丈夫? ……って、行ったら逆に気を使わせるか。お大事にって伝えておいて」
「分かりましたわ。わたくしたちも会えてないのだけど、甲斐に伝えておきます」
あれ、ということは?
「てっきりマリーとフーマがログインしていないのは、ふたりがリアルで仲良ししていたからだと思っていたのだけど、そうではなかった?」
「仲良し……。たまにリィナの言葉のチョイスに首を傾げてしまうのだが、まぁ、それもあったが、マリーの護衛をどうするのかの対応もしていた」
そういえば伊勢と甲斐がついているのは、マリーが誘拐される可能性が高いからだった。
それもだけど、フーマよ、さらりと肯定した?
……ま、まぁ、いいや。
「それで、いたの?」
「はい。ふたりになにかあったとき──そんなことないと思ってましたけど──のために、代理はいましたから」
とはいえ、いつからふたりがマリーの護衛をしているのか分からないけど、いきなりだからなのか、ショックは大きかったようだ。あまり元気がなさそうに見える。
「えと、なんと言えばいいのか分からないけど、マリーちゃんがそんなに落ち込んでいたら、伊勢さんがすごく気にすると思うの」
「はい……。分かっているのですけど、それに、とてもおめでたいことだというのも理解してるのですけど。ずっとそばにいてくれて、姉のように思っていたので、急にいなくなって、淋しいのです。でも、フーマさまがそばにいてくださるので、かなり救われてます」
「フーマが役に立ってるようで、よかった」
「色んな意味でいいタイミングだったな」
「これ、依里さんは分かっていて、なのかしら?」
「なにがだ?」
「うん、フーマを日本に呼び戻したタイミング」
「……あり得るな」
それまで黙っていたキースが口を開いた。
「親父は昔から、なにもかも絶妙なタイミングで指示を出すんだ」
「そうですわね。伊勢と甲斐をわたくしにつけたのもそうでした」
「そういうところが藍野家の特性? なの?」
「そうだな」
偶然が重なると、必然になるのか?
いや、それはないか。
偶然は偶然でしかなくて、いくら偶然が重なっても、それは必然にはなりえない。
それがあったから未来はこうなったのか、未来がこうなることがあらかじめ分かっていたから、それに対抗するためにそれがなされたのか。
……なんだか言葉遊びをしているような状況だけど、どちらの要因で未来が決定されたのか、未来が過去になった瞬間に分からなくなる。
「オレは未だに親父にも上総にも敵わない」
「それはわたくしもですわ。あのふたりがなにを見て行動や発言を決定しているのか、まったく分かりませんもの」
お茶を飲み終わったので使用した器を全員分を受け取って、洗って片付けた。
「それでは、行きますか!」
「行くというが、どこにだ?」
「ぇ? 私とマリーちゃんのレベリング」
「……そうだな。もう少し頑張れば、俺たちとパーティを組めるようになるのか」
「Deathっ!」
「殺すなっ!」
「ふふっ」
フーマもキースと同じ反応ってのがおかしいのですが!
「マリーちゃん、鬱憤はモンスターに叩き込むのよ!」
「……は、はいっ!」
応接室に行き、扉を開くと、荒れ果てた荒野が視界に入った。
「ニール荒野で狩り、ですね」
「え? ニール荒野って、わたくしたちのレベルではもうひとつ前の狩り場ですよね?」
「そうなのよね、レベル的にはアラネアの森なんだけど」
「……も、もうあそこは、お腹いっぱいですね」
「Deathよねぇ」
「リィナ、むやみに殺すな」
「これは失敬」
うむ、いかんな。
「なので、ここで」
「御意!」
ようやくマリーもいつもの調子になってきたかも。
いつまでもしょぼくれている場合ではないのだ。
「乙女の時間は思っているより長くて短いのよ」
「そ、そうですね」
あれ、なんか引かれてる?
「それでは、行きますか!」
二度目の合図に、今度はマリーは元気よく応えてくれた。
「御意なのDeath!」
「殺されたっ!」
「ふふっ」
マリーとはパーティを組んで、キースは私の手を取ると歩き出したのでついていく。
「リィナ」
「はいにゃ?」
「……ありがとう」
「にゃ? なにがですか?」
「いろいろだ」
キースの言いたいことはなんとなく分かった。
少し照れくさそうなキースが妙にかわいくて、笑顔になる。
「ふふっ」
私の顔を見たキースは真っ赤になっていた。
たまにこうして赤くなっているけど、意外にも純情? なのだろうか。
純情なキース……。な、なんという破壊力。
こちらまでキースの赤面が伝染して、顔が妙な感じに熱い。
こんなところまで再現しなくても。
今日はツッコミ役がだれもいないため、このなんとも言えない恥ずかしい時間が途切れない。
「え……っと、ここってあの荒野ウサギしかいないのでしょうか」
「時間帯によるとしか言えないな」
まだお互い赤い顔はしているけれど、いつものように話すことができている。
「ウサギの他には?」
「ライオン、象、キリン、キツネ、オオカミ……あたりか?」
「え、思いっきり動物なんですか?」
「あぁ、思いっきり動物、だな」
そういえば今まで出てきたモンスターって、現実にいるものばかりだ。
「……手抜き?」
「そうとも言えるが、違うとも言える」
「荒野ウサギなんて、ウサギなのに肉食っぽかったですけど、差はそこくらいじゃないですか?」
「RPGといえば、クリーチャーなモンスターばかりだから、これはこれで新鮮だがな」
「そう言われるとそうかもですけど」
どうにも納得がいかない。
「それでは、リィナ。粘液っぽいスライム相手に戦えるか?」
「ぅ。……か、『乾燥』なら別に触らないですし!」
「あれに乾燥が効くのか?」
「効かなかったら『解』で!」
「あぁ、その手があるのか」
あの粘液っぽいスライムなんて、相手したくないです!
玉ねぎみたいな見た目のなら、まだいいけど。
……あっちも『乾燥』は効かなそうだけどね。
「物理攻撃だとノーコンだから無理なんだよな?」
「ぅ。ノーコンで悪かったですねっ!」
「かわいくていいじゃないか」
「そんなの、かわいくともなんともないですっ!」
とはいえ、ノーコンでなかったら武器で戦っていたのかと聞かれると、答えはノーだ。
なぜなら、攻撃したときの感触がものすごくやだからだ。
なんであんなにリアルなのよっ!
肉を刺す感触なんて、気持ちが悪くて仕方がない。
誤解のないように弁明しますが、リアルで肉を刺すなんてことはしてないですからね!
でも、あのなんともいえない独特な感触はやなのですよ!
「さて、と。向こうからやってきたな」
キースの言葉に少し先を見ると、ライオンの群れがこちらに向かってきていた。




