第百四十三話*《十五日目》いかれたお店たちとハーブティ
通路に声を掛けると、カタカタという音が聞こえてきた。
怖いのはやなので逃げようと及び腰なのだけど、キースが手を繋いでいるため、遠くに逃げられない!
「キースさんっ!」
「なんだ?」
「あ、あのっ! 逃げない……の?」
「なぜ逃げる?」
「なぜって……。あの音っ!」
「音がしてるな?」
「どうしてそんなに冷静なのですかっ!」
正体を知ったとき、大半は「なんだよ」なんだけど、そうじゃなかったら……!
「リィナが声を掛けたからだよな、あの音」
「そ、そうですけど」
「それなら、責任を取って正体を知らなければならないよな?」
「ぐ……」
キースはいつも正論を吐く。間違ってないのだけど! 私にも容赦ないとか……。
でも、私にだけ優しい……というより、間違った方向の優しさを向けられるよりはいい……のか?
そういえば、楓真もそうだったなと思い出した。
な、なんだよ! おまえら似たもの元伴侶かよっ!
ごほん。
とりあえず、気を取り直して、と。
私はキースの後ろに回って、その広い背中を盾にして、通路に視線を向けた。
前にいるキースは私の行動を見て、肩を揺らして笑っている。
「リィナ、やることがかわいすぎなんだが」
「かっ、かかってくるならかかってきなさいっ! キースさんが相手してくれるからっ!」
「オレがこのまま素直にリィナの前に立っていることを前提にしてるのとか、かわいすぎて辛い」
「にゃ? ま、まさか……!」
「そのまさか、だぞ、ほれ」
そう言って、キースは私の目の前に残像を残して、どこかに……消え……てないけど!
「いつの間にっ! しかもなんで後ろっ!」
「オレの定位置はここだからな」
私を矢面に立たせるとはっ! キース、後で覚えていろよ……!
カタカタという音はさっきより大きくなり、暗闇から現れたのは……。
「いやぁぁぁ!」
後ろからキースがいつものように抱きしめているので、振り返って抱きついた。
「リィナ、落ち着いて見ろ」
「あいにゃ……」
背中をなだめるように撫でてくれているので、とても落ち着く。
そうだ、今はひとりじゃない。
ゆっくりと振り返ると……。
「…………………………」
いつの間にあったのか、奥へと続いているらしい木の板の上に、変な人形が乗っていた。
着物を着た、スキンヘッドの少年っぽい見た目なんだけど、これがカタカタと歩いてきたってのは、かなりホラーなんですが!
「カタカタの正体は……これ?」
「みたいだな。江戸時代に作られていたカラクリ人形のようだ」
「カラクリ人形? って、なに?」
私の疑問に、キースが説明をしてくれようとしたのだけど、それをさえぎる声がした。
『カラクリ人形が持ってる茶器に茶が入っている。今日のブレンドはそれだ。気に入ったら売ってやっても良いぞ』
キースと顔を見合わせて、それからカラクリ人形を見た。
カラクリ人形は両腕をLの字にしていて、お盆を持っていた。その上に確かに茶器がある。
「これ?」
「だな」
キースはしばし茶器を睨みつけるように見た後、手に取ると、茶器の中身を口にした。
「ちょっ?」
まさかそんな怪しいものを口にするとは思わずビックリしていると、茶器を私にズイッと差し出してきた。
「問題ない。鑑定した」
「ぉ、ぉぅ」
そ、そうだ。鑑定すればいいのか!
ということで、私も鑑定、と。
『黄金のティーポット特製:本日のブレンドハーブティ
使用ハーブ:ルイボス、ネトル、レモングラス、アップル』
鑑定してみた限りでは、おかしなところはないし、毒などが仕込まれている感じもしない。しかもこのブレンド、なかなか尖ってないっ?
と、とりあえず。
渡された茶器の中を見る。
見た感じはルイボスが主となっているみたいで、きれいな褐色で、匂いはアップルの甘い香り。
一口、口に含むと、ルイボスの独特の匂いと味がまずは感じて、その後にレモングラスの草っぽいけどレモンのような味と香りとアップルの香りがした。
「うん、美味しい。これ、あるだけ全部くださいっ!」
「おいっ!」
「クイさんから聞いたんだけど、そんなに大量には作ってないからって」
「とはいってもだな」
茶器に入っていたハーブティーを飲み干して、カラクリ人形のお盆の上に戻した。
するとカラクリ人形はそのままカタカタと音を鳴らして後退していった。
『全部。かしこまり。千アウレウムだよ』
千アウレウムがどれだけなのか分からないから、高いのか安いのかわからない。
しばらく待っていると、またもやカタカタと音がして、カラクリ人形が姿を現した。
今度はお盆の上にあるのは、袋に入ったブレンドハーブティーだった。
受け取って、お盆に千アウレウムを置くと、カラクリ人形が今度はくるりと振り返り、カタカタと音をさせて消えていった。
さて、帰ろうかとしたところ、奥から声がした。
『君たちは冒険者だよね?』
「そうですけど」
『お願いしたいことがあるんだ』
むむむ? またもやクエスト?
『お願いはふたつあって、ひとつはハーブを採ってきて欲しいんだ』
ふむふむ。
『ふたつ目は、倒して欲しい敵がいるんだけど……。ふむ、君はもうそのクエストを受けているんだね。それならこっちのがいいかな?』
あ、なんかやな予感。
『では、これで』
【クエスト】ハーブ畑を復活させて!
を受諾しました。
と目の前に出た。
またもや強制受諾だよ!
「……またなんかクエストが」
「オレもクエストが発生したが」
「こちらは強制受諾ですよ」
「ユニーク・クエストか」
「みたいです。ようやく一般クエストが受けられると思ったのに!」
「こっちは一般クエストみたいだな」
クエストの概要を読むと、あの魔術師絡みだった。
おーい、魔術師さんやーい。
ちょっと暴れすぎではないですか?
「またあの魔術師絡みのクエストです。……この際、魔術師関連のクエスト、まとめて受けた方がいろいろお得じゃないですか?」
「そうかもだが。……オルド?」
「ふむ、なるほど。それは一理あるな」
あ、オルドはシステムさんの一部だった!
なんかマズいことになる?
「魔術師関連のクエストは一般クエストとユニーク・クエストとあるのだが」
とそこへ、ここまで空気と化していたフェラムが割り込んできた。
「はい、ストップ! ネタバレはお控えなすって?」
な、なんでいきなり時代劇風なの。
「フェラムさん、静かだからいるのを忘れてました」
「ちょっとリアルでトラブってるみたいなので、連絡してました。私がいかないといけないみたいなので、私はここで失礼しますね」
そう言って、フェラムはふっと姿を消した。
「……うぅむ。運営に止められたからまとめるのは止めよう」
「ちょっ? オルド、まさか私に魔術師関連のユニーク・クエスト、集約しようとしていたっ?」
「うむ」
「それはさすがに……」
「遅かれ早かれ、どうせリィナリティさんに集中するだろうから、先にやっても問題ないかと」
「ありまくりでしょう!」
もう! 仮にそうだったとしても、先にやってもいいなんてことはないです! 何事にも順序というものがあるのです!
とそこで思い出したことがあったので、キースに聞いてみた。
「あれ? キースさん」
「なんだ?」
「一般クエストはなかなか受けさせてくれない、のでは?」
「そうなんだが、今回は気持ちが悪いくらいあっさりだったな」
「精算の時が大変だったりして」
「あのな。そういう布石をするな」
「たぶん大丈夫ですよ」
「なんだ、その根拠のない大丈夫は」
「勘です」
だけど本音としては、キースがNPCに振り回されているのが見てみたい。
そんなことを思いながら、私たちは洗浄屋に戻って、ログアウトした。
※ハーブティのブレンドは激しく適当です。




