第百二十七話*《十二日目》王子さまなどいないっ!
クラーケに攫われたリィナリティDeathが、どうにかして脱出してこいという無理難題を押し付けられました!
お姫さまを救出するのは王子さまの役目ではないのですかっ?
それとも、私が地味顔だから姫認定されず、その他大勢なので救出されない、と?
システムさんは過保護なのに、こういうところで急にスパルタというか、突き放されるというか。
いえ、知ってますよ。
王子さまに救出されるまで待てるような性格ではないと!
たくましくあれ、と言われて育ったわけではないけれど、自力でどうにかすることが多かったため、自力で戻ってこいというのなら、そうしますとも!
……にしても。
なんでしょう、これ。
思いっきり見世物状態なのですけど。
下から指を指してなにか話している人もいるし。
そこ、人を指で指さないっ!
『キースさん』
『なんだ』
『私のことは気にせず、攻撃を続けてください!』
なんかですね、私のことに気がついたプレイヤーは攻撃を止めているのですよ。
プレイヤーの攻撃って基本は当たらないようになっているはずだし、もし仮に当たって死亡判定を喰らっても、ゲーム内での死亡であり、リアルでまで死ぬわけではない。
それよりも、全滅コースの方がやなのである。
『しかし』
『私のデスペナを気にしているのでしたら、問題ないです!』
経験値のロストは悲しいけれど、私ひとりの経験値を失うことで済むのなら、どう考えてもそれがいいと思うのですよ。
『おい、フェラム。アネモネといい、クラーケといい、なんでリィナを攫っていくんだ?』
『私は運営ですから開発チームがプレイヤーを攫うようにプログラムしているのかどうかは存じない、という前提でお話させていただきますが』
『が?』
『どう見てもこれ、リィナリティさんのせいかと』
『私っ?』
『ヘイト値が異常に高い場合、モンスターは排除しようとするみたいでして』
『それは仕様なのか?』
『……みたいですね。なんでそんな仕様にしたのかまでは分かりかねます』
排除ってことは、やはり攻撃されてしまうということなのだろうか。
それにしても、攻撃する意思は感じられない。……のだけど、正直、吸盤はぬめっとしているし、冷たいし、で気持ちが悪い。
早いところ、脱出しなければ。
……それでは、どうすればよいのか。
心配性の父は、私と楓真に護身術を習わせたのだけど、楓真は飲み込みが早くてすぐに覚えたのだけど、私はなかなか覚えられなかった。
覚えたのだから付き合う必要がないのに、楓真は私が覚えるまで付き合ってくれた。
なんだけど、さすがに縄抜けなんて教わってないし、もし仮に教わっていても吸盤付なんてレアすぎる状況なんて想定されていないため、使えない。
それでは、どうしよう。
……うーん、いつも『洗浄の泡』はそのスキルのせいなのか、戦闘で攻撃のために使っても役に立たずに滑ってしまうのですが、今回はいけるかも。
『『洗浄の泡』っ!』
『おいっ!』
止めようとしたキースの声が聞こえたけど、今回初めて『洗浄の泡』が戦闘で役立ったぞ!
私の周りにもこもこと泡が立ち、ヌルヌルとクラーケの脚と私の身体の間に入り込んでくれた。それは泡というだけあり、滑りをよくしてくれて、私の身体はヌルリとクラーケの脚を抜けて……。
『うきゃっ!』
『リィナっ! ったく! そういうことをするのなら、ひと言断れっ!』
『にゃにゃにゃぁぁぁっ!』
あい、すみませんっ!
クラーケは脚を高く持ち上げているのだから、そこから抜けたら下に落ちるという、物理の法則を忘れていましたっ!
『まったくもって、我が持ち主は……』
とイロンはぶつくさと呟いたかと思うと、淡く光った。
『……にゃ?』
すると、落下スピードがゆっくりになり……。
駆けつけたキースが私の身体を抱きとめ、きつく抱きしめてきた。
『この、馬鹿者っ!』
『ご、ごめんなさい。落ちることを失念しておりました』
落ちても痛いってだけだっただろうから、ちょっと大げさなと思ったけど、キースはそういえば心配性だったな、と思い出した。そのあたりも父と似ている。
……女性は男親に似た人を好きになる傾向がある、というのを見かけたことがあるけど、え、そういうことっ?
ま、まぁ、あんな父ではあるけど、嫌いではない。
真偽はともかく。
『ここはゲーム内とはいえ、もう少し自分を大切に扱ってくれ』
『……はい』
自分のためではなく、キースのために今より少し、自分を大切にしなければならないようだ。
了解した。
【こちらは問題ない。攻撃を続けてくれ】
キースの指示に、緩んでいた攻撃が再開された。
『それにしても』
ギロリ、とキースが私を見た。
『思ったよりおてんばだな』
『いやまぁ、なんと申しますか。小さいころは目を離したらとんでもないところにいたということが何度もあったみたいでして。なので外出時はフーマにいつも手を繋がれてました』
『ほんと、瞬間移動でもしたのかってくらい、一瞬でとんでもないところにいるからな』
『いやはや、好奇心のおもむくままに……』
『なるほどな』
『でも! 今は社会人なので、我慢してますから!』
『我慢なのかよっ!』
『我慢って!』
『いやぁ、キースさんとフーマとそろってツッコまなくても』
『ツッコまざるを得ないだろうが』
とまたもや戦闘中ということを忘れてのんきに話をしていたらですね?
『……やはり形態変化をしたか』
『…………? どこが変わりました?』
少し悩んだけれど、気がついた。
『色が変わった!』
『気がついたのはそれだけか?』
『んと? ほかになにか?』
『間違い探し、苦手だろ?』
『そんなことないですよ? きちんと見つけますし。ところで間違い探しって、いつから正解と間違いという表記がなくなりました?』
『元からないだろうが』
『あれ、そうでした? うちにあるのには書いてありましたけど?』
『もしかして、あの本か?』
『あの本ってどれのことか分からないけど、うちにある間違い探しの本』
『ああ、あれな。綺麗だけど、あれ、かなり古いぞ』
『えっ?』
『出版年を見たら、昭和、と書かれていたぞ』
『ぅ……わぁ』
それにしても、なんでそんな骨董品級な本が?
『それで、他には?』
『あ! 毎度ながら、脱線しますなぁ』
『しすぎだろ』
『後は……。大きさ? それと……にゃっ? なにあれっ!』
クラーケはうっすらと赤かったのが真っ青に変わり、身体も一回りほど大きくなっていた。
確かに形態変化だ。
それだけかと思っていたら、ですね。
『脚の先からなんか伸びてるっ?』
『蔓? ムチ? 触手?』
『ど、どれもやです! お断りしますっ!』
『とはいってもなぁ? リィナ、また攫われないようにな』
『うにゃぁ』
私も好きで攫われているわけではなくっ!
と思っていると、またもやクラーケと目が合った。
ぅぅぅ、なんだというのよ!
すると、シュルシュルっと脚の先のなにかが伸びてきて、私を捕らえようとした。
ドゥオが気が付いて短剣でさっくり切ってくれた。
『ドゥオ、ありがと』
『長いものには巻かれろ?』
『すごく違う!』
私を人質にとって攻撃の手が緩んだことに味を占めたのか、今度はクラーケは脚の先から出ている紐状のなにかで手当たり次第にプレイヤーを巻き取って自慢気に掲げている。
プレイヤーもただ巻き取られただけでなにもしないわけではなく、持っている武器で紐やら脚やらを攻撃し始めたから、クラーケにしてみればたまったものではない。
慌ててプレイヤーを放り投げている。
投げるな、危険っ!




