第百四十話*《十五日目》キースの擬態
……昨日は予想どおり、ログアウトと同時に意識がないのですよ!
麻人さんいわく、自分で歩いて麻人さんの部屋に行き、ベッドにもぐって寝たというのだけど、本当に記憶にない。
そもそも記憶がなくなるほど限界まで遊ぶって、子どもじゃないんだから……。
……それはともかく!
気を取り直して、フィニメモにログインっ!
ちなみに本日は木曜日なので、午前中はメンテナンスでした。
お昼過ぎからオープン予定だったのだけど、案の定、遅れまして、私たちの定時よりは早い時間にメンテナンスが終わったようだ。
メンテナンスが長引いた理由として、この間の事件の後、突貫工事で元に戻したので、一部、おかしくなっているところがあったらしく、そこの対応をしたらしい。
後は新スキルを少しだけ追加したらしいのだけど、詳細は書かれていなかった。
いつものごとく、条件をクリアしてゲットしろということらしい。
ログインしたら台所、ということで向かうと、クイさんだけがいた。挨拶をして、なんとなく席に座ると、真横にキースが椅子を持ってきて座った。
「そういえば、キースさん」
「あいにゃ」
キースの、私への返事はゲーム内ではどうやらこれをデフォルトにしたらしい。かわいいし、いい声なんですけどね、どう聞いても男性の、しかも低い帯域と思われる声で言われると、なんというか、おかしな世界に迷い込んだような変な気分になってくるのですけど。
「この間のフェラムさんが獣人になっていたスキル、なんでしたっけ?」
「『擬態』か?」
「そう、それです。ゲットできました?」
「したぞ」
「獣人になってみました?」
「……………………」
「キースさん? なんで無言?」
「聞くな」
「分かりました。不本意な結果だったのですね」
いったい、なにになりたかったのだろうか。
「あえて聞きますけど、なにになりたかったのですか?」
「……犬か猫」
「キースさん…………」
ベタ過ぎたっ!
「フェラムさんに直接……、ぁ、こ、こんばんは?」
噂をすればなんとやらで、本人がいきなり現れたぞっ!
「こんばんは。本日は夜勤なのですよ」
「お、お疲れさまです。夜勤ってことは?」
「誤解がないように言っておきますが! 始発の電車で出勤してきて、メンテに付き合い、長引いたので交代で仮眠を取り、今に至るのです。本当は今日はもう上がっている時間なのに……。修正が上手く動いているか確認しろだなんて……」
「あれ、在宅ではないのですか?」
「普段はほぼ在宅ですよ。……そのせいでミルムを捕まえるのが大変でしたがね」
そ、そうですか。
「あれ? 会社にもVR機ってあるのですか?」
「ありますよ。あるのですが、あまり高性能ではないので、不人気ですね」
普段、監視をするときはパソコンから専用のソフトを使って見ているのだとか。
なるほど、だから人の視線は感じるけれど、姿が見えないのか、と納得。
「キースさんは『擬態』を取得できたのですね」
「あぁ。……不本意なものにしかなれなかったがな」
「不本意な、とは?」
私の質問に、キースは渋面を浮かべて視線を逸らした。
むむ? そんな態度を取られると、なにになったのか知りたくなるのですけど!
「望んでない姿になったと?」
「端的に言うと、そうだ」
「キースさんの想定している姿ってどんなのなのですか?」
「……かわいいの一択だっ!」
ぉ、ぉぅ。
まだ諦めてないようだ。
「試しに『擬態』してみてくださいよ」
「……気が進まないが、なにかアドバイスをもらえるかもしれないからやってみるが、期待するな」
はて?
そもそも『擬態』って私でも覚えられるスキルなのかしら?
その疑問は後にして、今はキースの『擬態』だ。
「『擬態』」
キースが詠唱すると、ぐにゃりと輪郭が歪んだ後、別の輪郭をかたどり──えっ? 目の前からキースが消えたっ?
「キースさん?」
「ここだ」
ずいぶんと声が下から聞こえるし、聞き覚えのある声よりかなり高い。
疑問に思いながら視線を下にして──固まった。
「どうした、リィナ?」
「キ、キース、さん?」
「そうだ。何度やってもこの姿になる」
そこにいたのは、キースというより麻人さんの面影のある、幼い男の子の姿。
今ではすっかり真っ黒で硬い髪の毛だけど、麻人さんの幼いころは髪の毛が柔らかかったのか、少し癖があるふんわりとした茶色がかった肩くらいの長さの髪の毛に、くりっとした大きな焦げ茶色の瞳。
顔は昔から整っていたようで、綺麗を通り越して美しい。
かなり不機嫌そうな表情をしているのだけど、それでも言葉に出来ないほど美しい。そう、それはまるで……。
「無力だった頃を思い出すから、この姿は不本意なんだが」
「……な、なに、この天使っ! かわいすぎなのですけどっ!」
相手がキースだということを忘れて、抱きかかえて思わず頬ずりをしてしまう。
「うわぁ、恐ろしいほどお肌がすべすべ! なるほど、元からお肌が綺麗だから、今でも綺麗なのねっ!」
「ぉ、おいっ、リィナっ」
「なに贅沢を言ってるのですかっ! キースさん、昔はあなたが望むかわいいだったのではないですかっ!」
「こ、これがかわいい、のか?」
「かわいいですよね? フェラムさん?」
フェラムを見ると、固まっている。
「フェラムさん?」
「な……、キースさん、あなたは天使ですかっ!」
「おまえもかよっ!」
「フェラムさんも同じように思ったのですね! これは誘拐したくなるかわいさですよねっ!」
まさかのまさか、キースがかわいすぎて辛い……!
「これは外には連れて行きたくないですね」
「かわいすぎて、見せたくないですね」
私とフェラムの会話を聞いて、キースはため息交じりに口を開いた。
「なるほど、だから母はオレを外に出したがらなかったのか」
「そうですよ! こんなにかわいいと、自慢したいを通り越して、隠しておきたいレベルです!」
「リィナリティさん、キースさんとの子どもは、かわいすぎる子が産まれる可能性が高いですね。期待できますよ!」
「ぉ、ぉぅ。フェラムさん、そうかもですが!」
咳払いをして、それから腕の中にいるキースを改めて見た。
「予想以上のかわいさですよ、キースさん!」
「……嬉しくない」
「どうしてですか! あんなにも望んだかわいいですよ?」
「かわいいとは……こういうのを言うんだな」
「そうですよ? なんだと思っていたのですか?」
「こういうかわいいは……嫌というほど体験したので、必要ない。が」
「が?」
「リィナがかわいいと言ってこうして抱きしめてくれるのなら、……悪くはない」
あれ? キースの気持ちが傾いてきた?
「今でこそ上総は柔和な雰囲気だが、幼いころは凛々しくてな。憧れたものだ」
「凛々しい上総さんってのは想像がつきませんけど」
「上総さんというのは、キースさんのお兄さんですか?」
「あ、そうです」
「キースさんは本当にあの一族なのですね」
とフェラムはしみじみしている。
「って? 上総さんって有名なの?」
「リィナリティさん……」
フェラムはなにか言いたいようなのだけど、言葉に詰まって……というより、これは絶句されているの?
「ぇ? もしかして、常識?」
「……ま、まぁ、興味の持ち方は人それぞれですから……」
とフェラムはフォローなのかどうか怪しいことを言ってくれているけど、若干、興味の幅が狭い自覚はある。
「私は仕事柄、どこにネタが転がっているのか分かりませんから、幅広く見ているからかもですけど。現代に生きる座敷わらし、なんて紹介をされたら気になりますよね」
「言われているのは知ってますけど、詳細を実は知りませんでした!」
あとはそのことを言われるまでは一般人に近い生活をしていたと思われるのに、報道されたばかりに注目を集めてしまって大変だろうなと思って、見るのをためらったのもある。
「……それが今は見られる側、か」
それはともかく。
「うーん……。困った」
「どうした?」
「今から、お買い物にと思ったのですよ」
「あぁ、昨日、約束したからな」
「キースさんと一緒に人ごみに行くとなると、キースさんが嫌がるだろうから『擬態』していけばよくね? と思っていたのですよ」
「なるほど」
「それならば、私も同行させていただいても?」
「フェラムさんが?」
キースに視線を向けると、視線だけで承諾された。
うん、目と目で会話とか、いいね!
「フェラムさん、同行をお願いします」
「喜んで! ……というよりですね、今日、あなたたちが出かけると知った運営チームから、監視を頼まれまして」
「監視って……。買い物ですよ? 狩りではないので、ボスやらレイドボスなんて出しませんし」
「いえ、そこはリィナリティさんですから」
「……運営の人たちに私はなんだと思われているんだろうか」
とりあえず、キースは元に戻ってもらい、フードを被って行く。私はいつもどおりで、後ろからフェラムがついてくる、ということになった。
言うまでもなく、フェリスとオルド、イロンはデフォでついてきますよ!




