第百二十一話*やなものは、や! なのDeathっ!
覚悟を決めました、と格好良く啖呵を切ったのですけど、ね?
……し、仕事にならなかった(本日の仕事の結果)。
以下、本日のダイジェストな部分と詳細Death!
あの後、部長と話をして、麻人さんの口から直接、結婚したことを伝えることを条件にして、退職までの残りの日をすべて有給消化とさせてもらうことにした。
って。
え、ちょい待てぇ!
退職までの残りの日を有給消化に充てるって当たり前だと思っていたのだけど、麻人さんは違っていたの?
と思ったら、なんと、私の話だったというね!
ぇ、私、いつの間に辞めることに?
……なんかよく分かんないんだけど、『藍野』の本家の人たちは今後、雇うことをしないという、本人不在のうちに謎の協定が出来たらしく、その決まりに従って辞めてもらう、とかなんとか。
その代わり、政府から毎月、給与のようなものが支給されるからと言ってたけど。
みなさまから徴収した税金で生かされることになるとは……。
なんでしょうね、蛇の生殺し?
いや、そもそも私、たまたま藍野さんと結婚しただけなんだけど、それでも駄目なの? なんか納得いかないのですがっ!
「AIは本気でうちを囲おうとしてきてるな」
とは麻人さん。
「囲ってどうするのですか?」
「……うちの他にも似たような特殊な家がいくつかあるようなんだ」
「特殊な……?」
「都合が悪い未来を、時間を巻き戻して修正できる、とか」
「ぇ? それって」
「ただし、それには人ひとりの死が必要みたいなんだがな」
「っ!」
「どういう仕組みになっているのかは知らないが、オレたちが知らない間にそれはなされているようだ。……なので、同じ時間を何度か繰り返している可能性がある」
「……それって」
とそこで、ふと疑問が。
「その力を使うために人ひとりの死──命が必要としても、Deathね」
「殺すな」
「時間が巻き戻れば、その人はまだ死んでいないことになりますよね?」
「いいところに気がついたな」
過去に時間を戻したり、未来が視えたり。
それって本当なの? って感じだけど、未来は確認することが出来るけど、過去に戻ったかどうかなんて、どうやって確認をするの?
「既視感という現象がある」
「ありますね」
「それは本来ならば、過去にも見たことがないはずなのに、すでに見ていると感じることを言うが、もしもこの過去に巻き戻すことが出来るという力があるのなら、本来ならばあった時間で体験したことをもう一度体験することになり、初めてのはずなのに初めてではない、という現象のことを言っていたら?」
ややこしいけど、『今』見たことが時間が巻き戻ることで未来になり、また時間が経って『今』になり、初めてのはずなのにどこかで覚えていて、ということ?
「うん、分からん」
「過去に戻ったかどうかの検証は出来ないからな。その既視感も過去に戻ったという証拠にはならないから、分からなくて問題ない」
と話をしていたのだけど、そうだった、改めて招集をかけて麻人さんが話をするという話になっていたのを思い出した。
「……面倒だ」
「それは同感です」
それにしても、麻人さんがだれと結婚しようが、離婚しようが、そんなの本人たち以外には関係ないのに、なんで公衆の面前で発表をしなければならないのか。
「もしかしなくても、今後、国から支給する代わりに生活を切り売りしなくてはならないなんてことに……ならないですかね?」
「そこに関しては多少は諦めている」
「そう……なのですね」
こうなったら楓真に『藍野さんちのおうちの事情』とか銘打って、週のまとめ動画を編集してもらって配信したほうが気が楽なような気がしないでもない。
……いや駄目だ。
最初からそうだと決めつけて考えていたら駄目だ。
それは断固として拒否しなければ。
それで、Deathね。
改められた場に入ると。
参加者がさっきの倍になってませんかっ?
……さっきの人数を正確に覚えてないけど、倍? いや、三倍?
これ、社外の人も混じってるよね?
仕切り直されたから、その間に情報が拡散して、追加の人が明らかに増えている。
……よしっ! あまりやりたくないのだけど。
メイクを……と、よし。
カメラはオフにしているけど、いきなり映る可能性もあるからね!
地味メイクでステルス状態なのを、時間がないから手を掛けられないので、パッと印象が変わる目元辺りをいつもより色を乗せて濃くすれば、なんとなく雰囲気が変わって見える、はず。
「莉那?」
「はい?」
「……って! な、莉那? 莉那、だよな?」
「そですよ?」
え、そんなに違う?
というか麻人さん、ほんと、よく見てるな!
「にゃんこメイク」
「……へ?」
「持ち帰……いや、ここは家だった。それでは、寝し……」
「仕事中ですっ!」
「くっ……!」
なにやら麻人さんが錯乱しているのだけど、こんな状態で大丈夫?
「今日はそのままで」
「え、やですよ。終わったら落とします」
「む……」
なにやら考えているみたいですけど、とりあえず。
「普段はいつものメイクしかしませんからねっ!」
これは失敗だった?
いやでも、直している時間はないからこのままで!
「……かわいすぎる。駄目だ、カメラに映せない」
とかなんとか、ブツブツ言ってて怖いです!
「莉那、ずっとカメラオフで。喋るのも禁止」
「それなら、麻人さんも顔出し禁止、喋らないでって言いたいです!」
「オレはもういろいろ無理だ」
「そうなんですか?」
「オレの名前で検索したら、まぁ、呆れるくらい出てくるぞ。肖像権とは、と言いたいくらいにな!」
そうなんだ。
「ということは、検索したことがあるってことですよね?」
「……ある。だが、先に見つけたのは、楓真だ」
「楓真がどうして検索しようと思ったのか知りたいですけど、今はそこはスルーして、と」
「スルーかよっ!」
「だって時間ですよ? 始まりますよ-」
部長が司会進行を務めるのかと思っていたら、同じ部の、仕事が出来て、しかもかわいいのに控えめな子がやらされていた。私がいたら私の役目だったような気がしないでもないから、大変に申し訳ない。
そして、長い前置きがあったけれど、要は【いつ、だれと結婚した】【なれ初めは】といった、鉄板なことが聞きたいらしい。
そして、麻人さんの番になったけれど、カメラをオフにしたままだったからか、ブーイングが。
「オレが映ったまま淡々と説明するのがいいか、伴侶と一緒のところを一瞬だけ映すのとどちらがいい?」
ぇ、私もカメラっ?
いや、きっとみんな、麻人さんを選ぶ……!
急きょ、アンケートタイムになってしまい、げんなり。麻人さんも変なことを振らないでほしいわ。
そして、アンケートの結果。
「いやいやいやいや、ちょっとなにこれ」
麻人さんと伴侶──要するに私──が並んでいるところを一瞬でもいいから見たいが圧勝だった。
「莉那、おいで」
「やですっ!」
「それなら、オレがそちらに行って、そちらのカメラで映すだけだが?」
「それもやDeath」
「殺すな」
一瞬といったってみんなしてスクショ狙ってるんでしょ? あるいは動画を撮ってたり。
しかも。
「……こっちのからだと名前が分かるから余計にやですからねっ!」
仕事用なので、もろにフルネーム!
「それなら、仕方がない」
なにが仕方がないのっ? 諦めてくれた?
と思ったのは甘かった。
「っ!」
麻人さんは私のところに来ると、横抱き──そう、いわゆるお姫様抱っこDeathよっ!──にして、麻人さんの席に連れて来られた。
「一瞬だからな」
そう言って、麻人さんは憮然としている私を横に置いて、一瞬だけカメラをオンにして、すぐに切った。
むぅ。




