第百三十三話*《十三日目》システムさんの目覚め?
遠巻きに見られている、ということを知って悲しくなったけど、妨害されるよりはいいってことで!
そう自分に言い聞かせて、それからフェラムを見た。
「そろそろツッコミしてもいいですか?」
「なにに対してだ?」
「キースさん、その紅い鳥、そんなに触り心地がいいのですかっ?」
あれ? ツッコミってそっち?
「リィナリティさんもですよ! その水色の猫!」
「フェリスだにゃあ」
「フェリスとフェラム、名前が似ているから紛らわしいといつかツッコミが入るかと構えていたのですが!」
「だれからのツッコミですか」
フェラムが珍しく荒ぶっている。どうしたのだろうか。
「嫌な上司になにか言われましたか?」
「そんなものは日常茶飯事すぎて、耳に入る前にたたき落としています!」
「さ、さすがですね」
メンタルが強いってのは、管理職としての強味かもしれない。
「その二匹、どこからゲットしてきたのですかっ! その水色の猫には覚えがあるのですが、特にそっちの紅いのっ!」
さ、さすがゲームマスターのまとめ役。把握しているようだ。
「フェリスは村長の屋敷に住み着いていたにゃあ」
「屋敷なの? あの池ではなくて?」
「庭を含めて屋敷の中もにゃあ」
フェリスの答えにフェラムは納得したのか、うなずいた。
「それで、問題はそちらの紅いのっ!」
フェラムはビシッとキースの手のひらでくつろぎまくっているオルドを指さした。
「あー、これは」
「知らん。さっきログインしたら、部屋にいた」
私が説明をしようとしたら、キースが言葉を被せてきた。
相手は運営なのだから、誤魔化しは効かないような気がするんだけど。
それともキースはオルドが気に入って、消されることを危惧した?
「キースさん」
「……分かった。消されるのは大変に不本意だが、説明は任せた」
ちょっと今の、格好良くないっ? 目と目で通じ合う、みたいな!
……すみません、キースとフーマの仲の良さに若干のジェラシーを感じてましたDeath、はい。
付き合ってきた年月の長さとトラブル解決を重ねて築き上げた信頼? それに勝とうだなんて……てな感じですかね?
「昨日の夜、紅い鳥──オルド──が夢に現れてDeathね、ディシュ・ガウデーレでの私の旅? 冒険? についていきたいと言ったのです。夢かと思っていたら、フィニメモにログインしたら部屋にいたのDeathよ」
「リィナ、二回も殺すな」
「違いが良く分かりましたね」
「分かる」
そう言って、キースは自信満々といった表情で私を見てきた。
とりあえず、スクリーンショット、と。
ちなみに動画ですが、ログインすると同時に録画になるようにセッティングしているため、引き続き撮ってます。
要るか要らないか分からないから、フーマにまだ渡してます。
今のキースの顔もしっかり映っている。
いい男のこういう表情、とてもいいね!
……のろけはともかく。
「夢に出てきた鳥がフィニメモに?」
「そうなのDeath!」
いきなりオルドが絡んできた!
「リィナリティさんはなかなか興味深いのDeathよ」
「オルドもDeath使いなのか」
「なんですか、そのDeath使いって」
「まんまだ」
「……………………」
Deathと言ったからといって別に死にはしない。なんとなくゲームっぽくて楽しいかなと思ってつけはじめただけである。
「オルドに色々と聞きたかったの」
「なんでしょうか」
「なんで私は洗濯屋になったの?」
それは一番の疑問だった。
「洗濯屋は不満なのですか?」
「ううん、不満なんてないの。最初は戸惑うことが多かったけど、今は感謝してる」
最初から拠点があったり、NPCが味方してくれたり。最近では移動も楽って。
「その代わり、我々はリィナリティさんたちの動向を観察していますよ?」
「ぇ、観察……?」
あれ? だからこそスキルが追加されたり、強制的にクエストが発生して強制受注されたりしてるの?
ううん?
「んー。でも、助けてくれることが多いよね?」
「あなたはそう感じているのですね」
「あれ、違うの?」
「そのあたりの加減が分からなくて、だからこその同行の申し込みなのですよ。直接聞くのが一番ですから」
な、なるほど?
「リィナリティさん、その紅い鳥はいったい……」
「オルドからどうぞ」
「え? ……いわゆる、システムの一部、ですね」
「システム、の?」
「だから先ほど、キースさんがオルドを眠らせてしまって灯りがチカチカしたりと少しおかしくなったのですよ」
思ってもいなかった正体に、フェラムは固まっていた。
「だけど、よくよく考えてみたら、システムが特定のプレイヤーについていこうとするっておかしくない?」
「そうですね。おかしいかと思います」
「あ、そこは自覚ありなんだ」
「システムはプログラミングされたとおりにしか動けないはずなのですが。……なんといいますか。AIが搭載されて、自我が芽生えた……のとはまた違うのですが、それに近いのかもしれませんね」
なんとも不思議な感じではあるけれど、オルドは私の夢に現れて、そして今、こうして一緒にいる。
「なるほど……。ミルムがAIを危険視した意味は分かりました。とはいえ……彼女がした行為は決して許されたものではありませんが」
フェラムは複雑そうな心情をポツリともらした。
「話がそれまくってますが、その紅い鳥に関しては様子見でいきます」
「それはよかったです」
「フィニメモからAIを抜くことはフィニメモを否定すること。それは痛いほど分かりましたから」
あの悪夢を思い出しているのか、フェラムはかなり渋い表情を浮かべていた。
「話を戻しましょう。魔術師の話です」
「すっかり忘れてました」
オルドはキースの手のひらから肩に移動していた。フェリスは私が撫でるのを止めると手で撫でるようにと要求してきて、ずっと撫でさせられている。
「先述したとおり、色付きの魔術師は自分の塔から基本は離れられません」
「離れられないってのは、役割を理解して自主的に? それともなんらかの力が働いて強制的に縛り付けられているのですか?」
「自主的に、です」
「自主的ということは、色付きの魔術師が塔から離れたいと思ったら、離れられる、と?」
「そうです。ただ、魔術師というのは……。研究馬鹿ばかりというか。塔に研究をするための施設などを設置したら、出てこなくなりまして」
「あー……」
なんとなくそれは想像できる。
色付きの魔術師は塔にいることを強要されているけれど、これとない大義名分となる。
塔には研究をするための施設があり、材料も望んだものが手に入る。そんな至れり尽くせりなうえに、研究ばかりして……っ! と怒られることなく好きなだけ出来るのだから、喜んで塔に自ら入り、出てこないだろう。魔術師をそこから移動させないのにはうってつけだと思う。
「色付きの魔術師は塔から出ずにその役割を果たしていました。ですが、ある日、ひとりの色付きの魔術師がなにを思ったのか、塔から出てしまったのです」
そこから保たれていた均衡が崩れ始めたのです、とフェラムは小さな声でつぶやいた。
「──というのは想定外のできごとでして」
「へっ?」
「フィニメモですが、βテストの初期になんと言われていたかご存じですか?」
「私は知りませんけど、キースさんは?」
「知ってるぞ。『自由度しか高くないVRMMORPG』だ」
「そうです」
「え? それって悪いことなの?」
「プレイヤーがなにを求めるのかによるので、良いとも悪いとも言いがたいですね」
うーむ、確かに。
物語を楽しみたいと思う人なら、シナリオに定評のあるものをすればよいのだし、リアルに近い自由度が高いゲームがしたければそういうタイトルを探して遊べばいい。
「フィニメモは基本はリアルを追求して開発されました。ただ、そのままの世界ではつまらないですから、ゲーム内だから、という部分も中にはあります」
「野菜が動く、とか?」
「そうです。景色もNPCも建物も様々なものをリアルに仕上げました」
フェラムは一息つくと、クイさんが淹れてくれたお茶を飲んだ。
「美味しい」
「おかわりはどうだい?」
様子を見に来てくれたクイさんにお茶のお代わりをお願いした。
クイさんは私たちの器に新しいお茶を入れると、また出て行った。
「器はとても美しく仕上がりました。とそこで、重要なことに気がついたのです」
フェラムは大きくため息を吐いた。
「プレイヤーのための職や武器、防具、アクセサリ類は別の班のものが作りました。モンスターも配置しました。そして、物語がないことに気がついたのです」
「え? 私はてっきり、特に目的はないけど遊べるゲームという認識でいました」
「フィニメモは当初は物語ありき、だったのですよ」「そうだったのですね」
「ところが、いつの間にか器を作ることに夢中になり、最初に用意されていた物語は、他社の別ゲームに採用されてしまったのです」
「ありゃりゃ」
「それではマズい、と有志が集まって、せめてサブクエスト的なもので構わないからと『魔術師の憂鬱』という名のクエストを組み込んだのです」




