第百二十六話*《十二日目》ステルス仕様
クラーケは先ほどの失敗を学習したようで、二本の脚のみで私たちに攻撃をしてきた。
先ほどのように上から叩き込むだけの攻撃ではなく、横からなぎ払う攻撃を仕掛けてくる。
屈んでやり過ごすけど、それも段々と低くなってきている。
もちろん、プレイヤーは攻撃を続けている。そして、クラーケは私たちだけではなく、攻撃してきているプレイヤーにもなぎ払い、叩き割りなど攻撃をしている。
それもやみくもに攻撃しているわけではなく、脚に区画を決めて攻撃を仕掛けて来ているようなのだ。
となると?
区画から出てしまえば、攻撃が止まるってこと?
『キースさん』
『たぶん同じ考えに到達したと思う』
そう言って、キースは上から叩き割りしてきた脚を寸でのところで走り抜け、横からなぎ払う攻撃は飛んで避けた。いつも思うのだけど、リアルでの運動神経、どうなってるの?
そんな疑問があったけれど、クラーケが決めた区画から抜け出した。
予想どおり、クラーケの脚は追ってこない。
……と思ったら甘かった。
さっきの脚の区画がAだったとしたら、私たちはB区画へと入っていたのだ。
しまった! クラーケの身体から離れないとどこまで行ってもクラーケに攻撃を受けてしまう!
『ぐぬぬ』
『ぬかりましたわね、キースさん』
『どうしてクラーケから離れないにゃあ?』
大人しいからすっかり忘れていたけど、私の首にはフェリスがいて、右肩の辺りにイロンがいる。
フェリスの指摘に思わず苦笑する。
『クラーケが決めた区画を抜けたら追ってこないかどうかの確認をしたのよ』
『それなら、遠ざかればいいにゃあ』
『遠ざかっても、そこがクラーケが決めた区画内だったら意味なくない?』
『なるほどにゃあ。それも一理あるにゃ』
横の区画は予想どおりだった。
では、離れたらどうなる?
……普通に考えれば、クラーケの脚が届くところまで、なのだろうけど、果たしてっ?
キースは私を抱えたまま、そしてクラーケの攻撃を避けながら遠ざかり、フーマたちがいる場所まで戻ってみた。
こちらも予想どおり、脚が届かなくなると攻撃を諦めた……わけではなさそうなんだけど、とりあえず、攻撃は止まった。
『やはり区画には範囲があるな』
『ということは、さっきみたいに脚をもつれさせて転倒ってことが出来ない、と』
『ううむ、そうなるな』
プレイヤーが攻撃を加えているのだけど、そこでふと、気がついた。
『先生っ!』
『先生ってだれだ』
『だれでもいいのですけど、大変Deathっ!』
『だから、殺すなと』
『バフがあと一分で切れますっ!』
いい感じで討伐が進んでいるのに、ここでバフが切れたら討伐の進行度が遅れるのもさることながら、この先、災厄キノコのときのように形態変化がある可能性があるのだ。
下手したら総崩れからの全滅コースもあり得る。
『バフの有効時間は?』
『三十分?』
『……もうそんなに時間が経ってるのか』
そうなのですよ!
あほなことを言い合ったりしている間に経っているのです!
『リィナひとりで行かすのは……危険だな』
『抱えてはっ! にゃああああっ!』
『オレに見初められた時点でこうなる運命にある。諦めろ』
なっ、なに言ってるの、この人はっ!
『なにがう……っ! いたっ!』
『舌噛むぞ。……あぁ、言うのが遅かったか』
『絶対、わざ……ったいっ!』
前にも同じことがあったのに、学習しない鳥頭。
『バフを配るときは少し速度を落とすから大丈夫だ』
それは当たり前だと思うのですよ!
無詠唱なんて……。
ん?
無詠唱?
あれ、そんなこと、出来るんだっけ?
そ、それはともかくとして。
キースは地面を滑るような感じで移動してくれたおかげで喋っても舌は噛みそうになかったけど、黙っていた。
戦闘中で、周りは魔法やスキルの詠唱、パーティ同士で連携を取るための掛け声、攻撃がクラーケに当たる音、クラーケの攻撃が当たる音、それに伴う悲鳴などが聞こえて決して静かではないのだけど、私たちふたりの間は静寂に包まれていた。
それは決して嫌な感じではなく、むしろこの空間がずっと続いて欲しいと願ってしまうほど快適なものだった。
だけどそんな時間もあっという間に終わってしまう。
プレイヤーのそばまで到達したため、キースは速度を緩めた。
『もう少し遅い方がよいか?』
『これくらいで大丈夫なはず』
『分かった。様子を見て調整する』
『ありがと』
プレイヤーの端からかけてもMPがもったいないので、少し踏み込んだところで『アイロン充て』と『アイロン補強』をかけていく。
本来ならばそれらを掛ける度にイロンがくるくる回って光るのだけど、今はリィナ・オリジナルのステルス仕様なので、なにもない。
『……掛かっているのか?』
『ステルス仕様Deathっ!』
「オレを殺しすぎではないか?』
『キースさんは殺しても死にませんよ』
『あのな。オレはきちんと人間だからな?』
そうかもだけど、同じ人間とは思えないときがたまにある。
『そういうことにしておきます』
『をいっ!』
くすくす笑うと、キースは真っ赤になった。
くくく、かわいい。
このステルス仕様なんだけど、欠点がある。
それは術者にもだれに掛かったか分からないのであるっ!
あれ、これって『浄化』と一緒?
『浄化』ってステルス仕様なの?
『キースさん』
『あいにゃ』
『その返事、キースさんのデフォルトなんですか?』
『リィナに対してだけにすることにした』
『サヨウデゴザイマスカ』
この返事でかわいいを主張しているらしい。
キースがかわいくなったところで抱きつくことはないのに、どうして残念な方向へ行ってしまうのだろうか。
……はっ!
も、もしかして、母方の明月院家のせいっ?
父が残念なのは母のせい、と考えると合点がいく。
父もだけど、フーマも私と母が絡むと残念になるので、そうとしか思えない。
……分かったところでどうすることも出来ないのだけど。
いや、それより、今はクラーケだ。
『キースさん、今、私はプレイヤーにバレないようにステルス仕様でバフを掛けているのですが、『浄化』のときと同じように見えないのですよ』
『……見えているのだが、見え方がおかしいと思っていたら、そんなことをしていたのか』
『掛かっていない人がいたら教えてください!』
『分かったにゃん☆』
『……………………』
『……駄目か?』
『どこにいい要素があるのか逆に聞きたいのですが』
『なぜオレがかわいいをしたら駄目なんだっ!』
『ログアウトしてから私が撮っている動画を見たら答えが分かりますよ』
『なるほど、見せてもらおう』
プレイヤーの隙間をぬってリバフして周り、問題なく全員に掛け終わったようだ。
私も早いところ『心眼』とやらを取得しなければ。
用がすんだので戻ろうとしたのですけどね?
シュルリと耳元で音がした、と思ったときはすでに遅く。
『リィナっ!』
私の身体はキースから離れてクラーケの脚に巻き取られていた。
な、なんか前にも同じようなことになっていたよね?
モンスターに巻き取られて攫われるって、なにこれ、私って美味しそうに見えるのっ?
『あいつっ!』
『キース、待てっ! 下手に撃つとリィナに当たるぞっ!』
『当たらないように撃つ!』
『キース、冷静になれ。相手はやらかしの女神だぞ? 当たらないようにしたはずなのに、偶然が重なって間違いなく当たるぞ』
フーマ……。
う、うん、なんでか分からないけど、確実に当たるねっ!
『それなら……っ!』
『リィナ自ら脱出するから問題ないっ!』
『……いやそれは無理かも?』
なんというか、タコだからね! 吸盤の吸着力がすごくてDeathね、脱出できるとは思えませんっ!
詰んだ?




