第百二十二話*《十二日目》リアルでのしがらみを持ち込まないでほしいです!
フィニメモにログインっ!
なんかもう、リアルでの出来事は思い出したくもないので、麻人さんも振り切ってひとりで先にログインしました。
ログインするなりスルスルッとフェリスが近寄ってきたので、むんずとつかまえた。
「にゃっ? リィナ?」
「フッフッフッフッ……」
こうなったら、フェリスを撫でまわすしかないっ!
ということで、首に巻き付こうとしていたフェリスを捕まえて、撫でまわした。
綺麗になるまで洗ったおかげで、毛並みもよいし、なによりも猫なのに私が理想とするもふもふ具合!
それなのに首に巻き付かれても不快に思わないのだから、不思議だ。
「フェリス用のブラシ、どこかで調達しないとね」
「それなら、あるにゃあ。これを使うといいにゃあ」
と、どこからかフェリス専用のブラシが出てきた。
「ぉ、ぉぅ?」
目の粗いコームを渡されたのだけど、え、今、グルーミングしろと?
それならば、やりますとも!
渡されたコームでおそるおそる毛の先から少しずつ解いていく。
作業をしていくうちに没頭していた。
尻尾から始めて、お尻、腰、胴体、首、頭と進めて、耳も綺麗に解き終わって、ふぅっと息を吐いたところで、ふと、視線を感じて顔を上げた。
「……キースさん、いつの間に?」
「機嫌は直ったか?」
「……むー」
せっかく忘れていたのに、思い出させやがってっ!
という気持ちでにらみつけると、キースが微笑んで私の頬に触れた。
「真剣な眼差しでフェリスのグルーミングしてるの、録画しておいた」
「むぅ」
いつから見ていたのか知らないけど、物好きな。
「それにしても、社員証用の写真の拡散、ものすごい速さだったな」
「……思い出させないでください」
あれは渾身のステルス写真なのにっ!
なのにっ!
地味だとか、冴えないだとか、風景に溶け込みすぎとか!
いや、最後のは私にしてみれば褒め言葉なのですけどね? 思惑どおりだからねっ!
「名前も公表してないのに、あの一瞬でよく特定できたよな」
「それ、別ルートでだと思いますよ」
「……あぁ、莉那を追っかけていたヤツらか」
まったくもって腹が立つ。
「私たちには人権はないのですかっ?」
「公人扱いになってしまうようだな」
「はぁ、そうですか」
心が安まるのは、フィニメモだけなのか。
「はぁ、フェリスのもふもふが私の癒し……」
「そろそろリィナの首に巻き付いてもいいかにゃあ?」
「なんで首?」
「そこが一番落ち着くにゃあ」
うーん? 分からないけど、まぁ、問題ないからいいや。
「台所に行こうか」
結局、キースに手を繋がれて振り払えないのだから、私もかなりチョロい。
台所に行くと、フーマとマリーがいた。
「お姉さま、大変でしたね」
「見てたのね……」
「なにか問題が起こったら騒ぎの収集に当たるために見てました」
表だっては騒ぎにはならなかったけど、裏はすごかったみたいだけどね!
「裏で私の社員証の写真が出回ったり、実家住所が暴露されて突撃する馬鹿がいたりと大変だったみたいだけどね……」
「ご実家に関しては対応が遅れて申し訳ないとしか」
「大丈夫、母が強烈な嫌味を言ったみたいだから」
なんと言ったのか教えてくれなかったけど、その場にいた人たちが青ざめて消えていったという。
なにを言われたらそんなことになるのやら。
そんな話をしていたら、インベントリからイロンが飛び出してきた。
「我が持ち主はわたしのことをないがしろにしすぎだと思う」
「うん、ごめん。出すクセがついてないから」
「わたし自ら飛び出すしかないのか……」
うん、それでいいと思うのよね。
とそこへ、なぜかクイさんとゲームマスターのトップのフェラムが一緒に台所へやってきた。
「クイさんとフェラムさん? どういう組み合わせ?」
「リィナリティさん、こんばんは。お邪魔してます」
「あ、どうも……。って? あれ? フェラムさん、前から疑問に思っていたのですけど、ここに入れるんですね」
「運営だから入れない場所はないのですよ」
「なるほど?」
そうでなければ困るのは分かるけど、それよりもなぜクイさんと一緒?
「リィナ、来てくれたんだね」
「え、うん。息抜きに?」
「大変だったみたいだね」
「あー? AIから聞いた?」
「いや、あたしたちも見ていたよ」
「ぇ? 見てたっ?」
「デジタルでの出来事だと、介入しやすいからね。AIが特別にといって見せてくれたんだ」
「そ、そうだったんだ」
フェラムに視線を向けると、なぜか頷かれた。
「まず、私も見ましたよ」
ぅ?
ということは、私とキースがどこのだれかバレてる?
「一瞬しか顔は見れなかったけど、いやはや、まんまですね!」
弄ってないからね!
「それで、私がクイさんと一緒にいる理由ですが、今日のソレに関係してまして」
「?」
「ここは一般プレイヤーからは見えないようにされてますが、NPCは違いますよね」
「はい」
「この先、NPCと仲良くなったプレイヤーからNPCにここに害を与えるような指示が出されたとき……」
「ぇ? そんなこと、あり得るの?」
「あり得るさ。その逆だってあるからね」
「逆って?」
「リィナに害するプレイヤーにあたしたちが攻撃を仕掛けることもあるってことさ」
ぉ、ぉぅ。過激だねっ!
「そして、ここがゲーム内で、NPCはNPCでしかないため、害意を持ったNPCが敷地内に進入したとき、アラートが鳴るように、システムとともに仕掛けをしていたのです」
「……あの、疑問が」
「はい、どうぞ」
「NPCってシステムが制御しているわけでは?」
「おおざっぱに言えばイエスですが、細かく言うとノーですね」
「どういう?」
「NPCはNPC鯖で制御されています。それで、システムの支配下にある鯖ですが、システムが直接、命令を下せるわけではなくて、一度、NPC鯖に命令を送り、NPC鯖が各々のNPCにそれを渡す、というとなんとなくイメージはつきますか?」
「分かります」
「それと、NPC鯖はまた別にAIと結びついてます。システムから下された命令を受け、AIが是と言わなければ、結局のところ、命令は実行されないのです」
「や、ややこしいことになってるのですね」
「そうなのです。だからこそ、切り離しに時間が掛かりまして……」
その時のドゥオとウーヌスの反応を思い出して少し涙目になったことにキースはすぐに気がついて、私とフェラムの間に割って入ってきた。
「フェラム」
「な、なんですか、キースさん。殺意を感じるのですけど」
「リィナを悲しませるな」
「そんなつもりはありませんでしたが」
私は慌てて涙を拭い、キースの服の裾をつかんだ。
「だ、大丈夫だからっ!」
「だが」
「も、もうみんな、大丈夫だからっ」
キースはくるりと振り返り、私の頬を撫で、それからギュッと抱きしめてきた。
「不用意に思い出させてしまったようで、申し訳ございません」
とフェラムは謝罪の言葉とともに、頭を下げてきた。
「ぁ、大丈夫ですからっ!」
「……今日のアレを見た経営陣から呼び出されましてね」
「?」
「リィナリティさんとキースさんを怒らせたり失礼なことをしないようにと言われ、さらにはあなたたちが快適にプレイが出来るように監視するようにと……」
「バラしていいんですか?」
「伝えておいたほうが私たちはなにかとやりやすいですから、お伝えします」
「前にも言ったが、オレたちはそんな大層な存在ではない」
「ですが、AIからも似たようなことを言われてますし、それをないがしろにはできませんから」
フィニメモはゲームだからリアルでのしがらみはないと思っていたのに、ここにまで侵食しているなんて。
「こう言ってはなんですが、引き続きフィニメモをお楽しみいただけますと幸いです」
そう言って、フェラムはまた、頭を下げた。




