第百二十四話*《十二日目》海の怪物
押し寄せてくるモンスターを何体か選択して、乾燥をかける。
すると面白いくらいにモンスターが倒れていく。
モンスターを倒したら『癒しの雨』の効果のおかげでMPが回復するので、回復した分を使ってまたもや乾燥をかける。
そうやって倒していくと、選択できるモンスターが増えてくる。どこまで増やすことが出来るかが楽しくなってきた。
『さすがお姉さまですわ。複数のモンスターを一発で倒してしまうなんて』
『…………? え、一発で?』
『はい。とっくの昔に一弾目のモンスターは倒してますよ?』
……………………。
い、嫌な予感が。
『『乾燥』っ!』
反射的に視界に入ったモンスターを倒してしまったのだけど、それが合図だったのか。
ゴゴゴゴ……という音と共に、海からなにかがやってきたっ?
私たちは海辺といっても海岸線から離れた場所で狩りをしていたのだけど、ソレはザザザザと音を立てて波と共に近寄ってきた。
そして私たちの近くに来ると、水しぶきを上げて正体を現した。
『クラーケぇっ!』
うきゃあ! むっちゃ大きなタコ? イカ? 足が八本だから、タコ?
「またやったか」
「やっぱりこれ、私っ?」
「どう見てもそうだろうが」
ぅぅぅ、やらかしました、すみません。
【レイドボス『クラーケ』が現れました。腕に自信のある冒険者の討伐参加をお待ちしております】
ぎゃあ! レイドボス!
アネモネが出たから出ないと油断してたけど、ボスとレイドボスは別扱いなのね!
「マリー、パーティにオレとフーマを入れてくれ。そしてリーダーをオレに」
「御意!」
マリーさん、御意って。
マリーはキースに言われたとおりに二人を加え、キースにリーダー権限を渡していた。
【こちらキース。クラーケ討伐に参加したい者はオレに連合申請をよろしく】
週初めの月曜日の夜なので集まりが悪いかと思っていたら、次から次へと集まる、集まる。
パーティで駆けつける人もあれば、ソロで来て、その場でパーティに加わる人、編成している人と色々だ。
『戦闘開始とともにリィナ、バフを』
『前じゃなくて?』
『前にすると不都合だろ』
不都合? はて?
『戦闘前だとバフの出所はどこだと追及されるだろう?』
『あー、なるほど?』
戦闘が始まってしまえば、バフをかけた人物を探すより先に倒さなければならないわけで。
『さすがキースさん! 悪知恵が働きますな!』
『それ、褒めてないだろ』
『褒めてますよ?』
そんなこんなでパーティ編成、連合勧誘をしていると、とんとん、と私の肩が叩かれた。
疑問に思って振り返ると。
「フェ……っ!」
「しっ! 今、一般プレイヤーに擬態しているのですから! キースさんにパーティに入れて欲しいと伝えてくれますか」
「な、名前は?」
「変えてません」
「りょ。少々お待ちを」
キースに視線を向けると、すぐに分かってくれた。
『なんだ?』
『フェラムさんがパーティに入れて欲しいと』
『……リィナの後ろにいる獣人か』
あれ? フェラムさんってエルフでは?
キースはフェラムさんをすぐに誘ったようだ。パーティ参加者追加の音がした。
『こんばんは。先ほどぶりです』
『フェラムさん、なのですか?』
『はい。今回は私も参加したくて、一般プレイヤーに擬態してみました』
『フェラム、おまえ、確かエルフ、だよな?』
『そうですよ』
『なのになんで獣人?』
『ふっふっふっ、いいところに気がつきましたね? これは『擬態』というスキルでして』
フェラムのその言葉に、キースが噛みついた。
『詳しくっ!』
『は、はいっ?』
『キースさん、連合勧誘があるでしょ? あとでゆっくり聞きましょう?』
『ぐぬぬ……。あとでゆっくり聞くから、逃げるなよ?』
キースはフェラムを睨みつけると、かなり悔しそうな表情のまま連合に参加希望の人を誘っていた。
『『擬態』というスキルなんてありました?』
『この間のメンテでこっそりと追加されてます』
『あれ? メンテで追加アップなんてしたのですか?』
『しましたよ。きちんとアナウンスしてますよ』
キースが気がついてないなんてことはないから、そのお知らせはメンテ後すぐには出されていないような気がする。
『それ、いつ出しました?』
『ぅ……。す、鋭いところを突きますね』
出してましたよ、ってはったりかまさないところは好感が持てるけど、これでよくリーダーをやっていけるなと思ってしまう。
『数時間前に上げました』
『ぉ、ぉぅ』
思ったよりひどかった!
そんなこんなで参加者全員を連合に誘えたようだ。
『今回もマリー、FAを頼んだぞ』
『御意』
『フェラムは……ここでオレと待機。リィナは後方から攻撃と支援』
『あいにゃ!』
『フーマもここで待機』
『レイドボスで沸いてくる雑魚って経験値、ないんだよな?』
『ありませんね』
『それなら、ここで攻撃できるのだけ雑魚を倒していく』
『そうだな、そうしてくれるとありがたい。リィナに向かってくるのがすごいことになりそうだからな』
『ぅ』
『ドゥオもリィナの護衛』
『御意。言われなくてもする』
さてと、とキースはなぜか私に視線を向けてきた。
『担いで行くから、バフたのむ』
『へっ?』
『こんな端っこだと、全員にバフは掛からないだろう?』
『そ、そうですけど。戦闘が始まってからって言いませんでしたか?』
『…………そういえばそうだった』
それもだけど、キースに抱えられてなんて、目立つ行動は取りたくないんだけど。
『むしろひとりでこっそりいって掛けて回った方が』
『……ふむ』
却下されるかと思ったけど、キースは少し考えていた。
『フェリス』
『にゃんだ?』
『イロン』
『はい?』
『リィナを頼む』
お? 珍しい。キースがついてこないなんて。
『なにか起こったらすぐに駆けつける』
ということで、私ひとりでこっそりパーティの合間をぬって、バフをかけて回ることになった。
戦闘が始まってからだと、私のことだ、ヒトに押されて掛けて回るどころではなくなりそうだ。なのでやはり先に、ということになった。
『アイロン充て』と『アイロン補強』を端から掛けていく。エフェクトをオフにしているので、だれも気がつかない。
ふふふ、普段からやっているステルス能力の高さよ!
全員に掛け終わったので、キースに報告した。
『よし、リィナ、戻ってこい』
『あいにゃ!』
こそこそっと移動して、キースたちのところへ戻って来れた。
【では、ファーストアタックはマリーがする。それを合図に、全員で一斉攻撃だ。脚が八本あるので、動きに気をつけろ】
【それではマリー、行きまぁっす!】
マリーはクラーケに向かって走り寄り、ヘイト!
【八本の脚、絡まって転んでしまえばいいのですわっ!】
なんともかわいらしいヘイトに、ほっこり。
いや、戦いの前にほっこりしてどうするっ!
災厄キノコのときと同じように、戦闘が始まったら、透明な巨大ドームに空間が覆われた。
なのでここで……。
『『癒しの雨』っ!』
これでよし、と。
『リィナ、それで仕事終了と思ってないよな?』
『にゃ?』
『乾燥がレイドボスにも効くかどうか、検証するいい機会だろ』
『そうですけど』
『けど?』
『いきなりHPが半分になったらマズくないですか』
『…………むぅ』
つぎ込める上限のMPをクラーケに掛けたらどうなるのか。
試してみたい……!
うずうずしていると、フーマが気がついたようだ。
『やったもん勝ちだよな?』
『ぉ、ぉぅ』
そう言って、ニヤッと笑いながらキースを見た。キースはやや引きつった表情を浮かべていた。
『リィナ、行けっ!』
『ぉ、おうっ?』
うん、相変わらずフーマは人をけしかける。
ま、それに便乗する私も私なんだけどね!
『それではっ! …………『乾燥』っ!』
『ちょ、リィナ! 待てこらっ!』
『遅いですぅ!』
MPの上限をつぎ込んで、『乾燥』をかけてみる。
と。
『うきゃあ! 減ってないっ!』
『おー、これは予想外だな』
HPは若干減ったように見えるけど、これはプレイヤーによるものなのか、私によるものか分からない。しかもデバフ・無抵抗も掛かっていない。
『むぅ』
検証魂に火が付くぜっ!




